第115話 次元の大掃除と、黒鋼のインゴット(前編)
「やったぁ! アストライアのシステム、完全掌握だよ!」
コントロールセンターの無機質な空間に、ふゆの突き抜けるように明るい歓声が響き渡った。
彼女が両手を天に向かって高く突き上げると同時に、それまで不気味な不協和音を奏でながら赤黒い凶兆の光を放ち続けていた巨大なメインコンソールが、一瞬だけ激しく明滅した。
直後、張り巡らされていた無数の魔力回路が、濁った赤から清浄でするりと透き通るような青白い光へと一斉に反転し、静かで穏やかな明滅を開始した。
右半分に刻まれたスヴァトゴーラ王朝の神聖なる天使の彫像群からは、強引に突き刺されていた無骨な魔力パイプを通じて汚濁した魔力がシュウシュウと音を立てて抜け落ち、本来の白磁のような輝きを取り戻していく。
左半分に配置された光華王朝の巨大な風水盤と八極図は、カチ、カチと正確な音を立てて正しい真円を描きながら回転を始め、幾何学的な光華文字の暗号群が次々と緑色の安定シグナルへと書き換えられていった。
二大国が泥沼の大戦の末に、互いの罪と扱いきれなくなった最悪の汚物を隠蔽するために作り上げた、狂気のパッチワークシステム。
その数千年に及ぶ逃亡の歴史は、今この瞬間、天才的な魔力視を持つ幼きオペレーターと、アストライアの古代知性体である黄龍の多次元的な逆ハッキングによって完全に沈黙し、新生よろず屋パーティーの絶対的な管理下へと置かれたのだ。
「おう。本当によくやったな、ふゆ、黄龍。大金星だぜ」
ドレイクはのっそりと前に進み出ると、満足げに獰猛な牙を剥き出しにして笑った。
口にくわえたタバコの先から、細く白い煙が天井に向けてゆったりと立ち上っていく。
彼はシステムが完全に上書きされ、大人しく命令を待つ状態になったキメラコンソールの前へと歩み出た。
中央のメインモニターには、光華文字でまばゆいばかりの文字列が表示されている。
『Master Registration(新たな管理者権限の登録をおこなってください)』――と。
「さてと。それじゃあ、この星の未来を担保にするような真似をしやがった過去の亡霊どもに、きっちりとお払い箱の引導を渡してやるとするか。この最悪の『ゴミ箱』を、俺の直轄の『絶対焼却炉』に繋ぎ変えてやる」
ドレイクは太い指をコンソールのホログラムキーボードへと滑らせた。
カチャカチャと無造作な音を立ててコマンドが打ち込まれていく。
画面の文字が激しく流動し、やがて中央に『Joshua . A . Drake』という、彼の魂に刻まれた真名が厳格な文字列として刻み込まれた。
システム承認の重々しい電子音が響き渡り、野田ダンジョンの最奥に眠るすべてのシステム権限が、火龍の手へと渡った。
だが、真の『大掃除』はここからだった。
ドレイクはキーボードを叩き終えると、自らの太い人差し指の先へと濃密な仙気を集中させた。
「このダンジョンの深層で、あっちとこっちの位相がもっとも重なりあっているのが、ここだ。ここなら今の俺の魔力でも、あっちとこっちを繋げられるってもんよ。だが、確実な座標指定が必要になるがな」
赤熱するような凄まじい熱量を帯びた金のオーラが指先から立ち上り、彼はそれをコントロールセンターの真っ白な大理石の床へと容赦なく突き立てた。
キィィィィン、と空間を切り裂くような鋭い音が響く。
ドレイクは床の表面に、アストライアの高度な術式と自らの火龍の仙術を融合させた、極めて複雑な魔法陣の幾何学模様を直接描き始めた。
彼が指を動かすたびに、床の石材が溶解し、内側からまばゆい金色の光波が溢れ出して大気を激しく振動させていく。
やがて、完璧な対称性を持つ巨大な二重魔方陣が床一面に完成したその瞬間。
ドレイクの目の前の空間が、まるで熱されたビニールのようにぐにゃりと陽炎を描いて歪み、大人が一人ようやく通れる程度の『極小のゲート』がポッカリと暗黒の空間に口を開けた。
