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第129話 芦ノ湖の再来と、狂乱の『赤銅の牙』(後編)

 すでに何人かは重傷を負って血まみれで倒れ伏しており、それでも残った者たちは、まるで何かに取り憑かれたように虚空に向かって、あるいは仲間の中の幻影に向かって、バトルアックスや魔法を無差別に放ち続けている。


「なんてこと……! あんな最新の防護装備を着ていながら、完全に理性を失って……!」


 彩斗美が、その凄惨な光景に唇を噛んだ。


「おやっさん! あの人たち、魔獣とじゃなくて、仲間同士で殺し合ってます!」


 結羽が棍を握りしめ、悲痛な声を上げる。


『……妲己システムの洗脳波が、彼らの精神の奥底にある『野心』を極限まで増幅させ、暴走させているのです。幻術の魔素と相まって、彼らの眼にはもはや、仲間が『自分の出世を阻む敵』、あるいは『手柄を横取りする競争相手』にしか見えていないのでしょう』


 黄龍の冷静な分析が、殺生石ダンジョンの真の恐ろしさを物語る。


 Sランクへの昇格。


 未知のダンジョン兵器の独占。


 現代の探索者が抱く無邪気で強欲な野心を、システムが容赦なく刺激し、自滅へと導いているのだ。


「……ひでえ有様だな。完全に頭のネジが焼き切れちまってやがる」


 ドレイクは、狂乱するAランクギルドの精鋭たちを冷たく見下ろし、タバコの煙をゆっくりと吐き出した。


「おやっさん! 止めないと、あの人たち全滅しちゃいます!」


「わかってるよ。……仕方ねえ。あの奥でふんぞり返ってるキツネ野郎をぶっちめる前に、まずはこのイカれたガキどもの頭を、俺たち『よろず屋』が修理してやるか」


 ドレイクの黄金の瞳に、不敵で、そして圧倒的な強者の余裕を湛えた光が宿る。


「ふゆ! 上から広域解毒だ! 天井狙って振りまけ! 彩斗美嬢ちゃん、あいつらの動きを止めろ! 結羽、全員峰打ちで眠らせてこい! 死なすんじゃねえぞ!」


「「「了解ッ!!」」」


 ドレイクの号令と同時に、よろず屋パーティーの三人が完璧な連携で動き出した。


「いくよ! 『広域・解毒中和魔弾』、炸裂!!」


 ふゆが魔導シリンジガンを上空へ向けて撃ち放つ。


 特殊な魔薬が岩場の天井付近で弾け、光の雨となって狂乱する探索者たちへと降り注いだ。


「ぐぁっ……!? な、なんだ!?」


 解毒の光を浴びた探索者たちの動きが、幻術から引き剥がされたことによる混乱で一瞬だけ鈍る。


 その隙を、コマンダーが見逃すはずがない。


「その野心ごと、少し頭を冷やしなさいッ!」


 彩斗美が放った蛇腹剣が、生き物のように空を舞い、探索者たちの手からバトルアックスや魔導杖を次々と絡め取って宙へと弾き飛ばした。


「そこだッ!!」


 武器を失い、無防備になった探索者たちの懐へ、結羽が縛仙環の推進力を使って神速で飛び込んだ。


 狙うのは、急所ではない。


 如意棍棒を両手で短く持ち、相手の顎の先端、あるいは延髄のわずかな隙間めがけて、精密な『峰打ち』を叩き込む。


 ただ力任せに殴れば、黒鋼の重力と仙気の威力で彼らの首の骨は容易くへし折れてしまう。


 結羽は、ハモの骨切りの見取り稽古や湯豆腐の箸使いで培った「ミリ単位の理」を全開にし、骨を折らず、脳だけを完璧に揺らして意識を刈り取るという、神業のような打撃を連続で放っていった。


 ガンッ! ドスッ! バキィッ!


「がはっ……!」


「あぐっ……!」


 結羽が通り抜けた後には、白目を剥いて完全に気絶した『赤銅の牙』の面々が、次々と糸が切れた操り人形のように倒れ伏していく。


 ものの数十秒。


 北関東を牛耳るトップギルドの精鋭部隊は、たった一人の少女の「物理的な修理」によって、一切の死者を出すことなく完全に無力化され、沈黙した。


「ふぅ……っ。全員、気絶させました!」


 結羽が如意棍棒を肩に担ぎ、汗を拭う。


「見事な手際ね。あの状態の人間を無傷で制圧するなんて、並のSランクでも不可能よ」


 彩斗美が感心したように頷きながら、周囲を警戒して蛇腹剣を収める。


「カッカッカ! 上出来だ。さあ、とっととこいつらをまとめて外へ運び出すぞ。こんな毒ガスの中にほっぽっといたら、結局死んじまうからな」


 ドレイクは、気絶している大柄な探索者たちを、まるで米俵でも扱うかのように両脇にひょいひょいと抱え上げた。


 結羽たちも急いで怪我人たちを背負い、一旦ダンジョンの入り口へと引き返すこととなった。



◆◆◆



「これは……ひどい有様ですね……」


 防護結界に守られたベースキャンプの入り口。


 運び出されてきた『赤銅の牙』の面々の惨状を見て、待機していた黒田が絶句したように眉間を揉みほぐした。


「ああ。一番厄介なのは、肉体の傷よりも精神の『バグ』だ。妲己の洗脳システムは、人間の底なしの野心を燃料にしてやがる。……黒田、こいつらの治療と解毒は任せたぜ。目が覚めたら、少し説教でもしてやってくれ」


 ドレイクが怪我人を医療テントのベッドへ下ろしながら言うと、黒田は恭しく頭を下げた。


「承知いたしました。佐修院家の医療チームの総力を挙げて、浄化と治療にあたらせます。……それにしても、これほど強力なギルドが、ここまで無惨に同士討ちをさせられるとは。改めて、妲己システムの恐ろしさを痛感いたします」


「ええ。人間が自らの意志で戦っているつもりでも、実はシステムの盤上で踊らされているだけ。……本当に、吐き気がするほど悪辣な兵器ね」


 彩斗美が、ダンジョンの奥深くを忌々しげに睨みつける。


「でも、もう邪魔な横槍は入りません! あんな風に、誰かが野心を操られて殺し合う前に……絶対に、大元のアンテナをぶち壊します!」


 結羽が、決意に満ちた強い瞳で宣言した。


「カッカッカ! その意気だ。さあ、厄介なノイズのお掃除は完了だ。今度こそ、本丸のキツネ野郎の尻尾を掴みに行くぞ!」


 ドレイクの豪快な号令と共に。


 狂乱の犠牲者たちを安全な地上へと引き渡した新生よろず屋パーティーは、再び猛毒と幻術が渦巻く『殺生石ダンジョン』の深淵を目指して、迷いのない足取りで再アタックを開始するのだった。

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