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レムナント・クロニクル  作者: どーれた
第2章 奪われしもの
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第8話 疑い

 薄暗い通路に、三人分の足音が響いていた。

先を歩く男は、一度も振り返ろうとはしない。

リースとスピアも、黙ってその背中を追っていた。


やがて通路の先に光が差し込み、隠されていた都市の街並みが再び姿を現す。


「ここが中心だ。勝手に暴れるなよ」


「あ、暴れたりなんか……」


「どうだか」


 男は疑うように答え、前を向いた。

しばらくして、先ほどアルダに殴られた頭をさする。


「……まだ痛いのかな」


 その様子を見ていたスピアが、小さな声で呟く。


「かもね」


 リースも声を潜めて返した。


「おい」


 低い声が飛んできた。

二人は揃って、びくりと肩を震わせる。


「喋る暇があったら足を動かせ」


 男はそれだけ言うと、歩調を速めた。

リースとスピアも慌ててその背中を追う。




 倉庫の周囲を抜けると、都市の姿が間近に迫ってきた。


空中には建物同士を繋ぐ通路が走り、その間を小型の機械が行き交っている。

地上にも多くの人々が行き交い、遠目には活気を保つ都市に見えた。


 だが、近づくほどに、その印象は変わっていく。


建物の亀裂には、形も材質も異なる板が取り付けられている。

通路の柱も、補強材に覆われていた。

配管から滲んだ水が、黒ずんだ床へ落ちている。


崩れようとする都市を、どうにか繋ぎ止めているようだった。

その様子に、スピアは歩みを緩めた。


「この街って、どれくらい前からあったの?」


「サリアの頃の都市の一つだ。ざっと百年はある」


「そんなに前から……」


 スピアが、古びた建物を見上げる。


「サリアの頃の都市が、いまだ残っていたなんて……!」


 リースも辺りを見回し、感嘆の声を漏らした。


「ただの廃墟だ。見ろ」


 冷めた声が返ってくる。


男が示した先では、作業員たちが錆びた支柱へ金属板を当てていた。

その板は新しいものではなく、別の機械か、建物から外したもののようだった。


近くでは、古い運搬機から使える部品だけが取り出されている。

灯りもなく、入口を塞がれた区画もあった。


「死んだ都市に入る物資なんざ一つとしてない。俺たちにできることは、奪うことと、死なないことだけだ」


 その言葉に、リースは先ほどまでいた倉庫を振り返った。


棚に積まれていた金属製の箱。

その表面には、見覚えのある印が刻まれていた。


「じゃあ、あの倉庫のA.R.Kの箱は……」


 男の足が止まった。

振り返り、リースの腕の測定機器へ視線を落とす。


「俺たちをとっ捕まえる気にでもなったか? A.R.Kの兵隊さんよ」


「……」


 リースは何も言い返せなかった。


 男は鼻を鳴らし、再び歩き始めた。

リースも黙ってその背中を追う。


しばらく進むと、隣を歩いていたスピアが足を止めた。

それに気づいたリースが駆け寄る。


「スピア? どうかした?」


「あれ、何の列かな」


 スピアの視線の先には、小さな広場があった。

年齢も服装も異なる人々が、一列に並んでいる。


大きな荷物を抱えた男。

幼い子どもの手を引く女性。

古びた杖に身体を預ける老人。


誰もかれも、疲れ切った顔をしていた。


「本当だ。いろんな人が並んでる」


「配給の列を見るのが、そんなに楽しいか」


 足を止めた男が、二人へ冷たい視線を向けた。


「配給って……」


「言葉の通りだ。外から持ってきたり、栽培した食料は、皆ああして分け与えられる」


 列を離れた者が、リースたちの前を通る。

手にした食料は、決して多くなかった。

それでも、容器を大切そうに抱えている。


受け取った食料を幼い子どもへ渡す者もいた。

子どもはそれを、胸元へ押しつけている。


「ここにいる人たちって、いったい……」


 リースの問いに、男は列へ視線を向けた。


「奴らにかつての暮らしを奪われて、ここにたどり着いた運のいい奴らだ」


