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レムナント・クロニクル  作者: どーれた
第2章 奪われしもの
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第9話 赤い警鐘

 街を行き交う人々の声が、次第に背後へ遠ざかっていく。

補修の施された建物も、往来を照らす灯りも、歩みとともに後ろへ流れていった。


リースたちは、ひび割れた照明に頼りなく照らされながら、再び街外れにある旧防衛網の管理室へと向かっていた。


 しばらく黙って歩いていたスピアが、前を行くルナードの背中へ不満げな声を投げる。


「都市部にしっかりしたのあるじゃない……。

なんでこっち?」


「街の再建計画中だ。非公式の作戦なんかに使えるわけないだろ」


 返事だけを背後へ残し、ルナードは歩みを緩めることなく先へ進んでいく。

それでも、スピアは引き下がろうとはしなかった。


「だとしても、あそこしかないの?」


 なおも背後から飛んでくる声に、ルナードはとうとう足を止めた。

振り返ったその眉間には、わずかな皺が寄っている。


「そんなに嫌うか」


「だってあそこ、埃っぽいし……。リースもそう思う?」


 突然向けられた視線に、返事が一拍遅れる。


前に訪れたときは、ロキとベルスの安否ばかりが頭を占めていた。

部屋が汚れているかどうかなど、気に留める余裕さえなかった。


改めて思い返してみれば、確かに好んで長居したい場所ではない。


「まあ……率先して行きたいところじゃないかな」


「部外者が贅沢言いやがって……」


 呆れを吐き出すような声とともに、通路の先へ件の管理室が姿を現した。


「ここまで来たら、もう文句は言えんぞ」


 ルナードはそう言い残し、管理室の扉へ手をかけた。


重い金属音とともに扉が押し開かれる。

閉じ込められていた空気が吐き出され、床に積もった埃が薄暗い室内を白く舞った。


「うっ……」


 スピアは顔を背けると、そのまま逃げるようにリースの背後へ回り込む。

肩越しに覗く白い髪を見て、リースは小さく苦笑した。


「だね……行こう、スピア」


 背中に隠れたままの少女へ声をかけ、リースはルナードに続いて管理室へ足を踏み入れた。


室内は、以前訪れたときと何一つ変わっていなかった。


壁際には古い通信機器と地図が並び、棚には金属製の箱が隙間なく積み上げられている。

天井から垂れ下がる照明は不規則に明滅し、長く忘れられていた部屋を、辛うじて闇から引き上げていた。


「来たわね。待ってたわよ」


 室内の奥から、アルダの声が飛んできた。


重い扉が閉ざされ、金属音が室内を一巡する。

外を行き交う人々の声も、古びた壁の向こうへ押し戻されていく。


残されたのは、照明のかすかな唸りと、卓上で明滅を続ける立体地図だけだった。


「二人とも、こっちへ」


 促されるまま、リースとスピアも卓へ近づく。


「それじゃ、始めるわね」


 アルダは、卓上の端末へ指を滑らせる。

すると机の中央から淡い光が立ち上がった。

光は幾重もの線を結びながら形を成し、やがて一つの巨大な構造物を暗い室内へ浮かび上がらせる。

高い障壁に囲まれた無骨な建物が、青白い光によって、上空から見下ろされていた。


その内部の一点に、赤い光点が輝く。


「これは?」


「番犬どもの拠点よ」


 アルダの指先が動くと、ホログラムがゆっくりと回転した。


「正式には、ラフロッド領ノクシア軍。その第三区管理施設にある一時拘束区画よ」


「じゃあここに……!」


 リースは身を乗り出した。


「ええ。二人はここにいる可能性が高いわ」


 リースは、ホロに浮かぶ光点を食い入るように見つめる。

ようやく手繰り寄せた親友の居場所。

その小さな光は、暗闇の中に差した道標のように瞳の奥で燃えていた。


「第三か……」


 横合いから、ルナードの低い声が落ちる。

その声に、リースの視線がわずかに揺れる。


「意気込んでるところ悪いが」


 今度は、はっきりとこちらへ言葉が向けられた。


「救えるなんて甘いこと、考えない方がいいぞ」


勢いのまま、ルナードが続ける。


「第三は、俺たちのような離反者を始めとする、凶悪犯罪者を拘禁する場所だ。防備も、この星にある管理施設の中じゃ最も手厚い」


 赤い光点へ向けられた目が、険しく細められる。

その一言は、リースの先走りかけていた希望を現実へ引き戻す。

何も言えず、浮かせていた腰を静かに椅子へ戻した。


「ええ……私たちにとっても、ここまで防備が固いのは想定外だったわ」


 アルダは、赤い光点を見つめたまま、言葉を濁す。


「それに、恐らく……」


 そこで言葉が途切れた。

静まり返った管理室に、古びた照明の唸りが響く。

リースとスピアは、ほとんど同時に息を呑んだ。


「二人は明日――早ければ、今夜中にも処刑される可能性が高いわ」


「なっ……!」


「そんな……」


 告げられた言葉が、室内の温度を一息に奪い去った。

赤色の光は、相も変わらず明滅している。

まるで、ロキたちに起こる惨事への警鐘を、轟音のごとく鳴らしているようだった。


ルナードの目が一瞬、アルダへと滑る。

しかし、そのまま腕を組み、卓上へ視線を落とす。


「こ、今夜って、あとどれくらいなんですか!?」


 椅子が荒々しく床を擦り、耳障りな音が沈黙を引き裂いた。


「こんなところで話してる場合じゃない!

