第107話 異世界の量産品と、元SSランクの得物比べ(前編)
魔素重量の歪みが強まる廃棄サイロの壁面を、新生よろず屋パーティーはさらに下へと降りていった。
呼吸をするだけでも内臓が圧迫され、踏み出した足が泥に吸われるような感覚を覚える、異常な重力環境。
だが、セーフエリアでの極上キャンプ飯と、ドレイクによる泥臭い反復修行によって完全な『理』を身体に叩き込んだ彼らにとって、それはもはや致命的な枷ではなくなっていた。
結羽は仙気を丹田に巡らせ、自らの重心を地球の引力に対して垂直に保ちながら、軽やかな足取りで螺旋の足場を進んでいく。
その背には、ドレイクが川崎ダンジョンの魔法金属を打ち上げて作り上げた、鈍い銀光を放つ『如意棍棒』が確かな重みを持って鎮座していた。
『お姉ちゃん、彩斗美さん、気をつけて! 前方、リポップの波形が違う! 今度は……単体じゃないよ! 『ツーマンセル』の波形が複数来る!』
インカムから飛んできたふゆの鋭い警告。
螺旋の足場が少し広がり、小さな広場のように開けた踊り場へと差し掛かろうとした、その時だった。
ズズンッ、ズズンッ……!
金属の床を揺らす重々しい足音と共に、青白い魔力回路が這う無機質なゲートの奥から、複数の巨大な影が姿を現した。
これまで相手にしてきた、野生の延長線上にあるような生体兵器ではない。
長槍と円盾を構え、互いの死角をカバーし合うように完璧なツーマンセルの陣形を組んだ、重装オーガが四体。
そして――その奥から現れた『部隊を率いる隊長格』の威容に、結羽と彩斗美はハッと息を呑んだ。
「ブルォォォォォォォッ!!」
野獣の咆哮に機械の駆動音が混じったような、耳をつんざく怒号。
現れたのは、身の丈三メートルを超える巨躯を、分厚い濁った銀色の魔法金属の重装甲で覆い尽くした『重装ミノタウロス』だった。
野田ダンジョンの深層で遭遇した機人化個体よりもさらに洗練され、外部に露出していた無駄なパイプが内装化された、純粋な戦闘用歩兵としてのフォルム。
だが、結羽たちの目を最も釘付けにしたのは、その巨獣の右手に握られている、あまりにも巨大で無骨な武器の形状だった。
「あの大剣……まさか、特級審査で轟さんが使っていたのと同じ……!?」
結羽が、かつて闘技場で自分をミンチにしようと振り下ろされた『重力の大剣』を思い出し、驚きで声を上げる。
「いいえ、それだけじゃないわ」
結羽の後ろで戦況を俯瞰していた彩斗美が、驚愕に見開いた瞳で呟いた。
「あの大剣は……どう見ても、かつて私がメイン兵装として使っていたダンジョン産の大剣と同モデルね。意匠や魔力回路の配置が酷似しているわ」
『……ええ。彩斗美殿。師父が手を加える前の状態のものと比較すると、刀身の反りや質量のバランスなど、類似率は七割といったところでしょうか。……おそらく、同じ設計思想、あるいは同じ製造ラインで作られた同モデルの兵装かと推測されます』
ふゆのスマートフォンから、黄龍の冷徹な分析音声が響く。
その言葉に、彩斗美は小さく息を吐き出した。
彼女がかつて命懸けの探索の末に手に入れ、現役時代に「世界最強の得物」の一つとして頼りにしていた伝説級のドロップ品。
それが今、目の前の名もなきアストライアの警備兵の手によって、ただの「標準装備」として無造作に握られている。
「カッカッカ! そういうこったな」
ドレイクがポケットからタバコを取り出し、親指の爪でマッチを擦って火を灯した。
獰猛な笑みを浮かべて、真実という名の毒を吐く。
「つまり、あんたがたがダンジョンの超レアドロップだなんだとありがたがっている規格外の武装ってのは、あっちの世界じゃあ、ああいう体格のデカい魔獣兵が使う規格で作られた量産装備の在庫品ってこったな。人間が使うにゃ、いささか以上にデカくて重すぎるってもんさ。本来の使い勝手なんざ、これっぽっちも考慮されてねえ」
ダンジョン産の大剣や大斧が、なぜあれほどまでに巨大で扱いづらいのか。
それはファンタジーのロマンなどではない。
単純に、人間用ではなく異世界の巨獣が振るうためのサイズだったからだ。
ゴォォォォンッ!!
重装ミノタウロスが、威嚇するようにその大剣を金属の床に叩きつけた。
ただそれだけで、足場が大きくひしゃげ、凄まじい物理的な衝撃波が結羽たちの肌をびりびりと叩く。
伝説の遺物ではなく、単なる量産品のお古。
だが、それがこの地球の探索者たちにとって、一撃で肉体を粉砕される本物の脅威であるという事実に変わりはない。
しかし、彩斗美は決して絶望することも、自身の武器を卑下することもなかった。
彼女の瞳には、かつてSSランクとして日本の頂点に立ったコマンダーとしての、強烈な気高さと知的な闘志の炎が燃え上がっていた。
「……同型の武装の持ち主として、理合いの異なりは気になるところね。それに私の大剣は今、ドレイク殿の手によって私専用に最適化されている。どちらが『真の得物』か、比べ合いといきましょうか」
彩斗美が背中から自身の大剣をゆっくりと引き抜くと、刀身に刻まれた光華文字が、彼女の魔力に呼応して青白い光を帯びて明滅を始めた。
「結羽さん、取り巻きのオーガたちは任せてもいいかしら?」
彩斗美は流し目で結羽を見ると、ふっと美しく、そして猛禽類のように獰猛に微笑んだ。
「はいッ!!」
結羽は力強く頷き、背中の銀色の如意棍棒を引き抜いた。
ガチャリ、という硬質な機械音が響く。
結羽が棍の基部にある機構を操作すると、先端のジョイントが開放される。
装備袋から取り出した重厚な『鎖分銅』がジャラリと音を立てて接続された。
ハイテン鋼の鎖分銅から、ミスリルとアダマンタイトの合金にアップデートされた銀の鎖が、結羽の仙気に反応して淡い光を放つ。
「ふゆ、援護をお願い!」
「まかせて! 魔力波形固定、デバフ、いくよ!」
結羽は銀色の『如意棍棒・分銅形態』を構えて、取り巻きである四体の重装オーガへと弾丸のように飛び出していった。
直後、重装ミノタウロスもまた、自らの獲物を奪うかのように前に出た彩斗美めがけて、地響きを立てながら接近を開始した。
「ギガァァァッ!!」
オーガのツーマンセルが、鋭い長槍で結羽の左右から挟み撃ちにするように突きを出してくる。
彼らもまた、光華王朝の軍事データがインストールされた生体兵器。