途端に、応接室の冷房など一瞬で無意味にするほどの、うだるような凄まじい熱気と、鼻腔を激しく刺す濃密な硫黄の匂いが、コントロールセンターの室内へと津波のように流れ込んできた。
あまりの熱風に、結羽と彩斗美は思わず腕で顔を覆って一歩後ずさる。
ゲートの向こう側を覗き込むと、そこには地球のどこを探しても存在し得ない、狂気的な光景が広がっていた。
赤々と煮えたぎり、時折ボコッと巨大な泡を立てて爆ぜるマグマの地底湖。
その圧倒的な熱量に耐えうる漆黒の頑強な岩盤が孤島のように浮かんでおり、その上には無造作に積み上げられた巨大な酒樽の山と、光を浴びて怪しく輝く圧倒的な金銀財宝の山が、天井に届かんばかりにうず高く積まれていた。
「ここは……おやっさんの、元いた世界のヤサですか?」
結羽が、吹き付けてくる熱風に衣服を激しくなびかせながら、信じられないものを見るように目を丸くした。
「俺の"巣"であり、個人用の宝物庫だ」
ドレイクは、ゲートから吹き出す懐かしい大気の匂いを胸いっぱいに吸い込むと、ふぅ、と深く息を吐き出した。
「……へっ。相変わらず、ろくでもねえ酷い熱気と匂いだが、馴染み深い我が家の匂いだ。正確に言えば、俺の巣のさらに地下深く、龍脈と呼ばれる星の血流に直結する位置に、俺にしか解けない八百八十八層の拒絶封印を施した、星一番の『絶対焼却炉』だ」
ドレイクは不敵にニヤリと牙を剥くと、ゆっくりと振り返り、廃棄サイロの底に文字通り山のようにうず高く積まれていた『アストライアの呪いの兵器群』へと、その炎金の龍眼を向けた。
心臓のように脈動する悪意のミアズマシリンダー、刀身に静脈の如く呪殺回路が彫り込まれた大量の大剣や魔導銃。
かつて無辜の民を民族浄化するために作られた怨念のガラクタどもが、死の大地の上で毒々しい光を放っている。
「さあて、それじゃあお待ちかねの大掃除の時間だ。結羽、ふゆ、彩斗美嬢ちゃん。お前らは危ねえから、その結界の枠から一歩も外に出るんじゃねえぞ」
ドレイクは短く告げると、首のタオルをグッと締め直し、両腕を大きく左右へと広げた。
彼の内包する数百万トンの超質量が、仙術の解放によって周囲の大気を物理的に押し潰していく。
ドレイクの身体から発せられた莫大な金の仙気が、目に見えない巨大な嵐となってサイロ全体の空間へと行き渡り、底に積まれていた無数の呪殺兵器の山を包み込んだ。
ズォォォォォォ……ッ!!!
凄まじい風圧と共に、サイロの底に眠っていた何千、何万もの魔導兵器の残骸が、まるで意思を持ったかのように一斉に宙へと浮かび上がった。
見えない巨大な『火龍の手』がそれらを鷲掴みにし、コントロールセンターの中央に開かれた極小のゲートへと向かって、容赦なく誘導していく。
ドボンッ! ジュワァァァァッ!!!
ゲートの向こう側のマグマ湖へと、呪いのガラクタどもが次から次へと無造作に放り落とされていく。
アストライアの魔法文明が誇る強固な未知の合金で作られた刀身も、致死性の怨念を湛えたガラス管のシリンダーも、神話級の火龍が産湯として浸かってきた龍脈の超高熱の前には、単なるプラスチックのゴミも同然だった。
接触した瞬間にドロドロと跡形もなく融解し、数千年間世界を脅かし続けてきた最悪の悪意が、小気味良い音を立てて完全に消滅していく。
みるみるうちに、サイロの底を埋め尽くしていたおぞましい核のゴミの山が綺麗に削り取られ、元の無機質な金属の岩盤へと戻っていく。
それは、世界の裏側を修復する「配管修理」などという言葉では生温い、神話の火龍による痛快で圧倒的な次元の『大掃除』そのものであった。
「過去の亡霊どもが残した負の遺産は、俺のこの命があるうちに、龍脈の炎でまとめて塵一つ残さず燃やし尽くしてやる。……これで少しは、てめぇの夢を穢されて死んでいった、月酔仙の爺さんも浮かばれるってもんだろ」




