第114話 パッチワークの墓標と、逃亡者のシステム(後編)
ふゆの瞳の奥で魔力視が極限まで回転し、アストライアの古代システムとの多次元的なハッキング合戦が幕を開けた。
右からはスヴァトゴーラの強固な『福音システム』の防壁が。
左からは光華王朝の複雑怪奇な『風水演算ロジック』の迷路が。
キメラコンソールは侵入者を排除しようと、一斉にシステムとしての牙を剥く。
コントロールセンター内の照明が不気味な赤色へと点滅し、排除プログラムの起動を告げる警告音が鳴り響いた。
「……ふゆちゃん、大丈夫かしら。相手は数千年前とはいえ、二大国の軍事防衛システムの中枢よ」
彩斗美が蛇腹剣を構えたまま、心配そうにふゆの小さな背中を見守る。
「大丈夫です! ふゆと黄龍さんなら、絶対にやり切ってくれます!」
結羽は如意棍棒を構え、周囲の空間から物理的な防衛兵器が現れないよう、警戒を怠らない。
数十秒の、息を呑むような沈黙。
ふゆの指先が、空間に展開された青白いホログラムキーボードを凄まじい速度で叩き、光華文字の暗号を次々と解読し、こちらの演算ロジックで強引に上書きしていく。
『……おや、これはこれは――』
不意に、スヴァトゴーラ側のコンソールをハッキングしていた黄龍が、場にそぐわない風雅な声をあげた。
「どうした黄龍」
結羽たちの護衛に当たっていたドレイクが、即座に反応して鋭い声をかける。
『いえ、さすが最終防衛機構ではあるな、と思いまして』
「カテぇか?」
『いえいえ、そこは問題なく。ただ最終ロックの直前に、逆接続を利用して、こちらの精神を直接破壊する『精神汚染』の致死情報を流し込まれましたので、少々驚きまして。……随分と、お可愛い門番ですな』
神聖な天使のイコンの裏に仕掛けられていたのは、ハッカーの脳を直接焼き切り、狂気へと突き落とす凶悪な呪詛のプログラムだった。
だが、古代の叡智たる黄龍は、それを「お可愛い」と鼻で笑い飛ばしたのだ。
「おい、精神汚染だと!?」
その単語を聞いた瞬間、ドレイクの余裕の表情が消え失せた。
彼は光華側のコンソールに両手を添えて瞑想するように集中しているふゆを見ると、血相を変えてコンソールへと駆け寄り、焦ったように大声を張り上げた。
「ふゆは大丈夫なのか!? おいふゆ、気分は悪くねえか!? 頭が痛いとか、変な声が聞こえるとかねえか!?」
さっきまでタバコを吹かしながら「胸糞悪りぃ」とハードボイルドにキメていた神話の火龍の姿はどこへやら。
ただの過保護なお父さん――いや、心配性のお祖父ちゃんのようにオロオロとふゆの顔を覗き込む巨漢の姿に、極度の緊張状態にあった結羽と彩斗美は思わず毒気を抜かれて苦笑してしまった。
『ご心配なく、師父』
黄龍の呆れたような、けれどどこか嬉しそうな念話が響く。
『あの程度の呪詛、ふゆ殿の脳に届く前に私がすべて検知し、隔離・処理しておりますよ。私の方が、ふゆ殿のアクセス領域より辿り着くのが幾分早かったものですからね。……泥を被るのは、大人の役目というものです』
「……チッ。脅かすんじゃねえよ。心臓に悪いヤツだ」
ドレイクは安堵の大きな溜め息をつき、首のタオルで顔の汗を乱暴に拭った。
その直後、ふゆがホログラムキーボードから手を離し、パァッと明るい笑顔で振り返った。
「黄龍さん、こっちの光華ルート、ロック前まで制圧完了したよ!」
『大変よろしいですな、ふゆ殿。こちらの福音ルートも最終ロックの眼前に到達しております。……それでは、三つ数えますので、両端から同時にロック解除コードを入力しましょう』
「はーい! タイミング、まかせます!」
ふゆが再びコンソールに向き直り、両手を構える。
数千年間、地球を脅かし続けてきた狂気のシステムの、最後の扉が開かれようとしていた。
結羽も、彩斗美も、ドレイクも、息を呑んでその瞬間を見守る。
『それでは、いきますよ』
黄龍の静かな、だが確かな勝利を告げる声が、コントロールセンターに響き渡った。
『一、二、三……今!』
ターンッ!!
ふゆの小さな指と、黄龍のデータリンクが、寸分の狂いもない完璧な同期で、エンターキーを叩き込んだ。
ピィィィィィン……ッ!
その瞬間、左右で不協和音を奏でていたキメラコンソールの赤い魔力回路が、一斉に清浄な青白い光へと反転した。
天使のイコンに突き刺さっていたパイプから汚濁した魔力が抜け落ち、光華の八極図が正しい真円を描いて回転を始める。
施設全体に鳴り響いていた低周波の駆動音が停止し、警告の赤いランプが消え去った。
それは、アストライアのシステムが完全に、そして平和的にシャットダウンされたことを告げていた。
「やったぁ! アストライアのシステム、完全掌握だよ!」
ふゆがUIゴーグルを外し、両手を突き上げて歓声を上げる。
「おう。よくやった、ふゆ、黄龍」
ドレイクは安堵と誇らしさの混じった表情で牙を剥き出しにして笑うと、システムを書き換えられ、大人しく沈黙したメインコンソールの前へと進み出た。
メインモニターの画面が切り替わり、アストライアの光華文字で新たな入力画面が表示されている。
『Master Registration(新たな管理者権限の登録をおこなってください)』――と。
「さてと。それじゃあ、この星に巣食う害虫どもの『ゴミ箱』を、俺の『処理場』に直結させてやるとするかい」
ドレイクは太い指をコンソールのキーボードに滑らせた。
世界のバグを修理するよろず屋による、神話規模の『大掃除』が始まろうとしていた。




