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第13話 裏市場のわらしべ長者と、仙術の目覚め

 翌日。


 結羽とドレイクは、野田市内の雑居ビルの一角にある、看板の目立たない買取店を再び訪れていた。


 カウンターの奥にある防音仕様の特別応接室で、仕立ての良いスーツを着こなした初老の紳士・黒田は、大理石のテーブルの上に置かれた『品物』を見て、完全に言葉を失っていた。


「……こ、これは……」


 黒田の手が、微かに震えている。


 テーブルの中央に鎮座しているのは、鈍く赤黒い光を放つ巨大な魔石と、一本の立派な獣の角だった。


「ミノタウロスの、角と魔石……。野田ダンジョン深層の中ボスを、これほど早く打倒されるとは……。しかも、またしても打撃のみによる無傷のドロップ……」


「へっ。こいつは俺が仕留めたもんだ。だが、いずれこいつも一人でさばけるようになるさ」


 ジャージ姿のドレイクが、ソファに深く腰をかけながら鼻を鳴らした。


 その傍らで、結羽は少し誇らしげに胸を張っている。


「黒田さん、この素材、買い取ってもらえますか? 妹のお薬の材料は角一本で足りたので、残りのこれをお金に換えて、必要な触媒を買いたいんです」


「触媒、でございますか?」


「ああ。ダンジョンの魔力に中てられて、霊穴を塞いじまった子供の目を覚まさせるための特効薬を作る。それから結羽の武器を鍛え直す。……千年人参の特級品と、炎竜の血を吸って育った赤光蓮の種子、そして魔力を中和するための星屑の砂が必要だ。これらの素材にアテはあるか?」


「……どれも、表の市場やギルドの正規ルートでは、およそ出回らない代物です。仮に出たとしても、国家規模のオークションにかけられる特級指定の禁制品ばかり……」


「だから、裏口の商売をしてるお前さんのところへ来たんだ。あるんだろ? そういう表に出せねえ品を扱ってる市場がよ」


 ドレイクの炎金の龍眼が、静かに、しかし絶対的な圧力で黒田を射抜く。


 黒田は懐から白いハンカチを取り出し、額の汗を拭った。


「……横浜の、中華街。そのメインストリートから外れた地下深くにブラックマーケットが存在します。そこに行けば、ドレイク様の求める品も必ず揃うでしょう」


 黒田はそう言うと金庫を開け、金箔で縁取られた黒い和紙のような分厚いカードを取り出した。


「ですが、あそこは完全な紹介制です。一見の客は、入口の結界すら越えられません。……これをお持ちください」


 差し出されたのは、黒田の名が刻まれた紹介状だった。


「私の名を出せば、最奥の『玄武堂』という老舗の薬種問屋に通されるはずです。……ただし、あそこは魑魅魍魎の巣窟。数字と金だけが支配する無法地帯です。ぼったくりや粗悪品の押し売りは日常茶飯事。どうか、お気をつけを」


「へっ。誰に物を言ってやがる」


 ドレイクは紹介状を丸太のような指先で摘み上げ、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。


「俺たちを素人だと思ってボろうとする馬鹿がいりゃあ、店ごと更地にしてやるだけだ。……恩に着るぜ、親父」


 ドレイクのぶっきらぼうな礼の言葉を受け取った黒田は、深く息を吐き出して姿勢を正した。


「……ドレイク様、前山田様。お願いがございます」


「お願い、だと?」


 ドレイクが片眉を上げる。


「はい。この素材、私どもで買い取らせていただくことも可能ですが……もし、この後の横浜での買い物に、私の『縁』が有用であると思われましたら、是非お会いしていただきたい方がおります。どうかお時間を作っていただけないでしょうか」


