第127話 湯豆腐の滋味と、トップギルドの勢力図(後編)
「『赤銅の牙』……。Aランクってことは、かなり強い探索者の集まりなんですよね?」
結羽が真剣な顔で尋ねると、彩斗美は頷き、側に控えていた黒田へと視線を向けた。
佐修院家の情報網を統括する黒田が一歩進み出て、静かに報告を始める。
「はい。彼らは最新鋭の重装甲や防毒装備を揃えるだけの資金力と実力を兼ね備えた、極めて優秀なギルドです。ですが……現在の彼らの動向は、常軌を逸しております。彼らは、那須ダンジョンの奥底にある異世界の兵器やアーティファクトを手に入れさえすれば、自分たちもSランクに上がれるという野心を異常なまでに刺激されているのです」
「兵器を発掘して、Sランクに……」
「ええ。より厄介なのは、彼らが野心に取り憑かれ、那須ダンジョンに繰り返しアタックを強行した結果……より深い洗脳下に置かれてしまっている可能性が高いことです」
黒田の言葉に、場がシンと静まり返る。
「洗脳下……つまり、妲己システムの尖兵になりかけているということですか?」
ふゆがゴクリと喉を鳴らした。
「その通りでございます、ふゆ様。実態はさらに深刻です。彼らの脳内には『自分たちこそが次の時代の覇者だ』『俺がギルドマスターにふさわしい』といった幻聴や幻覚が直接送り込まれているのでしょう。内部では野心が暴発し、権力争いや対立が激化し……もはやギルド内で同士討ちになりかけているという情報が入っております」
「……Sランクになりたいっていう野心に付け込んで、仲間同士で殺し合いをさせるなんて」
結羽が、あまりの惨状にギュッと奥歯を噛み締めた。
古代の呪殺兵器は、ダンジョンという巨大なアンテナを使って、人間の弱さを嘲笑うかのように内乱と自滅を誘発させているのだ。
「カッカッカ! そういうこった。身の丈に合わねえ野心を持たされて、自爆スイッチのボタンを無邪気に押しに行こうとしてる馬鹿どもってわけだ」
ドレイクが鼻で笑い、冷たいお茶を飲み干す。
「俺たち『よろず屋』の仕事は、そんな馬鹿どもが自滅する前に、イカれたアンテナごと全部スクラップにして『大掃除』することだ。……準備はいいな、お前ら」
「はいッ!!」
結羽とふゆが、力強く頷いた。
「それでは、私は先にお車を回してまいります」
黒田が恭しく一礼し、静かに座敷を後にした。
◆◆◆
極上の湯豆腐で英気を養い、作戦会議を終えた結羽たち四人が料亭の暖簾をくぐると、外の駐車場には、一足先に席を立って車を回していた黒田と、見慣れた漆黒の豪華SUVがエンジンを静かに唸らせて待機していた。
運転席の横に直立し、燕尾服姿で恭しく頭を下げたのは、黒田である。
「皆様。ここから決戦の地、那須への長距離移動となります。道中はどうか、この黒田の運転する車両にてゆっくりとおくつろぎください」
「ええ。引き続き頼りにしているわ、黒田」
彩斗美が微笑むと、黒田はスッと姿勢を正して後部座席のドアを開けた。
「カッカッカ! 頼もしいスポンサー様と執事殿だ。結羽、ふゆ、乗り込め! いざ出陣だ!」
「はいッ!」
結羽は、手足の縛仙環の超重力をミリ単位の仙気で完璧に制御し、アスファルトや車のサスペンションに一切の負荷をかけることなく、滑るようにSUVの後部座席へと乗り込んだ。
佐修院家のSUVのリアシートは広く、高級ホテルのラウンジのように快適だ。
冷蔵庫には冷えた飲み物が常備され、座席は身体のラインに合わせて包み込むような最高のクッション性を誇る。
だが、結羽はその恩恵を一切受けることができない。
「おやっさん、この車すっごくふかふかなのに、わたしはずっと空気椅子状態だから、背中も腰も全然休まりませんよ……栃木まで大丈夫かな……」
「カッカッカ! そりゃあ修行だからな。だが結羽、京都を出た時よりも明らかに仙気の巡りが滑らかになってるぜ。その調子で身体に理を染み込ませろ」
座席に深く沈み込むこともなく、座面のどこにも偏った荷重がかからないよう、意識と仙気を回し、全身の筋肉をコントロールする結羽。
新幹線の座席やハイヤーの中で脂汗を流しながら耐えていた頃と比べれば、彼女の理は確実に洗練されていた。
◆◆◆
黒田の運転するSUVは、夏の京都を抜け、高速道路を東へとひた走る。
車窓を流れる景色が都市部から山間部へと変わり、数時間後。
車は関東の北部、栃木県・那須湯本の荒涼とした山道へと足を踏み入れていた。
古くから九尾の狐伝説が残る『殺生石』の伝承地。
草木一本生えない赤茶けた岩肌の奥深くに、目的の『殺生石ダンジョン』の入り口が存在している。
窓を開けると、ツンと鼻を突く強烈な硫黄の匂いが車内に流れ込んできた。
「うわぁ……すごい硫黄の匂い。なんだか、箱根の芦ノ湖ダンジョンを思い出すね」
ふゆが顔をしかめながら鼻をつまむ。
「芦ノ湖以上に厄介な場所よ。あそこは純粋な猛毒の環境だったけれど、ここは有毒ガスに加えて、妲己の強力な幻術と洗脳の魔素が支配しているのだから」
彩斗美が真剣な表情で前を見据える。
車がダンジョンの厳重な管理ゲートを抜け、アタックの拠点となるエリアに停車した。
そこには、かつて赤城山のヒュドラ討伐の際に黒田ら佐修院家の使用人達が構築した、堅牢なベースキャンプを彷彿とさせる光景が広がっていた。
佐修院家の莫大な資本によって設営された、プレハブ施設群。
周囲には、有毒ガスと幻術の魔素を完全に遮断する強力な防護結界が幾重にも張られ、多数の魔導医師や使用人たちが万全の態勢で待機している。
「……相変わらず恐れ入るぜ、黒田の親父」
ドレイクが車から降り立ち、呆れたように、けれど心底頼もしそうに笑った。
「お褒めに預かり光栄です。皆様が一切の後顧の憂いなく、深淵のアンテナを粉砕できるよう、佐修院家の総力を挙げてベースキャンプを構築いたしました。どうかご武運を」
黒田が深く一礼する。
「ありがとう、黒田さん! ここなら安心してアタックに集中できます!」
結羽は車から降りると、背中に背負った銀色の『如意棍棒』を力強く握りしめた。
両手首と両足首の縛仙環が、チリチリと仙気を吸い上げて重い脈動を打っている。
だが、その重さはもはや恐怖ではない。
敵を粉砕するための、己の武器だ。
真夏の京都での極上グルメと、過酷な極限修行を経て。
新生よろず屋パーティーは、狂乱の野心が渦巻く本丸――栃木県・那須の『殺生石ダンジョン』へと向けて、いよいよ反転攻勢の歩みを進めるのだった。




