第116話 次元の大掃除と、黒鋼のインゴット(後編)
最後の巨大な魔導要塞の主砲パーツをマグマへと放り込みながら、ドレイクはぽつりと、誰に聞かせるでもなく呟いた。
友を喪い、それでもこの星の行く末を見守り続けてきた彼の、静かなる弔いの儀式だった。
「さて、と。片付けはこれで終わりだが……ゲートを閉じる前に、俺の巣から少しばかり土産を持ってこにゃならねえな」
ドレイクはそう言うと、開いたゲートの向こう側、自らの金銀財宝の山のさらに奥深くへと太い腕を強引に突き入れた。
空間の位相を無視して、彼の巨大な手が宝物庫の底から「ある物」を鷲掴みにし、こちらの世界へと引きずり出す。
ドスンッ!!!
凄まじい重量感がコントロールセンターの床全体を激しく揺らした。
結羽たちの視線は、床に置かれた「それ」に完全に釘付けになる。
それは、周囲の光のすべてを歪めて吸い込んでしまうかのような、深く、どこまでも暗い漆黒の輝きを放つ、レンガブロック程度の大きさのインゴットだった。
大きさ自体は片手で持てる程度のものであるにも関わらず、それが床に置かれた瞬間、未知の合金で作られたコントロールセンターの頑強な床板が、その自重に耐えかねてメキメキと鈍い悲鳴を上げ、数センチほど大きくひしゃげたのだ。
「ドレイク殿、それは……? いったい何なの? 物質としてのスケールが、この地球の理を完全に超越しているのだけれど……とんでもない魔力密度ね」
彩斗美が、その漆黒のインゴットから発せられる尋常ではないプレッシャーと魔力密度に本能的な戦慄を覚え、息を呑んで一歩後ずさった。
元SSランク探索者としての彼女の研ぎ澄まされた直感が、その金属に触れることすら拒絶していた。
「ああ、俺がいつも解体で使っているナイフの合金と同じブツだ。黒鋼……あっちの世界じゃあ、最高級・最稀少・最高硬度・最重量の四拍子が揃った、正真正銘の神話級魔法金属さ」
ドレイクは事も無げに言ってのけると、咥えていたタバコを携帯灰皿で消し、その鋭い視線を持参した銀色の如意棍棒を抱えたままの結羽へと向けた。
「結羽。お前さん、自分のその如意棍棒を、よくあらためて見てみろ」
「え? あ、はい!」
急に話を振られた結羽は慌てて、背中から鈍い銀光を放つお気に入りの『如意棍棒』を抜き放ち、両手で掲げてしげしげと観察し始めた。
川崎の遺跡型ダンジョンで命がけで採掘したミスリルとアダマンタイトの合金をベースに、ドレイクが夜なべして最高位の彫金を施してくれた、世界にたった一本の万能武器。
その美しい銀色の刀身も、手になじむ重厚なグリップも、昨日までと何一つ変わっていないように見える。
「あの……特に異常はないと思います! 今日も銀色に輝いていて、すっごく最高にかっこいいです!」
結羽が自信満々に胸を張って答えると、ドレイクはやれやれと不機嫌そうにため息をつき、今度は後方にいるふゆを見た。
「ふゆ、お前さんのその『魔力視』なら、何が起きているか正確に判別できるだろ。説明してやれ」
「えーっとね、ちょっと待って……」
ふゆは頭のUIゴーグルを指先で押し上げると、自身の裸眼にじわじわと仙気を集中させ、オパールの色を湛えた『魔力視』を発動した。
彼女の視線が、結羽の掲げる如意棍棒の表面を、じっと舐めるように凝視していく。
数秒の後、ふゆは「あーっ、なるほどね!」と納得したようにポンと小さな手を叩いた。
「お姉ちゃん、これ、おやっさんが夜なべして棍の表面に彫り込んでくれた、五行の魔術回路とか光華文字のエッジの溝……そこが、目視じゃほとんどわからないくらいだけど、内側からわずかに歪んで『溶けちゃって』いるよ」
「えええっ!?」
結羽は素っ頓狂な声を上げ、如意棍棒を顔の数センチ手前まで近づけて、食い入るように見つめ直した。