「……お前さんの雇い主か?」


「はい。我が佐修院(さじゅういん)家の当主でございます」


 黒田は深く頭を下げたまま、切実な声を絞り出した。


 有能な商人でありながら、どこか悲痛な響きを帯びたその言葉に、ドレイクは面白そうに口角を吊り上げた。


「……別段、人に会うのに大層な理由はいらねえよ。買い物が終わったら時間を作る、それでいいな? 結羽」


「はいっ。黒田さんにはお世話になっていますから」


 結羽が元気よく頷くと、黒田は目元を拭い、安堵の表情を浮かべた。


「ありがとうございます。……この素材は、そのままお持ちください。横浜の裏市場での、生薬との交換にお使いいただけるはずです」



 ◆◆◆



 日本の魔導産業と物流を支える巨大都市、横浜。


 海風が運ぶ潮の香りと、煌びやかなネオンサインが街を彩るその中心地に、異国情緒あふれる横浜中華街が存在している。


 表通りは、ダンジョン探索の疲れを癒やす探索者たちや観光客でごった返し、活気と美味しそうな匂いに満ちていた。


 しかし、結羽とドレイクが向かったのは、そんな華やかな大通りではない。


 迷路のように複雑に入り組んだ、薄暗く湿った裏路地を幾つも抜けた先。


 人気の全くない、薄汚れた行き止まりの壁の前だった。


「……ここですね。黒田さんが言っていた裏市場への入り口」


 結羽は周囲を警戒しながら、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


 空間そのものが微かに歪んで見えるほどの、強力な魔導結界が何重にも張り巡らされている。


「おう。表の市場や協会公認のギルドじゃあお目にかかれねえ、特級指定の禁制品や未鑑定の遺物なんかを扱う場所だってことだが……」


 ドレイクが、黒田から手渡された黒いカードを結界の表面へと押し当てた。


 ジジジッ、と微かな魔力のショート音が鳴り、分厚い壁のような結界がスゥッと左右に割れて、地下へと続く薄暗い階段が姿を現す。


 階段を降りた先に広がっていたのは、表の中華街をそのまま地下にひっくり返して押し込んだような、広大で混沌としたブラックマーケットだった。


 所狭しと並ぶ怪しげな露店。


 劇毒を持つ未鑑定の魔獣の部位や、出所不明の古代遺物、違法な魔力増幅薬などが乱雑に並べられ、それらを値踏みする裏社会の探索者たちの目つきは一様に鋭い。


「ビビるこたぁねえ。背筋を伸ばして、堂々と歩きな。お前さんは、自分の力で一千万を稼ぎ出した堂々たる探索者だろ」


 隠形を展開せず、堂々と横を歩くドレイクが、低い声でアドバイスを送る。


「はいッ! わかっています!」


 結羽は真っ直ぐに前を向いて歩き出した。


 黒田の紹介状に指定されていたのは、裏市場の最奥に位置する『玄武堂』という老舗の薬種問屋だった。


 重厚な木彫りの看板が掲げられた薄暗い店内に入ると、むせ返るような強い薬草と、得体の知れない魔力の匂いが鼻を突く。


「いらっしゃい。……見ない顔だねぇ。何をお求めで?」


 カウンターの奥から、しわがれた声をかけてきたのは、背の曲がった老婆だった。


 その濁った瞳の奥には、客の懐具合と力量を一瞬で測る、底知れない商人の鋭い光が宿っている。


「千年人参の特級品と、赤光蓮の種子。それと、星屑の砂だ」


 ドレイクが要求すると、老婆はニヤァと笑い、結羽の顔とドレイクの体格を値踏みするように見つめた。


 だが、結羽が黒田の紹介状を見せると、老婆はチッと小さく舌打ちをして、鼻で笑った。


「ふん、黒田からの紹介じゃ仕方ないね」


 老婆は店の奥の隠し扉を開け、厳重に魔導ロックが施された金庫から、強烈な魔力の光を放つ本物の特級品をカウンターに並べた。


 黄龍の鑑定でも、間違いなく最高級品であることが確認される。


「よし、これで全部だ。……ほれ、代金だ」


 結羽がリュックから、ミノタウロスの角と深層の魔石を取り出し、カウンターに置いた。


 それを見た老婆の目が、一瞬だけ鋭く見開かれる。


「……野田の深層の主の角か。しかも無傷たぁ、随分と面白いモンを持ってくるじゃないか。そいつらとの交換にゃ妥当な釣り合いだね」


 結羽が角と魔石を老婆の方へ押しやり、生薬の入った木箱を抱えて店を出ようとした、その時だった。


「……待ちな、釣り銭だよ」


 老婆が、カウンターの上にあったミノタウロスの角だけを、無造作に結羽の方へと突き返してきたのだ。


「えっ……? でも、これじゃお代が……」


「あの家には、散々世話になっているからね。魔石だけで十分さ。……その角は、あんたの武器を鍛えるのにでも使いな。次来る時は、もっと面白いモンを持ってきなよ」


 老婆はニヤリと笑い、奥へと引っ込んでいった。


 裏社会の人間にも義理堅さがある。


 その粋な計らいに、結羽は深く頭を下げて店を後にした。



 ◆◆◆



 その夜。


 野田市内のマンションに帰還したドレイクは、キッチンカウンターの上に結羽が愛用する『古代樫の棍』を無造作に置いた。


「いいか、結羽。ダンジョン深層の素材ってのはな、持ち主の強さそのものが宿ってる。返してもらったミノタウロスの角と、今日手に入れた星屑の砂をペースト状にし、こいつに塗り込んで俺の仙気で焼き付けりゃあ、最高の兇器になる」


