第113話 パッチワークの墓標と、逃亡者のシステム(前編)
強固な斥力結界と巨大なタワーシールドによる絶対防衛陣形――正面突破が不可能とさえ思われたアストライアの軍隊『シールドウォール』。
しかし、結羽が如意棍棒に極大の仙気を一点集中させた穿孔の一撃で大盾の結界をこじ開け、ふゆがそこへ腐食の魔弾を撃ち込むという、よろず屋パーティーの完璧な連携が、ついにその防衛ラインを完全に粉砕した。
強酸によってドロドロに溶け、機能を停止して光の粒子へと還っていく重装リザードマンたちの残骸を越え、四人はついに廃棄サイロの最奥へと到達した。
分厚い未知の合金で作られた隔壁の先にある、コントロールセンターへと足を踏み入れたのだ。
だが、そこはこれまでの無機質なアストライアの軍事施設とは明らかに異質な、ひどく悍ましく、狂気を孕んだ空間だった。
「なに……ここ。右と左で、全然作りが違う……」
結羽が銀光を放つ如意棍棒を握りしめたまま、あまりの光景に息を呑んで立ち尽くした。
広大なコントロールセンターの『右半分』。
そこは、スヴァトゴーラ王朝の正教の教典をモチーフにした、神と天使、そして黄金の世界樹の美しいイコンで壁面が埋め尽くされていた。
大理石を思わせる純白の床には神聖な幾何学模様が描かれ、本来であれば清らかな祈りを捧げるための、荘厳な神殿のようである。
しかし、その美しい天使の彫像の顔面や純白の羽には、無骨で毒々しい魔力のパイプや無機質なケーブルが無数に突き刺さっており、神聖さを徹底的に冒涜するかのように赤黒い脈動を繰り返して稼働している。
一方、『左半分』の空間。
そこには、光華王朝特有の巨大な風水盤と八極図、そしておびただしい数の光華文字が刻まれた、濁った銀色の魔法金属の装甲板がびっしりと並んでいた。
オリエンタルな呪術的意匠と、武骨な軍事テクノロジーが融合した、冷徹で機能的な空間。
全く異なる二つの国の技術体系、相反する宗教観と文明。
それが、部屋の中央に鎮座する巨大な『メインコンソール』で、まるでフランケンシュタインの怪物のように、無理やり縫い合わされるようにして繋がっていたのだ。
「……気持ち悪い。異なるシステム同士を、物理的なケーブルと強引な術式でパッチワークしているのね。機能的な美しさの欠片もない、狂気のキメラ施設ね……」
彩斗美が強烈な嫌悪感に顔をしかめ、自身の腕をさすった。
相手の民族を根絶やしにする呪殺兵器という、最もおぞましい汚物を管理する施設の中枢が、人々を導く天使の微笑みと、人の営みを潤す風水の理で彩られているという、絶望的なまでのギャップ。
その異様な光景を見渡したドレイクは、ポケットからタバコを取り出して火を点け、ギリッと鋭い牙を噛み鳴らして地を這うような低い声で呻いた。
「大戦末期か、大断裂直後の生き残りのもんだな……。連中、いがみ合ってたクセに、自分たちで扱いきれなくなったゴミを、仲良く自分たちの星の裏側に棄てたってとこか」
ドレイクの黄金の瞳に、静かな、しかしマグマのように熱い怒りが灯る。
大断裂の前、戦争が泥沼化し、星そのものを滅ぼしかねない呪いの兵器群を前にして、両国の指導者たちはどうしたか。
彼らは自らの過ちを認めて争いを止めたのではない。
互いに隠れて、自分たちの星の裏側――この同じ次元の穴に、後先考えずに最悪のゴミを不法投棄し合っていたのだ。
「これだけ集積されたゴミの魔素質量が、次元の位相に孔を開ける可能性くらい考えられなかったのかよ……」
忌々しげにタバコの紫煙を吐き出しながら、ドレイクがぼやく。
自分たちが汚したツケを、見えないところに隠して強引に蓋をする。
その浅ましい人間の業が、結果として次元の位相を歪ませ、数千年の時を超えて、この地球という別の星にダンジョンを発生させる原因となったのだ。
『ぼやいても仕方ありませんよ、師父』
ふゆのスマートフォンから、黄龍の風雅で、けれどどこか冷徹な響きを帯びた声が落ちた。
『彼らも必死だったのでしょう――世界を滅ぼした責任から、なんとかして逃れる為に』
大陸を割るほどの大罪。
その責任から目を背け、ただ自分たちだけが生き延びるために、憎み合っていたはずの異なる敵国のシステムと協力してまで、この忌まわしい『墓標』を作った。
人間の業の深さと無責任さを突きつけられ、結羽もギュッと唇を噛み締めた。
自分たちの住む地球は、そんな身勝手な連中の『逃亡の果てのゴミ箱』にされていたのだ。
「……チッ。どっちの国も、行き着く先は同じだったってことかよ。馬鹿馬鹿しいにも程があるぜ」
ドレイクはタバコを携帯灰皿に揉み消すと、不機嫌そうに顎をしゃくった。
「黄龍、ふゆ。あんな身勝手な亡霊どもの遺産、さっさと俺たちの権限で上書きして乗っ取っちまえ。胸糞悪くて見てられねえ」
「うんっ! 黄龍さん、やっちゃおう!」
『承知いたしました。では、右のスヴァトゴーラ側の『福音システム』は私めが。ふゆ殿ともう一人の私は左の『光華風水演算ロジック』からの侵入をお願いできますか』
「まかせて!」
ふゆはトコトコとコンソールの左側――光華王朝の八極図が刻まれた、濁った銀色の金属パネルへと歩み寄ると、UIゴーグルを深く被り直し、自身のスマートフォンを接続用ポートへと物理的につないだ。
宝珠の姿の黄龍もまた、右側の天使のイコンが描かれた大理石のコンソールへ、光の触手のようなものを接続し、データリンクを展開していく。
空間が、甲高い電子音と魔力波形の明滅に包まれる。