「そんな! わたしの如意棍棒、壊れちゃうんですか!? これ、川崎のすっごい硬い魔法金属で作られているのに!?」
「安心しな。俺が打った武器だ、すぐすぐに叩き壊れるようなヤワな構造にしちゃあいねえよ」
慌てふためく弟子を前に、ドレイクがカッカッカと豪快に笑う。
「だがな、結羽。そいつはお前さんがリザードマンの盾の壁に突いた物理的な衝撃のせいでそうなったわけじゃねえ。……お前さんがさっき、あの斥力結界を一点突破するために込めた『仙気の総出力』に、如意棍棒に刻まれた陣の許容量の方が、内側から耐えられなくなりつつあるのさ」
ドレイクの言葉を聞いた瞬間、今度は彩斗美が、信じられないものを見る目で結羽を凝視した。
「なんてこと……。ドレイク殿や結羽さんの言う『仙気』は、私たちの魔力出力と同じようなものよね? 魔法金属の最高峰であるミスリルやアダマンタイトの合金に刻まれた魔術回路を、自身の魔力の内圧だけで焼き切る寸前まで追い込むだなんて、そんなの、人間業じゃないわよ。結羽さん、あなた自身の器の成長速度が、地球のシステムの想定上限を遥かに突破してバグり始めているわ」
彩斗美の戦慄混じりの驚愕の声に、結羽は自分の両手をまじまじと見つめ、なんとも言えない複雑な表情を浮かべた。
「まるで実感がないんですけど、彩斗美さんがそこまで言うってことは、結構な出来事なんですね……なんか複雑です……」
「まぁ、高位の魔法金属には自己修復の性質もあるんだが、ここ最近の激戦で短期間に酷使しすぎたのは事実だ。何より、結羽の仙気の伸びが俺の予想を上回ってやがる。そこで、黒鋼の出番ってわけだ」
ドレイクは、自重で床をひしゃげさせている漆黒のインゴットを顎でしゃくった。
「それで、如意棍棒をこの黒鋼で打ち直すんですか!?」
結羽が期待に目を輝かせると、ドレイクはすぐに首を横に振った。
「そりゃあ無理だ。全面黒鋼で作ってみろ、重すぎてな、いくらお前さんの身体能力でも、今の人の身じゃあ格が合わねえ。なにしろコイツで作ったパイプ椅子は、俺の本来の火龍としての全重量を受け止めても、ビクともしねえ最強のブツだからな……。あっちのドワーフの親方を本気でドン引きさせた代物だ」
ドレイクは遠い昔の職人としての昔話をどこか楽しそうに語ると、不敵にニヤリと笑った。
「如意棍棒のすべての意匠の溝と、芯材の補強としてこの黒鋼を溶かし込み、アップデートしてやる。お前さんの限界突破した仙気を受け止める『真の相棒』に仕上げる。だが、今度は神話級金属の位と格にお前さんの身体に合わせにゃ使いこなせん。一手間もふた手間もかかるからな。結羽、覚悟しておけよ?」
神話級の最高魔法金属と、火龍による打ち直し。
だが、その言葉を聞いた万能戦士の少女の瞳には、怯えなど微塵も存在しなかった。
あるのは、さらなる高みへと上り詰めるための、底抜けにハングリーな闘志だけだ。
「はいっ!! すっごく楽しみにしてます、おやっさん!!」
どこまでも貪欲で真っ直ぐな少女の返答に、ドレイクは嬉しそうに腹を揺らして笑った。
「カッカッカ! 頼もしい弟子っこだぜ。なあ、黄龍?」
『故事に曰く――「欲伐天軍、須求黒鋼之長矛、與能揮之猛士(天からの軍を討つつもりならば、黒鋼の矛とそれを振るえる強者を用意せよ)」と。不可能の代名詞として使われるものを楽しみだと笑って言い放ち、自らの器に収めてしまおうとするとは。……いやはや、我が師父の弟子は、とんでもない傑物ですな』
ふゆのスマートフォンから、黄龍の風雅で心からの感服に満ちた念話が響き渡る。
アストライアの最高金属と、それを笑って手なずけようとする少女。
大掃除は完全に終わり、キメラコンソールを完全に手中に収めたコントロールセンターの中で、次なる刃に向けて、よろず屋パーティーの絆はより一層、強固に結ばれていくのだった。