 ドレイクは角の破片をすり鉢で細かく砕き、星屑の砂と少量の水を加えてドロドロの漆黒のペースト状に練り上げた。


 そして、それを素手で古代樫の棍に隙間なく塗りたくっていく。


「さあ、仕上げだ」


 ドレイクが掌からボッと高熱の青白い炎を噴出させた。


 強烈な熱波が結羽の前髪を揺らす。


 炎が収まると、そこには元の木の質感を残しつつも、鈍い黒光りを放つ無骨な鉄棒のような鈍器が完成していた。


「持ってみろ」


 手渡された棍を握った瞬間、結羽の目が驚きに見開かれた。


「……重い。でも、手に吸い付くみたいに馴染みます……!」


「おう。これなら、牛の骨くらいなら容易く粉砕できる。……だが、どんなにいい得物を持っても、扱う側がへっぽこじゃあ意味がねえ。ここからは、俺の相棒の出番だ」


 ドレイクが顎でしゃくると、テーブルの上に置かれた黄龍の宝珠が、静かに明滅を始めた。


『はい。それでは結羽さん。これより、貴女自身の力でふゆ殿の特効薬を錬成するため、そして己の肉体を極限まで使いこなすための、『仙術』の基礎修業を始めます』


 黄龍の指導のもと、結羽は床にあぐらをかいて座り、静かに目を閉じた。


『まずは『内功』です。自身の丹田――下腹部の奥底に熱の塊があることを意識し、それを血液の流れに乗せて全身へと行き渡らせるイメージを持ってください』


 現代のダンジョン探索において、魔法はスキルとしてシステムから与えられるものだ。


 しかし、ドレイクや黄龍が行使する仙術は違う。


 己の生命力そのものをコントロールし、世界と調和させる『理』だ。


 結羽はドレイクから「システムを忘れろ。呼吸に集中しろ」と檄を飛ばされながら試行錯誤を繰り返す。


 やがて、へその下あたりから、じんわりとした温かい『熱』が生まれ、それが手足の指先へとゆっくりと広がっていくのを感じた。


「……あっ。なんか、ポカポカしてきました」


『重畳。では次に、その気を四肢や全身に回せるようにしましょう……ほうほう、これはこれは。師父の龍気の側にいたせいか、生まれ持っての才か、随分器用に扱えておりますな。それでは気を掌から外へと放出し、特定の波長に合わせる訓練に移りましょう。……目の前のコップの水を見てください』


 結羽が目を開けると、ドレイクがテーブルの上に濁った水が入ったコップを置く。


『その濁りを、貴女の気で取り除くのです。澄み切った水面をイメージし、淀みを濾し取るように静かに気を練り上げるのです』


 結羽はコップを両手で包み込むようにかざし、再び目を閉じた。


 丹田から引き上げた熱を、手のひらを通して水へと流し込む。


 無理に押し込むのではなく、不純物を外へ弾き出すように、優しく、静かに。


 数分後。


 結羽がそっと目を開けると、コップの中の濁った水は、信じられないほど透明で澄み切った清水へと変わっていた。


「……できました! 水が、綺麗に……!」


『お見事です。それが、『水の浄化』の仙術。……この世界では魔法やスキルがなければ気や仙術を使えないようですが、本来人間にはそのような制限はありません。高みは果てなく、挑戦し続ける限り無限の可能性があるのですよ』


 黄龍の言葉が、システムに縛られていた結羽の心を完全に解き放つ。


「よくやったな、なかなか器用じゃねえか、結羽」


 壁に寄りかかっていたドレイクが、ニヤリと笑って歩み寄る。


「だが、これで終わりじゃねえ。明日からは、黒田に会いに行った後、その棍と身体を使って泥臭え実戦修行だ。覚悟しておけよ」


 結羽は、黒光りする新しい相棒を強く握りしめ、自信に満ちた笑顔を向けた。


「望むところです、おやっさん!」


 ステータスという枠を外れた少女の、システムからの脱却と、真の強者へと至るための歯車が噛み合いはじめていた。

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