第100話 コマンダーの即断と、深淵の真実(後編)
「……処分場。つまり、日本のダンジョンの底に、世界を崩壊させるような異世界の兵器が、文字通りゴミのように埋まっていると?」
彩斗美の表情が、一気に険しいものへと変わる。
『その認識でほぼ間違いないかと。ただし大断裂は、そんな兵器を使った大戦を起こした"世界"への"創造神"からの天罰でしたが……』
「天罰……そちらの世界の神様は随分……なんというか、そう、直接的なのね」
『左様です。ですが、こちらの世界の歴史や神話にも、似たような文明洗浄が行われた記述がありますので、箱庭の管理者たる神の在り方は、そう大きくは変わらないかと』
「文明洗浄……?」
『地上を洗い流すほどの大洪水の記録が、世界各地の神話に散見されますが?』
「ちょっと待って、あれはそれこそ宗教的な比喩の話ではないの?」
『それは――』
「まぁその手の話は後回しだ。とにかく、トップギルドの連中が各地の遺跡型ダンジョンや機械化ダンジョンで発掘して、やれ神の遺物だの奇跡の力だのとありがたがってる『オーパーツ』やら『アーティファクト』ってのは、大半がその手の厄ダネってわけよ」
ドレイクが忌々しげに紫煙を吐き出し、重々しい声で告げる。
「現代社会は、核兵器のような環境を破壊する大質量兵器を『使わない』ことで、ギリギリの平和のバランスを保ってきた。だが、ダンジョンというエネルギー革命が起き、迷宮の保持数とそこから得られる未知の力がそのまま国力に通じる今の時代……黄龍の分析じゃあ、一部の馬鹿どもが、単独でも軍隊レベルの暴力を持った『神話級の兵器』を発掘し、世界支配を目論もうとしている」
ドレイクの重い宣告に、歴戦の黒田も思わず息を呑み、彩斗美も無言で拳を握りしめた。
使えば確実に大規模な環境汚染を引き起こし、周囲一帯を死の大地へと変える呪われた兵器群。
それを、安全装置の扱い方も、その兵器が作られた真の恐ろしい目的も知らぬまま、現代の人間たちは下手に弄り回そうとしているのだ。
もしそれが暴発すれば、またいたずらに使用すれば――魔素の暴走によって、地球という星のシステムそのものが破壊される。
そしてその時、この世界の箱庭の管理者たる神もまた、アストライアの創造神と同じ選択をしないとは限らない。
地球の各地に残る神話や「大洪水伝説」――それは、かつてアストライアで起きた大断裂という文明洗浄と同じく、人類文明の暴走と暴発を許さないシステムリセットの歴史の残骸なのだ。
「そこで俺たち『よろず屋』が先回りして、その危険なガラクタを物理的にスクラップにしに行く。星をぶっ壊される前に、大掃除をしてやらなきゃならねえ。……そしてここからが、お前らにとっての本題だ」
ドレイクは、真っ直ぐに彩斗美と、そして結羽とふゆの姉妹を見据えた。
「そのアストライアからの不法投棄ライン、最も確実な次元の入り口が、俺と結羽が最初に顔を合わせた場所……野田ダンジョンの最下層の、さらに奥底に隠されている可能性が高い。……そしてそこには、三年前にスタンピードに巻き込まれた、結羽とふゆの両親の行方、その手がかりがあるかもしれねえんだ」
ダンジョンの発掘兵器による国力の増加と世界支配の野望。
アストライアからの不法投棄という世界規模の危機。
そして、三年間ずっと探し求めていた、前山田家の失われた家族の行方。
あまりにも巨大で、スケールが大きすぎる事実の連続。
普通の人間であれば、どう処理していいか分からず頭を抱えてしまうだろう。
だが、佐修院彩斗美は違った。
彼女は、かつて日本の頂点に立ち、数多の絶望的な戦況をその頭脳で覆してきた、最高のコマンダーなのだ。
「……なら、仮説をこねくりまわしている時間はないわね。早速、現地調査と行きましょう」
彩斗美はスッと立ち上がり、艶やかな漆黒の髪をかき上げた。
その瞳には、かつての虚ろな色はなく、圧倒的な知性と闘志の炎が燃え上がっている。
「佐修院の管轄下にあるダンジョンに、そんな物騒な兵器や、大切な仲間のご両親へと繋がるヒントが隠されているのなら、なおさら先に動かないと」
「えっ……彩斗美先輩、もう行くんですか!?」
結羽が、あまりの展開と決断の早さに目を丸くする。
「ええ。私の現役時代にも、野田ダンジョンの深層にそんな『孵化室』や『深淵』へと続く道があるなんて話は聞いていないし、トップ探索者同士のネットワークにも一切共有されていないわ。……誰かが意図的に隠蔽しているのか、それとも本当にシステムによって誰も気づけないように偽装されているのか。どちらにせよ、私たちの目で直接確かめる必要があるわ」
彩斗美は振り返り、背後に控えていた執事へ鋭い視線を向けた。
「黒田。協会に、野田ダンジョンの一時的な独占アタックの手続きを。未踏破領域における環境変動の確認調査という名目だけで抑えられるはずよ。ギルドの介入は一切許さないわ」
「畏まりました、お嬢様。……即座に手配いたします」
黒田は深く一礼すると、すぐさま手元の端末を取り出し、猛烈な速度でタイピングと通信を開始した。
佐修院家の莫大な権力とコネクション、そして何より、結羽がさいたまダンジョンで実力を示してもぎ取った『特級ライセンス』。
それらをフル活用すれば、ギルドの煩雑な手続きや順番待ちなどあってないようなものだ。
わずか数分後。
「手続き、完了いたしました。現在より四十八時間、野田ダンジョンは我々『よろず屋パーティー』の独占アタック権下に置かれます。協会への通達も済んでおり、他パーティーの入場は完全にシャットアウトいたしました」
黒田の有能すぎる、そして早すぎる報告に、ドレイクが満足げに腹を揺らして鼻を鳴らす。
「カッカッカ! さすがは元トップのコマンダーと万能執事だ。話が早くて最高だぜ! これなら、連中の目を気にせず派手に暴れられそうだ」
「当然よ。私たちは、よろず屋のスポンサーなのだから。これくらいの前立てもできなくてどうするの」
彩斗美は優雅に微笑み、そして結羽とふゆへ向き直った。
その瞳には、姉妹への深い愛情と、戦友としての強い信頼が込められていた。
「さあ、行くわよ結羽さん、ふゆちゃん! すべての始まりの場所の底を、私たちがぶち抜いてやるのよ! そして、必ずご両親の手がかりを掴んで帰りましょう!」
「はいっ!!」
「うんっ!!」
結羽とふゆの元気で力強い声が、応接室に響き渡った。
世界の真実という重い説明で立ち止まることも、絶望することもない。
即座に刃を抜き、理を以て世界を修理するために走り出す。
これぞまさに、ステータスという補助輪を捨てた規格外のバディと、完全復活を果たした最強のコマンダーが集った『新生よろず屋パーティー』の、痛快にして無双のスピード感だった。
結羽は鈍い銀光を放つ如意棍棒をしっかりと背負い直し、ふゆの手を強く握る。
目指すは、かつて絶望と死の淵を彷徨った場所。
だが今の彼女たちにとって、そこは恐怖の象徴などではなく、希望へと続く道への扉に過ぎないのだった。




