第132話 深淵の兵馬俑と、九尾戦の開幕(前編)
天狗装束の狒々が守護していた、古代の呪符がびっしりと貼られた重厚な石の扉。
それが数百年ぶりに封印を解かれたかのように、重々しい地鳴りのような音を立てて完全に開ききった先には、これまでの鼻をつく有毒ガスが吹き荒れる自然の岩穴とは、決定的に次元の異なる空間が広がっていた。
栃木県・那須『殺生石ダンジョン』の最深領域――そのさらに奥底に隠されていた、深淵層である。
風の音すら存在しない、冷ややかで無機質な大気が満ちる広大なドーム状の地下空間。
遥か高く霞む天井や、滑らかに削り出された壁面には、松明の形をした青白い魔導灯が規則的な間隔で並び、圧倒的な広さを持つ石畳の広場を幻影のように照らし出している。
そして、よろず屋パーティーの四人の視線の先。その広大な空間を文字通り「埋め尽くす」ようにして、『それら』は整然と立ち並んでいた。
「……なんなの、これ……」
結羽が、銀色の『如意棍棒』を両手で強く握りしめたまま、思わず息を呑んだ。
視界の果て、青白い闇に溶け込むところまで続く、何千、いや万に届くかもしれない数の等身大の兵士像。
土を焼き固めたような乾いた素焼きの質感を持ちながら、その一体一体が精巧な鎧や兜を身につけ、さらに不気味なことに、その顔つきはどれ一つとして同じものがなかった。
彼らの手に握られているのは、素焼きの造形物などではない。
濁った銀色の魔法金属で打たれ、数千年の時を経てもなお確かな殺意を放つ、本物の剣や矛だった。
「まるで、華国の始皇帝陵ダンジョンみたいね……。趣味の悪いこと」
彩斗美が、その異様な光景を見て不快そうに目を細めた。
「始皇帝陵、ですか?」
「ええ。兵馬俑って知っているかしら。古代の王の墓に副葬された、武装した素焼きの兵士像が何千体も並んでいる場所なんだけど。あっちのS級ダンジョンに潜った時、あの兵士像がすべてゴーレム化して、一糸乱れぬ軍隊として襲いかかってきたのよ。……思い出したくもない、最高に面倒なダンジョンアタックだったわ」
かつてSSランクとして日本の頂点に君臨し、海外のトップギルドのヘルプにすら幾度も駆り出されていたコマンダーの、実体験に基づく生々しい回想。
だが、その言葉を聞いた結羽の背筋に、嫌な汗がツーッと伝った。
「……さ、彩斗美先輩。それって、いわゆる死亡フラグっていうんじゃ……」
ギギギギギ……ッ!!
ゴゴゴゴゴゴォォォォ……ッ!!!
結羽の言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。
乾燥した土が擦れ合う無数の耳障りな音と共に、地響きのような共鳴音が空間を揺らし、立ち並んでいた何千体もの兵士像の『単眼』が、一斉に赤黒く発光したのだ。
死の軍団が、侵入者を排除するために長い眠りから目覚めた。
「ほらぁっ! やっぱりフラグ回収しちゃったじゃないですかぁッ!」
「あら、嫌だわ。まさか本当に全部動くなんてね。私の勘もまだまだ捨てたものじゃないかしら」
彩斗美が困ったように肩をすくめながらも、その手にはすでに仙気と魔力を帯びた漆黒の『蛇腹剣』が握られ、完璧な臨戦態勢に入っている。
『――空間内の全ゴーレム個体、再起動を確認。各個が完全に独立しつつも、高度にネットワーク化された戦術リンクを形成しています! まるで一つの巨大な生き物のようです!』
ふゆのスマートフォンから、黄龍の緊迫した音声が響いた。
ただの操り人形ではない。あの一体一体が、強力な演算能力で連携し、戦術を共有する完成された軍隊なのだ。
「カッカッカ! 大したホストコンピューターだ。これだけ大量のゴーレムを自律しているかのように同時操作するなんて、とんでもねえ演算能力じゃねえか」
ドレイクがタバコに火を点けながら、呆れたように、けれど最高に血の沸き立つような楽しそうな笑い声を上げた。
「おやっさん! 感心してる場合じゃありませんよ! 囲まれます!」
「ああ、わかってる。だが、どんなにアタマが良くたって、駒が素焼きのガラクタなら関係ねえ。結羽! 彩斗美嬢ちゃん! こんな連中に構ってる暇はねぇ、一気に最奥までぶち抜くぞ!」
「「はいッ!!」」
一糸乱れぬ足並みで殺到してくる何千もの兵馬俑ゴーレムの群れ。
だが、今のよろず屋パーティーにとって、数の暴力はもはや脅威にはなり得ない。
「陣形を崩すわよ! 薙ぎ払うッ!!」
彩斗美が蛇腹剣を一閃する。
魔力を帯びて無数の節に分かれた刃が、意思を持った大蛇のように空間を乱舞し、最前列で盾を構えた兵馬俑たちの足元を的確に薙ぎ払い、強固な陣形を強引に瓦解させる。
「ふゆ! 装甲の脆い部分を教えて!」
「了解! 首の関節部分と、胴体の繋ぎ目が一番薄いよ!」
ふゆが魔力視のデータをもとに的確なナビゲートを飛ばし、同時に魔導シリンジガンから『酸の魔弾』を次々と連射して、兵馬俑の素焼き装甲をさらに脆化させていく。
「そこだッ!!」
結羽は、両手首と両足首の『縛仙環』に込められた数トンの超重力を、一気に遠心力と前方への推進力へと転換した。
さいたまダンジョンの泥沼で培った『点と面』の歩法。
重力を足の裏の一点に集中して石畳を爆発的に蹴り出し、次の瞬間には面で滑るように超高速で移動する。
その神速のステップから放たれるのは、圧倒的なダンプカー並みの質量を乗せた如意棍棒のフルスイング。
バガァァァァァァァンッ!!!
銀色の金属棍が空気を切り裂いて唸りを上げるたびに、脆くなった兵馬俑の群れが、防御の構えごと粉砕され、文字通り陶器の破片となって派手に砕け散っていく。
「重いだけの鎧なんて、わたしの棍の前じゃただの的です! そこ、どいてくださいッ!」
結羽は縛仙環の理不尽な負荷すらも自身の暴力として完全に飼い慣らし、次々と立ち塞がる古代の軍勢を正面から粉砕し、最深部へと続く道を一直線に切り拓いていった。




