第108話 異世界の量産品と、元SSランクの得物比べ(後編)
その刺突の軌道には微塵の無駄もなく、互いの死角をカバーし、逃げ道を塞ぐ完璧な連携だ。
だが、今の結羽にとって、武器を持った人型魔獣など、セーフエリアで散々消費した『歩いてくるサンドバッグ』の延長に過ぎない。
「遅いッ!」
結羽は『面』の歩法で異常重力の床を滑るように躱すと、オーガの踏み込みに合わせて、如意棍棒を鋭く一閃させた。
遠心力を乗せた銀色の分銅が、空中で蛇のようにうねり、片方のオーガの槍の柄に巻き付く。
「はぁッ!」
結羽が仙気を込めて鎖を引き寄せると、オーガの巨体が強引に前のめりへと引きずり出された。
もう一体のオーガが盾でカバーに入ろうとするが、その後方から飛来した銀色の閃光が、その盾の表面に突き刺さった。
パシュッ、という乾いた音と共に、ふゆのシリンジガンから放たれた『腐食と凍結の魔弾』が炸裂する。
「ガァァァッ!?」
強固な盾が瞬時に溶け落ち、同時に凍結によってオーガの脚部が床に縫い留められる。
無防備になった二体の延髄めがけて、結羽は巻き付けた鎖を解除すると同時に、棍を反転。
石突きによる容赦のない旋風撃が振り下ろされた。
前衛の武術の理と、後衛の完璧な射撃サポート。
よろず屋の姉妹コンビネーションは、もはやツーマンセル程度の連携では止められない次元に達していた。
一方、その傍らでは。
「ブルォォォォォォッ!!」
隊長格の重装ミノタウロスが、巨大な大剣を中段に構え、彩斗美との間合いを詰めていた。
その歩法には、巨獣特有の鈍重さは一切ない。
光華王朝の御林軍用剣術のデータが細胞に刻み込まれているのだろう。
大剣の絶大な質量を無理に振り回すのではなく、剣の重さと遠心力を利用した、驚くほど理にかなった足運びで、流れるように彩斗美の懐へと滑り込んでくる。
三メートルを超える巨獣が、洗練された剣士の技を使う。
それは地球の常識からすれば、悪夢以外の何物でもない。
大剣が、下から上へとすくい上げるような逆袈裟の軌道で、彩斗美めがけて鋭く放たれた。
だが、彩斗美は全く動じない。
「……速いわね。でも、軌道が素直すぎるわ」
彩斗美は自身の魔力を大剣に流し込み、ドレイクが仕込んだ『重量可変ギミック』を起動させた。
瞬間、大剣の質量が羽のように軽くなる。
彩斗美は重力異常の空間であることを忘れさせるほど軽やかなステップで、下からの斬撃を紙一重で躱し、そのまま相手の剣の死角へと入り込んだ。
しかし、ミノタウロスもただの案山子ではない。
空を切った直後、手首のスナップを利かせて大剣の軌道を強引に変更し、彩斗美を薙ぎ払おうと追撃を仕掛けてくる。
野生の獣には絶対にできない、高度な武術の理によるカウンターだ。
「その返しも、読めているわ!」
彩斗美は軽くなった大剣を盾のように構え、ミノタウロスの大剣と交差するその瞬間に、魔力による重量操作を解除した。
ドガァァァァァンッ!
羽のように軽かったはずの彩斗美の大剣が、接触の瞬間に限界突破レベルの『極大質量』へと変化し、ミノタウロスの大剣を強烈に弾き返した。
「ガ、ギィィィッ!?」
完璧な理合いで振るっていたはずの剣の軌道を、圧倒的な質量の変化という『理外の理』で狂わされ、ミノタウロスの巨体が大きくバランスを崩す。
量産品の規格通りのデータで動く生体兵器と、状況に応じて魔術回路を自在に操り、意表を突くコマンダー。
同型の武装を持ち、共に武術の理を用いていながら、その得物比べの格の違いは、誰の目にも明らかだった。
「武器はただ重ければいいというものではないわ。それを扱う者の『理』と、その先を読む頭脳が伴って初めて、真の脅威となるのよ」
彩斗美は、体勢を崩したミノタウロスを見据え、冷徹に告げた。
激怒したミノタウロスが、無理やり身体を起こし、再び大剣を振り下ろそうとする。
だが、彩斗美はすでに次の手を準備していた。
「ふゆ! 結羽!」
「はいッ! 凍結の魔弾、足元にいきます!」
ふゆが射出した魔弾がミノタウロスの足元で炸裂し、急速な凍結効果が巨獣の踏み込みをコンマ数秒遅らせる。
「お任せください!」
取り巻きを片付けた結羽が、如意棍棒の鎖を瞬時に巻き取り、ガチャリと音を立てて『槍の穂先』へとアタッチメントを換装した。
結羽は『点』の踏み込みでミノタウロスの大剣の軌道を、下からの突き上げで強引に弾き上げる。
完全に大勢を崩し、ガラ空きになったミノタウロスの胸部。
彩斗美は、大剣の重量を再び極限まで軽くし、神速の踏み込みで敵の懐へと飛び込んだ。
そして、濁った銀色の装甲の最も薄い関節の継ぎ目めがけて刃を差し込むと同時に、魔力を爆発させて重量を『極大質量』へと変化させた。
「終わりよッ!!」
メシャァァァァァッ!!!
自重と超質量の刃が、分厚い未知の合金装甲ごと、ミノタウロスの胴体を完全に両断した。
駆動音と咆哮が同時に途切れ、隊長格の巨獣は光の粒子となって、魔素の重い空間へと溶けて消え去った。
後に残されたのは、深層の巨大な魔石と、ミノタウロスが握っていた『量産品の大剣』だけだった。
「……ふぅ。これで決着ね」
彩斗美が自身の大剣の重量を戻し、優雅な動作で背中の鞘へと納める。
汗一つかかず、息も乱れていない。
元SSランクとしてのプライドと、よろず屋で得た新たな『理』の完全な証明だった。
「お見事です、彩斗美先輩! すっごくかっこよかったです!」
結羽が目を輝かせて駆け寄ってくる。
銀色の如意棍棒をクルリと回して背中に担ぎ直す動作も、今や板に付いている。
「カッカッカ! 違いねえ。ただの量産品のデータと、俺の魔改造を経た一品の差を、きっちり叩き込んでやりやがったな」
ドレイクも満足げにタバコの煙を吐き出しながら、歩み寄ってきた。
「ええ。……でも、これをもらっておけば、刃こぼれした時の予備の素材くらいにはなりそうね」
彩斗美は、床に転がるミノタウロスが残した、濁った銀色の魔法金属製の大剣を拾い上げ、フッと微笑んだ。
ツーマンセルの小隊と、隊長格の重装兵。
光華王朝の軍事データをインストールされた強敵たちを相手にしても、新生よろず屋パーティーの進撃は止まらない。
彼らは魔素重量の歪む螺旋の足場を、さらに深淵の底――廃棄サイロの真の闇へと向けて、力強く下りていくのだった。




