第131話 天狗狒々の群れと、大質量の旋風撃(後編)
「彩斗美先輩! 取り巻きを少しの間だけ抑えられますか!? あの錫杖を壊します!」
「任せなさい。……私の盤面を、獣ふぜいが荒らせると思わないことね!」
彩斗美が冷徹な笑みを浮かべ、蛇腹剣を大きく振るう。
「ひれ伏しなさいッ!」
刃が幾重にも枝分かれしたかのような幻影を生み出し、空間を制圧する無数の斬撃の網が、狒々の群れを後方へと強引に押し留めた。
「今だッ!!」
結羽は、縛仙環の超重力を前方のベクトルへと一気に解放し、弾丸のような速度で天狗狒々の懐へと飛び込んだ。
「グォォォォッ!!」
天狗狒々が、迫り来る結羽を迎撃すべく、巨大な錫杖を全力で振り下ろしてくる。
人間であれば一撃でひき肉にされるであろう、圧倒的な腕力から放たれる一撃。
だが、結羽はそれを避けることなく、真っ向から如意棍棒をぶつけにいった。
ただ力でぶつかるのではない。
「重力、全開……ッ!」
結羽は、両手首の縛仙環に込めていた仙気の反発力を一瞬だけ弱め、その途方もない質量を、自身の腕と棍棒にそのまま乗せたのだ。
ガガァァァァァァンッ!!!
鈍い銀光を放つ如意棍棒と、未知の合金で作られた禍々しい錫杖が激突した瞬間。
地下空洞に、爆発のような轟音が響き渡った。
「ギガッ……!?」
天狗狒々の目が見開かれる。
人間離れした巨腕から放たれたはずの自分の一撃が、小柄な人間の少女の打撃に、完全に押し負けたのだ。
黒鋼という規格外の重りがもたらす、絶対的な大質量。
結羽の如意棍棒は、激突の衝撃で錫杖を粉々に打ち砕き、そのままの勢いで天狗狒々の体勢を大きく崩させた。
「ボスのリモコン、壊れました!」
『――シグナルロスト! 群れの連携ネットワークが切れたよ!』
ふゆの報告と同時に、統率を失った狒々の群れの動きに明らかなほころびが生じた。
「キィッ……!?」
「グギャッ!?」
指示系統を絶たれた彼らは、連携を忘れ、それぞれが本能のままにバラバラに動き出し、彩斗美の蛇腹剣の軌道に次々と飲み込まれていく。
「今よ、結羽! まとめて粉砕しなさい!」
「はいッ!!」
結羽は、体勢を崩した天狗狒々を蹴り台にして後方へと跳躍すると、群れの中央に着地した。
そして、両手首と両足首の縛仙環の重力を、今度は『遠心力』へと変換する。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
結羽を軸にして、大質量の竜巻が巻き起こった。
数トンの重りが生み出す絶大な回転力。
それは、結羽自身が一本の巨大な重力兵器と化したに等しい。
『大質量・旋風撃』。
ゴォォォォォォォンッ!!!
銀色の如意棍棒が唸りを上げ、周囲を取り囲んでいた狒々の群れを、まとめて数体ずつ、文字通りひき肉に変えて粉砕していく。
「ギャァァァァッ!!」
断末魔の叫びを上げる暇すら与えない、圧倒的な蹂躙。
野生の身体能力も、連携を失えばただの的でしかない。
結羽が巻き起こした大質量の旋風は、ものの数十秒で、十数体いた狒々の群れを完全に殲滅してみせた。
「フゥ……ッ」
結羽が回転を止め、ゆっくりと息を吐き出す。
その周囲には、光の粒子となって消滅していく魔獣の残滓だけが漂っている。
だが、まだ終わってはいない。
「グルォォォォォォォッ!!!」
群れを全滅させられ、アンテナである錫杖を砕かれた天狗狒々が、怒り狂った咆哮を上げて結羽に飛びかかってきた。
武器を失い、素手となったその巨腕が、岩をも砕く威力のナックルウォークの姿勢から、アッパーカットのように結羽の顎を狙って振り抜かれる。
「デカいからって、大振りすぎます!」
結羽は、迫り来る巨腕の軌道を冷静に見切り、半歩だけ身を沈めてそれを躱した。
そして、すれ違いざまに如意棍棒の石突を、天狗狒々の太い『膝関節』の裏側へと正確に叩き込んだ。
ゴキッ!!
「グギャァッ!?」
人間の何倍も強靭な魔獣の関節であろうと、理を突いた急所への一撃と、大質量が乗った打撃の前には無力だ。
膝を完全に破壊された天狗狒々は、たまらずその場に片膝をつき、前のめりに体勢を崩した。
「これで、おしまいですッ!」
結羽は、沈み込んだ体勢から一気にバネを解放し、独楽のように身体を回転させる。
縛仙環の全質量を乗せた、渾身の旋風撃。
鈍い銀光を放つ如意棍棒が、片膝をついて無防備になった天狗狒々の後頭部めがけて、容赦なく振り抜かれた。
ドガァァァァァァァァンッ!!!!
頭蓋骨が砕け散る鈍い音と共に、天狗狒々の巨体が前方に吹き飛び、鳥居の石柱に激突して動かなくなった。
少しの痙攣の後、光の粒子となって完全に消滅する。
「ふぅー……。お掃除、完了です!」
結羽が如意棍棒を肩に担ぎ、汗を拭いながら満面の笑顔で振り返る。
「カッカッカ! 見事なもんだ。重力って理不尽を、完全に自分の暴力として使いこなしやがったな」
ドレイクがタバコの煙を吐き出しながら、満足げに手を叩いた。
「ええ。これなら、どんな強敵が待っていようと、正面から突破できそうね」
彩斗美も、頼もしく成長した結羽の姿に、誇らしげな微笑みを浮かべる。
ゴゴゴゴゴォォォォ……ッ。
天狗狒々を撃破したと同時。
鳥居の奥に鎮座していた重厚な石の扉が、地響きを立てながらゆっくりと開き始めた。
その奥から漏れ出してくるのは、これまでの階層とは比べ物にならないほど濃密な、悪意と呪術の魔素。
「おやっさん。……いよいよですね」
「ああ。日本のネットワークを根こそぎ牛耳ってる、大元のバグのお出ましだ」
ドレイクが黄金の瞳を細め、凶悪な笑みを浮かべる。
結羽は手足の重りの感触を確かめ、力強く頷いた。
因縁の殺生石ダンジョン、その真の闇。
新生よろず屋パーティーは、最大のアンテナである九尾の狐が待つ『深淵層』へと、一切の迷いなくその足を踏み入れていくのだった。




