第117話 点対称の因果と、異世界での無双(前編)
アストライアの二大国が遺した狂気のキメラコンソールを掌握し、絶対焼却炉への大掃除を終えたコントロールセンター。
マグマの熱気と硫黄の匂いが吹き荒れる深淵の底で、ドレイクが自身の『巣』から取り出した漆黒のインゴット――黒鋼の放つ途方もないプレッシャーに、よろず屋パーティーの面々は圧倒されていた。
ただそこに置かれているだけで、分厚い合金の床が自重に耐えきれずに悲鳴を上げる、最高級・最稀少・最高硬度・最重量の四拍子が揃った至高の魔法金属。
光華王朝の故事成語すら引き合いに出されるその規格外の神代素材を、結羽が己の武器の芯材として受け入れる覚悟を語り、黄龍が感服の念話を響かせた、その直後だった。
「ねえ、おやっさん」
ふゆが、ドレイクが空間に開いたままにしている『極小のゲート』の向こう側――赤々と煮えたぎるマグマの地底湖へと視線を向け、どこか期待と切実さを込めた声で口を開いた。
「そのゲート……もっと大きく開けば、わたしたちも異世界に行けるの? ……お父さんと、お母さんを探しに」
その真っ直ぐな問いに、結羽もハッとしてドレイクの顔を見上げた。
三年前、この野田ダンジョンのスタンピードに巻き込まれ、ダンジョンに吸い込まれた両親。
この深淵が異世界へと繋がる場所であり、コンソールを掌握できたというのなら、今目の前にあるゲートを広げて潜ることで、両親の足跡を辿ることができるのではないか。
姉妹の瞳に、三年越しの切実な希望の光が灯る。
だが、ドレイクはタバコの煙を長く吐き出し、ゆっくりと、そして残酷なまでに明確に首を横に振った。
「……悪いが、そいつは無理な相談だ」
「えっ……どうしてですか?」
「お前らだけを送り込むなら、不可能というわけじゃねえ。だが、俺が一緒に行くとなると話は別だ。この極小のゲートは、あくまで俺が『所有物の出し入れとゴミ捨て』をするために開いた針の穴みてえなもんだからな。だが、お前らだけをあっちに行かせるなんて選択肢はありえねえ。文化も世界の構造も違う、言葉も通じない異世界に、可愛い弟子っこ達だけを送り込めるかよ」
ドレイクは、自らの分厚い胸板をトントンと叩いた。
「つまり、行くならば俺も必ず同行する。そこで問題になるのが、俺という『数百万トンの質量を内包した火龍』が通り抜けられるほどのデカい穴をどうするかってことだ。この歪んだ深淵の位相で無理やり開けようとすれば……確実に次元の壁が耐えきれずに崩壊する。お前らごと、空間の狭間でミンチになっちまう」
ドレイクの言葉に、結羽は絶望に肩を落とした。
おやっさんの規格外すぎる存在と質量が、ここに来て物理的な足かせとなってしまったのだ。
最強の師匠を置いて自分たちだけで見知らぬ異世界へ行くわけにもいかず、かといって両親を諦めることなど絶対にできない。
「じゃあ、お父さんとお母さんは……」
結羽が俯きかけた、その時だった。
「お姉ちゃん! うつむいちゃうのはまだ早いよ!」
キメラコンソールの前に移動したふゆが、UIゴーグルを押し上げ、満面の笑みで振り返った。
「物理的なゲートは通れなくても、情報は探れる! 黄龍さんと一緒に、このキメラコンソールのログを限界までサルベージしてみたの。そしたら……見つけたよ!」
『ふゆ殿の仰る通りです』
ふゆの言葉を裏付けるように、黄龍の宝珠がかつてなく明るい金色の光を放って明滅する。
『砂時計のねじれの中央点――すなわち位相が最も重なり合うこの場所を基点として、いくつかの霊子パターンが『点対称に裏返って』弾き出された痕跡を発見しました。……ワームホールを通過したかのように、ダンジョンの重圧に潰されることなく、アストライアの地上へ向けて、です』
黄龍の言葉が意味するもの。
それは、三年前のあの日、ダンジョンに吸い込まれていった人々が、ダンジョンの奥底の闇で潰されたり、化物に食い殺されたりしたわけではないという、異世界の科学的・魔術的な絶対の証明だった。
「生きている……。お父さんもお母さんも、あっちの世界で生きているんだ……!」
結羽の両目から、堰を切ったように大粒の涙がこぼれ落ちた。
ふゆもまた、ぽろぽろと涙を流しながら結羽に抱きつく。
三年間、ずっと胸の奥に抱えていた重く暗い氷塊が、今、完全に溶け去っていくのを感じていた。
どんなに自分が強くなっても、どうしても拭えなかった「もう会えないかもしれない」という恐怖。
それが、確信へと変わったのだ。
「……カッカッカ! そいつは重畳だ」
ドレイクが満足げに牙を剥いて笑う。
だが、その直後。
黄龍の宝珠が、まるで名探偵が決定的な証拠を見つけたかのように、青白く鋭く明滅した。
『――それにしても、面白いログが拾えましたよ、師父』
「あん? 面白いログだと?」
『先ほどのログをヒントに、我々がアストライアに帰還できる方法はないかなど、探ってみたのですが……。こちらからあちら側へ渡った因子の中に、明確な師父の霊子パターンの反応がありました』
「はあ? そんなにホイホイ召喚された覚えはねえぞ? それに、日本からアストライアにってことだろう? そんな記憶は一切ねえ」
ドレイクがタバコを咥えたまま、怪訝そうに顔をしかめる。
『そうでしょうね。ですが、これは間違いなく師父の霊子、またはそれに極めて濃く連なる者の霊子のパターンです』
「……時期はいつだ?」
『そこです。時期はこちらの暦でいうところの【20X3年4月6日】』
「――それって……!!」
結羽とふゆが同時に息を呑んだ。
『そうです結羽殿。野田ダンジョンの地上スタンピード……「溢れ出し」が起こった日であり、お二方のご両親、前山田夫妻がダンジョンに吸い込まれた日です。その日のログに、師父の霊子パターンが記録されていたのですよ』
「どういうことだ黄龍?」
『結羽殿。以前、母方のお祖母さまの旧姓についてうかがったことがありましたね』
「あ、はい。おやっさんの前世のお名前と同じ漢字で、富士川です。しかもフジガワって濁ります」
『師父も結羽殿も偶然だ、とお茶を濁しておられましたが……どうやら、偶然ではないようです』
黄龍の言葉に、コントロールセンターの空間が水を打ったように静まり返る。
『――結羽殿、あなたのお母様は、そこで呆若木鶏の相……鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている我が師父の、お孫さんであり。その母であるお祖母さまは、師父の娘であり……つまるところ、結羽殿とふゆ殿は、師父の曾孫にあたります』
「「……ええぇえぇ~~~~~ッッ!!」」
結羽とふゆの、ダンジョンの底を揺るがすような大絶叫が響き渡った。
「待て! ちょっと待ってくれ! だが、俺の……俺の娘は、ガキの頃に流行病で往っちまって……」
数千年の時を生きる火龍が、かつてないほど狼狽え、声を震わせる。
『まさにそこです師父。そしてこの世界での戸籍情報、師父に近しい人物の記録……つまり結羽殿の母方のお祖母さまの父親の記録は、19XX年で途絶えております。プロレスの興行中のアクシデントで亡くなられた、と』