「運のいいって……運が悪かったら、どうなるの?」


 男はすぐには答えず、列の方を見た。

そこには、独りきりの子どもや、片腕のない男もいた。


「さあな。

それを知らないってことが、運のいい証拠だ」


 男は低い声で答えた。


「最期の拠り所なんだよ、ここは。あいつらにとってのな」


 リースとスピアは、並ぶ人々を見つめた。

住む場所を失い、それでもこの都市へたどり着いた者たち。

その姿だけで、この地の有様は十分に伝わった。


「だから、何があったとしても、ここを守らなけりゃならねえ。

奪うことも、失うことも、その結果にすぎん」


 男の声には、怒りとも諦めともつかないものが滲んでいた。

リースは配給を待つ人々へ目を向ける。

倉庫にあった物資も、違うものに感じられた。


「そのための、抵抗……」


「生きるための戦いだ」


 正しいことなのかは分からない。

それでも、この戦いを簡単に責めることはできなかった。


「行くぞ。俺たちは邪魔だ」


 男は足早に歩き去っていく。

二人が後を追おうとしたとき、列の中から金属音が響いた。


杖をついた老人の手から、薄い容器が落ちていた。

拾おうと屈んだ老人の身体が、大きくふらつく。


「危ない!」


 リースが駆け寄り、その身体を支える。


「大丈夫ですか?」


 その間に、スピアが容器を拾い上げた。


「はい。これだよね」


 老人は容器を受け取り、二人を見つめた。


「ああ……すまないね」


 皺の刻まれた顔に、微かな笑みが浮かぶ。


「無理して屈まない方がいいですよ」


 リースは老人が杖を握ったことを確かめ、手を離した。


「そうだね。誰かを呼んだ方がいいよ」


 スピアも老人の顔を覗き込む。


「いや、もう大丈夫だよ。ありがとう」


 老人は二人に頭を下げた。

列に並ぶ人々が、その様子を見つめていた。


「すみません。ついていかなきゃいけなかったのに……」


 追いついたリースが、頭を下げる。

スピアも隣で腰を折った。


男は何も言わず、二人を見下ろしていた。


「ふん」


 やがて鼻を鳴らし、背中を向ける。

男は二人が顔を上げたのを確かめてから、足を進めた。


その歩調は、先ほどよりも僅かに遅かった。




 広場を抜けると、住居が減り、作業場や分解された機械が増えていく。


金属を打つ音。

工具の駆動音。

部品を運ぶ作業員たちの声。


この一帯だけは、絶えず動き続けていた。


「ここは?」


「整備区画だ」


 男は周囲の作業場へ目を向ける。


「街で使う機械や住居の補修、軍備に至るまで、使うものはだいたいここで直してる」


 作業台では、小型機械が外装を外されていた。

壁際には運搬機や、装甲を剥がされた軍用車両が並んでいる。


リースは一台の車両へ目を留め、足を緩めた。


「これ、装甲ががたがただ。それに……」


 車体へ近づき、継ぎ目を覗き込む。


「補修に使った板の厚さが揃ってない。こっちだけ重くなってるから、走ったときに車体が傾くはずだ」


 男が振り返る。


「ずいぶんと博識だな」


 リースは小さく頷いた。


「たぶんこれは、元の装甲が手に入らなくて、別の車両のものを切って取り付けたんじゃないかな」


 リースは装甲板の端へ顔を近づける。


「でも、この留め方だと衝撃を受けたとき、ここに負荷が集まってしまう。装甲そのものは耐えられても、内側の骨組みが先に歪むかもしれない」


 近くの作業員が手を止め、リースの示した箇所へ端末を当てた。


短い測定音が鳴った。


「……本当じゃないか。内側が曲がり始めてる」


「なんだって? 昨日の点検じゃ出てなかったぞ」


「外から装甲を重ねると、異常も検知しづらくなりますから」


 男は、僅かな興味を浮かべてリースを見た。


「口だけじゃなさそうだな」


「まあ……そんな大それたものでもないけど」


「……ああ」


 男は車両を見ると、僅かに口元を緩めた。


 そのときだった。

作業場の奥から、慌ただしい足音が近づいてくる。

一人の作業員が、人の間を縫って駆けてきた。

片手には端末を握り、顔には焦りが浮かんでいる。


「ルナ!」


「どうした。あと、その呼び方は――」