場所は分かってるなら、今すぐ行けば、まだ――」


 言葉ばかりが先へ駆けていく。

何をすればいいのかも、どうやって助けるのかも、考えは何一つまとまっていない。

それでも、ここに座っていることが、ただただ耐え難かった。


「リース……」


 か細い声が、行き場を失って暴れ回る思考に待ったをかけた。

スピアは胸元のカプセルを両手で強く握りしめていた。


「そう。時間がないわ」


 アルダの声が、先走る焦りへ静かに刃を入れる。


「だからこそ、落ち着きなさい。こんなこと、私たちだって許せないわ」


 冷たい言葉ではなかった。

燃え広がる感情を消すのではなく、その火が向かう先を正そうとする声だった。


 なんとかその声に不安を押し殺し、リースは平静を取り戻した。


「……作戦は」


「作戦は今夜」


 アルダが短く答えると、卓上のホログラムが静かに形を変えた。


第三区管理施設を中心に、周囲の建物や道路が淡い線となって広がっていく。

暗闇の中へ光の地図が開かれ、閉ざされていた作戦の輪郭を、少しずつ描き始めた。


「あなたたちには、ちょっとした騒ぎを起こしてもらうわ」


「騒ぎって?」


 スピアが小さく首を傾げる。


「本当に、些細なことでいいの」


 アルダの指先が、施設の外へ向かって滑っていく。


それに応じるようにホログラムの景色がゆっくりと引き、管理施設の向こうに横たわる山々を映し出した。


「近くに山があるでしょう。そこで大きな衝撃音を響かせるとか、岩肌を少し崩すとか……やり方は任せるわ」


 山腹に一つの光点が灯る。


「とにかく、番犬どもの注意を施設から遠ざけられれば、それでいい」


 光点から伸びた線が、管理施設から山へ向かって流れていく。


「警備がそちらへ向いた隙に、私たちが中へ入る」


 今度は、施設の裏手に別の光が浮かび上がった。


そこから伸びた細い線は、外壁の影を縫うように進み、そのまま施設内部へと潜り込んでいく。


やがて線は、入り組んだ通路を抜け、赤く明滅する拘束区画のすぐそばで止まった。


「旧サリア軍が使っていた整備通路よ」


 アルダの指先が、線の止まった場所を軽く叩く。

赤い拘束区画の手前で、淡い光が小さく瞬いた。


「今は使われていないけど、通路そのものは残っている。番犬どもも完全には塞ぎ切れていないわ」


「そこから、ロキたちのところまで……」


「ええ。あなたたちが外へ注意を引いている間に、私たちがこの通路から侵入する」


 光の線は拘束区画へ届く寸前で止まっていた。


「二人を見つけた後は?」


 リースが尋ねると、アルダはホログラムの端へ指を滑らせた。

施設の西側に、新たな光点が灯る。


「救出後は、西側の旧輸送路を使って外へ出る。あなたたちも、陽動が終わったらここへ向かって」


 山腹の光点と、施設裏手の侵入路。そして西側の合流地点。

ばらばらだった光が線で結ばれ、ようやく一つの道筋を形作っていく。


「そこで合流するわ」


「時間は?」


「順調に進んで、十五分」


 アルダの声が、静かな室内へ重く落ちた。


「でも、順調にいく保証なんてない。だから、できるだけ長く番犬どもを引きつけていてほしい」


「十五分……」


 スピアが、その数字を胸に刻むように呟いた。


「ただし、危険だと判断したら撤退して」


「でも、それじゃあ二人が……」


「あなたたちまで捕まれば、救出する相手が増えるだけよ」


 柔らかな声の中には、動かしようのない現実が、逃げ道を塞ぐように胸へ沈んでいた。

リースは赤い拘束区画を見つめる。

ロキとベルスが、そこにいる。

はやる思いに促されるように、震える口が開いた。


「……分かった」


 握りしめていた拳を、ゆっくりと解く。


「ロキとベルスのこと、任せてもいいんですね」


 問いかける声には、まだ拭いきれない不安が滲んでいた。

アルダはその揺れを受け止めるように、まっすぐリースを見返す。


「ええ。傷一つつけさせたりしないわ。絶対にね」


 その言葉に、リースは小さく頷いた。

アルダは端末に触れる。

青く光るホログラムが消え、その場に再び暗がりが戻った。


「決行まで三時間。それまでは好きにしていいわ。行きたいところがあれば、ルナードに――」


「いや」


 アルダの言葉を、ルナードが短く遮った。


