第133話 深淵の兵馬俑と、九尾戦の開幕(後編)
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兵馬俑の群れを文字通り蹂躙し、地下空間のさらに奥深くへと突入した四人。
そこには、広大なドーム状の空間の中心にせり上がるように造られた、異様な存在感を放つ巨大なすり鉢状の『祭壇』が存在していた。
祭壇の周囲には、血管のように太い魔力ケーブルが壁や床にびっしりと這い回っている。
そして、その中央に鎮座していたのは。
日本の地脈と完全に融合し、濃密な幻術と洗脳波を撒き散らしている異形の怪物――光華王朝の遺物であり、神話級亜種たる機甲獣『九尾の狐』であった。
「ギィィィィィガァァァァァッ!!」
侵入者を感知した九尾の狐が、機械音と獣の咆哮が入り混じった絶叫を上げる。
鋼鉄と肉が融合した巨大な体躯。
背中からは、意思を持つように蠢く九本の巨大な尾が放射状に広がっている。
その三つの機械化された眼球がドス黒く発光した瞬間、祭壇の空間全体がぐにゃりと歪み、強烈な認識阻害の魔素が襲いかかってきた。
「ふゆ!」
「大丈夫! 『幻術中和・結界魔弾』、最大出力で展開してる!」
ふゆが事前に張っていた結界が青白く輝き、九尾の放つ強力な洗脳波をギリギリのところで弾き返す。
「いくわよ! まずはあの厄介な尾を縛り上げる!」
彩斗美が地を蹴り、九尾の狐めがけて蛇腹剣を放った。
何十メートルにも及ぶ刃の軌道が、九尾の巨体を包み込むようにしてその四肢と尾に絡みつき、ギリリと締め上げる。
「捕まえたわ! 結羽! 本体を!」
「はいッ! これで、終わりですッ!!」
結羽は縛仙環の重力を完全に解放し、一点突破の超質量を乗せた如意棍棒を頭上高く振りかぶった。
拘束され、逃げ場のない九尾の狐の脳天めがけて、必殺の一撃を叩き込もうとした、その刹那だった。
『――お姉ちゃん、違う! それ、本体じゃない!!』
インカム越しに飛んできたふゆの悲痛な叫び。
ズチュゥゥゥゥン……ッ!!
結羽の棍が直撃する直前。
彩斗美の蛇腹剣で拘束されていたはずの九尾の巨大な身体が、まるで泥のようにドロリと崩れ落ちたのだ。
「えっ……!?」
結羽の全力の打撃は虚しく石畳を砕き、巨大なクレーターを作り出す。
「溶けた……!? いいえ、違うわ!」
彩斗美が驚愕に目を見開く。
崩れ落ちた九尾の身体は、瞬時に九つの赤黒い光の塊となり、祭壇の周囲へと放射状に飛び散った。
そして、光が収まった後に現れたのは。
元の巨体から比べれば数回りほど小さい、一本の尾を持つ九体の『機甲妖狐』の姿だった。
「ギガァァァッ!」
「キシャァァァァッ!」
「分裂した……!? 自律型のシステムだからって、機体ごと分身するなんてありなの!?」
結羽が棍を構え直し、周囲を取り囲む九体の妖狐を睨みつける。
『結羽殿、ご注意を。あれはただの分身ではありません。九つの個体がそれぞれに独立した演算能力を持ちつつ、並行思考で完全にリンクしています』
黄龍の警告が飛ぶ。
その言葉通り、九体の妖狐は一切の無駄な動きなく、それぞれが異なる角度から、結羽と彩斗美の死角を突くようにして波状攻撃を仕掛けてきた。
一体が鋭い牙で正面から突進し、結羽がそれを棍で弾いた瞬間、別の二体が左右から金属の爪を振り下ろす。
さらに後方からは、別の個体が幻術のノイズを放って視界をブレさせる。
「くっ……! 連携が、完璧すぎます!」
結羽は『点と面』のステップを駆使し、縛仙環の超重力を利用してギリギリで回避を続けるが、反撃の糸口が見出せない。
「これが、アストライアの戦略兵器の真骨頂というわけね……! 厄介極まりないわ!」
彩斗美も蛇腹剣で迎撃するが、九体に分裂した的を完全に抑え込むことは難しく、防戦を余儀なくされていた。
「カッカッカ! 面白えじゃねえか。デカい図体で図星を突かれるより、数でちょこまか動く方が性に合ってるってか」
ドレイクは、後方でふゆを守りながら、タバコの煙をゆっくりと吐き出した。
「だがな、いくら頭の数が増えようが、繋がりが残ってる限り、必ずどこかに『ほころび』が出るもんだ。……結羽! お前さんのその重りで、奴らの『点』を一つずつ確実に潰していけ!」
「点……! わかりました!」
結羽は深く息を吸い込み、丹田に仙気を練り上げた。
四方八方からの多角的な攻撃。
だが、そのすべてを同時に相手にする必要はない。
結羽は両手足の縛仙環の重力を、一気に自身の『芯』へと集約させた。
「ふゆ! 一番動きが先走ってる個体を教えて!」
「右斜め後ろ! 飛びかかってくるタイミングが、他よりコンマ一秒早いよ!」
「了解ッ!」
結羽はあえて背後を無防備に晒し、右斜め後ろから迫る妖狐の牙を引きつけた。
そして、牙が首筋に届く直前の刹那。
『点』の歩法で爆発的に踏み込み、妖狐の懐へとパチンコ玉が弾き出されるような速度で潜り込んだ。
「一匹目ェェェッ!!」
縛仙環の超重力を、下から上へのアッパーカットのベクトルへと強制転換。
如意棍棒が、妖狐の顎下から頭蓋を貫くようにカチ上げられた。
ガギャァァァッ!!!
金属と骨が砕け散る轟音と共に、一体の妖狐が空中で文字通り粉砕され、光の粒子となって霧散する。
「よし! 一体撃破です!」
結羽が着地と同時に棍を構え直す。
しかし、残る八体の妖狐は仲間の死に一切の動揺を見せることなく、すぐさま陣形を再構築し、より苛烈な包囲網を敷いてきた。
神話級亜種の分裂体との、知略と理が交差する乱戦。
日本のネットワークの深淵で、真の『本体』を見極めるための死闘が、いよいよ激しさを増していった。