「西側の連絡橋の脚がまずい!」


 その言葉に、男の表情が険しくなる。


「何? 昨日点検したんじゃないのか」


「ああ……だけど、今日になっていきなり……!」


 作業員は端末を差し出した。


画面には、連絡橋を支える構造が映っていた。

複数の箇所が赤く点滅している。


「民間人の避難は」


「ラッガたちが今やってる! だけど、それも間に合うか……」


「む……」


 男は画面へ目を走らせる。

先ほどまでの空気が、一瞬で張り詰めた。


「ラッガに伝えろ。橋の両端を封鎖しろ。橋の下にも誰一人近づけないようにするんだ。いいな」


「分かった」


 作業員は来た道を駆け戻っていった。

男は整備区画の作業員たちの方を向いた。


「お前たちも聞いたな。作業は中止だ。避難誘導を最優先にしろ。稼働している機械はすべて止めろ。余計な振動を橋に伝えるな」


 作業員たちの顔つきが変わる。


「補強材と牽引機を用意しろ。ただし、俺の指示があるまで橋には近づくな。

医療班にも連絡しろ。怪我人が出る前提で準備させるんだ」


「了解!」


 作業員たちが工具を置き、動き始める。

声が飛び交い、短い警告音が鳴り始めた。


 ルナードも作業員たちの後を追おうとする。


「待って!」


 リースはその背中へ駆け寄った。


「僕たちにも、手伝わせてほしい」


 ルナードは足を止め、肩越しにリースを睨む。


「お前たちには関係ない」


「この場にいるなら、誰だって関係者よ。ルナさん」


 スピアが、リースの隣へ並ぶ。


「ルナードだ!」


「やっと名前が聞けたね」


 リースの言葉に、ルナードは頭を掻いた。


「……とにかく、部外者には関係のない話だ」


 そう言い捨て、再び歩き出そうとする。


「でも、何か大変なことが起きてるんだよね」


「だったら何だ」


「困ってる人がいるなら、何もしないで見てるのは嫌なんだ」


 リースは慌ただしく動く作業員たちへ目を向けた。


「僕たちにも、何かできることがあるかもしれない」


スピアはそんなリースの横顔を見つめ、僅かに目を細めた。


「私にも手伝わせて。人手は多い方がいいでしょ?」


「……」


 ルナードは二人の顔を見比べた。


 ただ事情を知りたがっているわけではない。

本気で力になろうとしている。


 ルナードは諦めたように息を吐いた。


「……連絡橋だ。ついてこい」


 ルナードは二人を連れ、西側の区画へ駆け出した。




 建物の間に架けられた連絡橋の下では、住民たちの避難が続いていた。


荷物を抱えた者や、幼い子どもの手を引く者。

足の悪い老人を支えながら、ゆっくりと歩く者もいる。


「橋の下から離れてください!」


「避難先はこちらです! 広場の外まで離れて!」


「慌てないように。足元に気をつけてください!」


 作業員たちの声が飛び交う。


頭上から、低い金属音が響く。

連絡橋を支える脚に亀裂が走り、細かな破片が地面へ落ち始めていた。


人々が足早にその場を離れていく。


その流れを縫うように、三人の影が広場を駆け抜けていた。


「通してくれ!」


 先頭を駆けるルナードの声が広場に響く。避難の流れに逆らい、人波をかき分けながら現場へ急ぐ。


「まだ人が残ってる!」


 リースは橋の下に残された住民たちを見回した。


「急げ! もう持たないぞ!」


 ルナードが叫ぶ。


 そのとき、橋脚の根元から激しい破砕音が響いた。

支えの一本が折れ、巨大な連絡橋が大きく傾く。


橋の下に残っていた住民たちが、一斉に走り出す。

だが、逃げようとした女性が足を取られ、その場に倒れた。

傍らにいた子どもが、泣きながら母親の腕を引く。


「お母さん、早く!」


 女性は立ち上がろうとするが、足首を押さえたまま動けない。

残っていた橋脚が、音を立てて折れた。

連絡橋が完全に支えを失う。


「まずい、落ちるぞ!」


「くっ!」


 リースは考えるより早く走り出した。


「お、おい!」


 ルナードの制止も聞かず、崩れ落ちる橋へ向かい、地面を強く蹴る。


リースの身体は、宙へと浮かんでいた。

身体が勢いよく飛び出し、倒れ込む連絡橋へ向かって一直線に進んでいく。


「なっ……!