「すまんが、俺はアルダと少し話がある」


 そう言って、壁際に立つアルダへ視線を向ける。

ほんの一瞬だけ、その空間に言葉にならないものが流れた。

しかし、それはすぐに古びた照明の陰へ沈んでいく。


「前に行った整備区画があるだろ」


 ルナードは何事もなかったように、リースたちへ向き直った。


「そこにいる奴らに聞け。待機室くらいは用意してくれるはずだ」


「整備区画……」


 リースは第八区画で見た光景を思い出す。


 金属を打つ音と工具の駆動音。

崩れかけた都市の中でも、そこだけは、絶えず息をしているようだった。


「……分かりました」


 リースが短く答えると、ルナードは小さく頷いた。


「作戦開始前には呼びに行く。あまり遠くへは行くなよ」


 頷きながらも、リースの胸にはまだ、赤い光点の残像が焼きついていた。

重い扉が開き、リースとスピアの影が管理室から姿を消した。


やがて扉が閉じると、鈍い金属音が古びた室内へ沈んでいった。

ホログラムの消えた机は、ただの黒い板へ戻っている。

残された暗がりの中で、天井の照明だけが頼りなく瞬いていた。


その沈黙に、アルダの声が落ちる。


「西側の連絡橋、落ちたらしいわね」


「ああ……あいつらのおかげで事なきを得たが……。

だが、あそこだけじゃない」


「ええ……」


 アルダは小さく頷き、再び卓上の端末へ触れた。

一度消えたはずのホログラムが、淡い光を取り戻す。


浮かび上がったのは、旧都市の構造図だった。

いくつもの区画が線で描かれ、そのあちこちに赤い警告表示が灯っている。


「南区画の支柱も、第三居住棟の外壁も、限界が近いみたい」


 アルダの指が、赤く染まった箇所を順に示していく。


「それだけじゃないわ。この星……いえ、この世界そのものだって……」


 言葉は、そこで途切れた。

ホログラムの光だけが、二人の顔を青白く照らす。


「それで、話って?」


()()から通達だ。作戦中には到着するらしい」


「そう……いよいよね」


 アルダは驚くことなく、まぶたを一度だけ伏せる。


「……なあ、本当にやるのか」


 アルダは答えない。

赤い警告表示が、二人の間で静かに明滅している。


「あんなでたらめまでついて……そうまでしてか」


「……」


「あいつらは、何も知らないんだ。捕まった二人を助けたい。それだけで動こうとしている」


「分かってるわ」


「連絡橋のときもそうだ。あいつらは手を伸ばしたんだ。見ず知らずの誰かのために、自分たちを危険に晒して……」


 ルナードは閉じた扉へ視線を向けた。

その向こうへ消えていった二人の背中が、まだ目に焼きついている。


「……俺たちと同じだった」


 その言葉に、アルダの指先がわずかに止まった。

沈黙が落ちる。

ホログラムに浮かぶ赤い警告表示が、まるで焦りを訴えるように瞬いていた。


「……それでも、あの二人のために、心中なんてできないわ……私も、皆も……」


 その声は、かすかに震えていた。


「奪われる前に、こちらから掴むしかないのよ。そうしなければ、この街は終わる」


「……番犬みたいなことを言うな」


 アルダの喉が、小さく詰まった。

返す言葉を見つけることができないようだった。

ルナードもそれ以上、追及しない。

答えが返ってこないことなど、最初から分かっていたかのように。


「……あと三時間だ」


 扉へ向かいながら、ルナードは低く言い残す。


「皆も、お前も、そして俺も。悩んでいられる時間は、もうない」


 重い扉が開く。

外の空気が、暗い管理室へ細く流れ込んだ。

ルナードの背中がその向こうへ消え、扉が閉じる。


再び、アルダだけが残された。

ホログラムの光が、静かに揺れている。

赤く染まった旧都市の構造図。その一つ一つが、助けを求める声のように明滅していた。


アルダはしばらく動かなかった。

ただ、机の上に置いた指先だけが、わずかに震えている。


「略奪……」


 小さくこぼれた言葉は、誰にも届かない。

そのとき、ホログラムの警告表示がまた一つ増えた。

旧都市の片隅に、新たな赤が灯る。

まるで、迷う時間などないと告げるように。

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