第106話 無手の演武と、深淵のファーミング(後編)
「応援はしていいよね? 戻ってきた時にお薬をあげるのは、いいよね?」
「カッカッカ! ああ、もちろんだ。極上の飯と特効薬を用意して、特等席で待っててやれ」
そこから、よろず屋パーティー特有の狂気の『反復狩り』が始まった。
セーフエリアのすぐ外で、リポップしてくる様々な武器持ち生体兵器を片っ端から単騎で迎撃していくのだ。
「お、今度は棍棒もちのオークか。汚染されてて食肉にゃならんが、動きの練習にはなる。結羽、片付けられるな?」
「はいッ!」
結羽は武器を持たず、泥の歩法と理を駆使してオークの懐に飛び込み、重心を崩して膝を打ち砕き、仕留める。
彩斗美が傍らで、コマンダーとしての鋭い視点でアドバイスを飛ばす。
「結羽、相手の肩の筋肉の収縮を見て動きを予測しなさい! 踏み込むときは、もっと円の軌道を意識して!」
「はいっ、彩斗美先輩!」
「槍持ちのワーウルフか。結羽、一旦見ておけ。見取り稽古も大事な修行だからな」
時にドレイクがタバコを咥えたまま実演し、時に彩斗美が座学としての戦術を叩き込む。
歩いてくるサンドバッグを相手に、結羽はスポンジのように貪欲に『対武器戦闘の理』を吸収していった。
だが、いくら成長したとはいえ、相手は文明の武術をインストールされた古代の生体兵器だ。
何度目かのリポップを倒した時、結羽は激しく息を荒げ、細かな切り傷や打撲を全身に負ってよろよろと戻ってきた。
「お姉ちゃん!」
ふゆが駆け寄り、結羽をセーフエリアの中へと引き込む。
そして、黄龍のサポートを受けながら調合した特製の仙薬スープを素早く飲ませた。
「お姉ちゃん、背中貸して」
ふゆが結羽の背中に、小さな両手をそっと当てる。
ふゆの瞳の奥で『魔力視』の光が瞬いた。
彼女の眼は、結羽の体内の複雑な経絡と、負荷によって滞っている『仙気の理』を正確に捉え、読み解いていく。
そして、自身の清浄な仙気を、結羽の仙気と同調させ、循環させるように流し込んだ。
――『巡気』による回復の仙術。
誰に教えられたわけでもない回復術を、ふゆは急速に会得しつつあった。
姉妹の波長が完全に一致し、結羽の経絡に滞っていた疲労物質と痛みが、爆発的な超回復と共に嘘のように消え去っていく。
『……絆というものは、どの時代どの世界でも驚くべき奇跡を見せてくれるものですな、師父』
黄龍が、ふゆの才能の開花と姉妹の絆に感嘆の念話を漏らす。
「ふぅ……すっごくポカポカして気持ちいいよ。温泉につかっているみたい……。ありがとう、ふゆ」
「えへへ、どういたしまして!」
ふゆは結羽の背中に手を当てたまま、ふと顔を上げ、きょろきょろと視線を行き来させ始めた。
手を当てている姉の結羽と、鉄板の前で肉を焼いているドレイク。
その二人の姿を、不思議そうな瞳で何度も見比べている。
「? どうしたのふゆ?」
結羽が振り返って小首を傾げると、ふゆは少し戸惑ったように眉を寄せた。
「なんか……お姉ちゃんのカタチが……変わってきているっていうか……」
「ええっ!? わたし、なんかおかしくなってる!?」
結羽が慌てて自分の両手を見つめる。
「ちがうちがう! そうじゃなくって、なんていえばいいんだろう。お姉ちゃんの仙気というか、魂……の、カタチ、かな。上手く言えないんだけど、それがおやっさんにすごくよく似てきているの」
ふゆの『魔力視』には、生命の持つ魔力や仙気が、それぞれ固有の色や形を持ったオーラとして視覚化されている。
「二人とも炎の形なんだけど、おやっさんがこう、ぐおおおー、ごおおおお!! っていう感じだとすると、お姉ちゃんは今まで、ぱちぱちぼぉおーって感じだったの。だけど今はなんだか『ちっちゃいおやっさん』みたいになってる……」
「ちっ、ちっちゃいおやっさん……!?」
結羽は自分の魂が『ちっちゃいおっさん』の形になっていると想像し、なんとも言えない複雑な表情を浮かべた。
「わかるようなわからないような……でも、弟子としては師匠に似てきているのは喜ぶべきことなのかな?」
「うん! それは絶対そうだよ!」
ふゆは力強く頷き、さらに視線を横で優雅に微笑んでいる彩斗美へと向けた。
「それにここにきてからだけど、彩斗美さんも変わってきているの」
「私、かしら?」
彩斗美が目を瞬かせる。
「うん。剣の形の光だったのが、剣自体がすっごく大きくなって、そのまわりに炎がぼうぼう渦巻いてまとわりついてるの。すっごく強そうでかっこいい!」
ふゆの無邪気な言葉に、彩斗美は一瞬だけ驚いたように目を見開き、やがて優しく、誇り高く微笑んだ。
「私もなの……? でも、強そうっていうのは悪くないわね。ふふっ」
それは、彼女が「トップギルドの孤独な頂点」としての冷たい剣であることをやめ、よろず屋パーティーという温かくも規格外の居場所を得て、仲間と共に戦う「炎を纏う大剣」へと進化した証左だった。
ドレイクの途方もない『理』と『熱』が、確実に弟子と仲間の魂を鍛え上げ、変容させているのだ。
「カッカッカ! そいつは重畳だ」
ドレイクが、豪快に笑いながら鉄板の上の肉を皿に取り分けた。
「魂のカタチが変わるってのは、てめぇの中に『理』が細胞の奥底まで染み込んで、盤石になったって証拠だ。立派なよろず屋の面構えになったじゃねえか。……さあ、飯だ。腹がはち切れるまで食え!」
四人は鉄板を囲み、焼きたてのヒュドラのハツステーキや、九頭竜の首肉のスライス、さいたまの骨付き亀肉、極厚の椎茸や深谷ネギをハフハフと頬張った。
強烈な旨味と、仙気で浄化された圧倒的な生命力が、細胞を芯から歓喜させる。
「さて、結羽。ふゆが回復させてくれるとあっちゃあ、もう遠慮はいらねえな。死なねえ程度に、何度でもボロボロになってこい!」
「はいッ! ふゆ、ありがとう! 行ってきます!!」
絶対的な「帰る場所」を得た結羽は、弾かれたように立ち上がり、再び満面の笑顔で次なる試練へと飛び出していった。
様々な武器持ちとの単体戦によるファーミングを延々と繰り返し、対人戦闘の経験値を極限までカンストさせた結羽。
もはや彼女の足取りは、魔素重量の歪みなど全く感じさせないほど、自然で滑らかなものへと仕上がっていた。
「おやっさん、彩斗美先輩! もう単体なら、どんな武器持ちが来ても遅れは取りません!」
「おう。なら、いよいよ本格的に降りるぞ」
螺旋の足場をさらに下へ。
深淵の底へと近づくにつれ、アストライアの狂った防衛システムは、いよいよその真の牙を剥き始めた。
『お姉ちゃん、気をつけて! 前方、リポップの波形が違う! 今度は……単体じゃないよ! 『ツーマンセル』の波形が複数来る!』
インカムから飛んできたふゆの警告。
単体戦から、連携を前提とした複数戦へ。
廃棄サイロの底へ向けて、理不尽な戦闘のインフレが、いま静かに幕を開けようとしていた。