と、飛んだ……のか!?」


 ルナードが目を見開く。

スピアも、驚きに目を見開いたままリースを見上げていた。


 次の瞬間、あたりを巨大な影が覆う。

だがそれは、女性と子どもの頭上で停止する。

リースによって、崩れ落ちる橋が空中に押しとどめられていた。

衝撃で埃が巻き上がり、小さな金属片が雨のように降り注いだ。


「早く!」


 リースが叫ぶ。

作業員たちが女性と子どものもとへ駆け寄り、二人を橋の下から引きずり出す。

その間にも、橋は少しずつ沈み始めていた。


「全員、避難完了!」


 作業員の声が届く。


「分かった!」


 リースは歯を食いしばった。

自分が飛んでいることにも気づかぬまま、リースは両手を横へ動かし、巨大な連絡橋を人のいない区画へ運んでいく。


「もう少し……!」


 橋を人のいない区画まで移動させ、ゆっくりと腕を下げる。

金属の塊が、地面を揺らしながら置かれた。


リースはすぐそばの地面に降りると、自分の手を見つめる。

ようやく、自分の足が先ほどまで地面についていなかったことに気づいた。


「今……飛んで──」


 驚く暇もなく、頭上から、再び金属の裂ける音が響く。

連絡橋に繋がっていた別の通路が、支えを失って崩れ始めていた。


今度の影は、住民を運び出していた作業員たちの方向を向いていた。


リースが振り返り、再び向かおうとする。

だが、その頭上を白い髪が通り過ぎた。


「なっ……!」


 その姿には、リースのような勢いも、不安定さもなかった。


「こっちもかよ……!」


 ルナードは、もはや何が現実かすらもつかみかねていた。

スピアは空中で止まると、落ちてくる通路へ片手を向けた。


巨大な金属の塊が、空中で静止する。

落下していた通路は僅かにも揺れず、まるで最初から空中に固定されていたかのようだった。


そのまま手を横へ動かし、通路を住民のいない場所まで運ぶ。

それを崩れた橋の隣へ下ろすと、自身もゆっくりと地面へ降り立った。


「スピア!」


 リースはすぐに彼女のもとへ駆け寄った。


「今のって――」


「お前ら……サイカーだったのか」


 ルナードの声が、リースの言葉を遮った。

二人が振り返る。


「僕は、そうだけど……」


 ルナードは崩れ落ちた橋と、目の前に立つ二人を交互に見つめていた。


「しかし、飛ぶサイカーなんざ、見たこともないんだが……。

外を知らない俺たちが、無知なだけなのか……?」


「飛べるなんて、僕も知らなかったよ」


 そして改めて、隣に立つスピアへ顔を向けた。


「それに、君も……」


「……う、うん」


 スピアは僅かに俯き、胸元の首飾りへ指を触れた。


やがて、橋の下から助け出された女性が、作業員に肩を借りながら二人の前へやってきた。

子どもも、その服の裾を握っている。


「ありがとう……」


 女性が深く頭を下げる。

その言葉を皮切りに、周囲の住民たちからも声が上がり始めた。

歓声のような、賞賛のような声もした。


 その光景を、ルナードは何も言わず、真剣なまなざしで見つめていた。

ルナードが何も言えずにいると、腰の端末が震えた。


『ルナード、聞こえる?』


「アルダか」


『ええ。こっちの準備が整ったわ。二人を連れてきて』


 通信の向こうにいるアルダの声は、いつもと変わらなかった。

ルナードは崩れた橋と、それを見つめる住民たちへ目を向ける。


『どうかした?』


「……いや」


『何かあったの?』


 ルナードは、リースとスピアを見る。


「少し……変わっただけさ」


『変わった?』


「ああ」


 ルナードは短く息を吐き、通信を切った。


「おい、リースと、スピアだったな」


 二人は周囲の歓声から、ルナードへ視線を戻した。


「アルダから通信だ。作戦の準備が整ったらしい」


「なら、早く行かないと!」


「ああ、ついてこい」


 ルナードは先を急ぐ。

二人も周りの人々にひとつ頭を下げると、追うようについていった。

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