表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レムナント・クロニクル  作者: どーれた
第2章 奪われしもの
8/10

第7話 ノクシアの鎖

 どれくらい走っただろうか。

リースたちは、前を行く女性の声を頼りに、白く濁った視界の中、森を走り抜けていた。


「こっちよ! 止まらないで!」


 背後では、いくつもの銃声が森に響いていた。弾が枝葉を裂き、湿った土を跳ね上げるたびに、リースは握ったスピアの手に力を込めた。


「あいつらは……」


 リースの声が、不安げに揺れる。


「説明は後、今は走ることに集中しなさい! あともう少しだから!」


 迷いのない声に導かれ、二人は足を動かし続けた。

やがて、前を走っていた女性が立ち止まる。


「ふう……着いたわよ。ここまで来れば、ひとまず大丈夫」


 そう言われ、二人が顔を上げると、そこは先ほどまでと変わらない森だった。太い木々が絡み合い、湿った苔と茂みが行く手を塞いでいる。


「……ここは?」


 リースが息を切らしながら尋ねる。

どう見ても、ただの行き止まりだった。

しかし、女性が周囲を確認しながら腰の端末を操作すると、森の一部が水面のように揺らいだ。


木々の輪郭が歪み、低い駆動音とともに横へずれていく。

そこには、人ひとりが通れるほどの暗い入口が開いていた。


「旧防衛網の避難通路よ。今は、追われる側の隠れ家みたいなものだけどね」


「旧防衛網……?」


 聞き慣れない言葉に、リースは眉をひそめる。


「詳しい話は中でするわ。さあ、入って」


 そう言うと、女性は入口の奥へ先に足を踏み入れた。


「リース……」


「だ、大丈夫。さっきの奴らとは、たぶん違う」


 リースはそう言って女性の後を追った。スピアも小さく頷き、その隣についていく。

濃い緑の向こうからは、まだ微かに男たちの怒号が聞こえていた。


 入口をくぐった途端、森の音が途切れた。

代わりに耳へ届いたのは、水の滴る音と、古い機械がかすかに唸る音だった。


 壁には錆びた配管が幾重にも走り、天井の照明はところどころ死んでいる。足元に残る非常灯だけが、弱々しい光で床を照らしていた。


「森の中に、こんなところが……」


「ただの古びた隠れ家みたいなものよ」


 女性は薄暗い通路を迷いなく進んでいく。

しばらく進むと、遠くに淡い光が見えた。

だが、近づくほどに、それが外の光ではないことが分かる。


空間そのものに薄い膜が張られているようだった。水面のように景色を歪ませ、向こう側の光だけをぼんやりと滲ませている。


女性が壁の端末へ指を走らせた。

短い認証音が鳴ると、膜の表面に波紋が広がる。


「少し眩しいわよ」


 次の瞬間、光が割れた。

リースたちは、押し出されるように通路の外へ出る。

そこに広がっていたのは、森ではなかった。


巨大な都市だった。


高い建物が幾重にも並び、空中には細い通路が張り巡らされている。建物の壁には淡い光が走り、遠くでは小型の飛行機械が音もなく行き交っていた。


出口は、その光景を一望できる展望台のような場所だった。


「な……なんだ、これ……!」


「森の中に、こんな都市が……!」


 二人の唖然とした顔を、女性はどこか誇らしそうに見つめていた。

リースが後ろを振り返ると、今しがた抜けてきた通路の入口は、森の景色に紛れ、すでに見えなくなっていた。


「もしかして、光学迷彩?」


「鋭いわね」


 女性は小さく頷く。


「でも、ただ光を曲げてるだけじゃないわ。音も、通信反応も、街そのものの存在も、外からは捉えられないわ」


「すごい……けど、どうしてそんなことを?」


 スピアが問うと、女性の顔が陰った。


「……これが、私たちの()()()なのよ」


「闘い方……?」


「こういう辛気臭い話をするのにちょうどいい場所があるわ。そこにいきましょう」


 女性は足早に階段を降りていく。二人も慌てて後を追った。


 降りるにつれ、都市の姿が間近に迫る。


金属の床を踏む音。遠くで誰かが呼び交わす声。

だが、リースたちの姿に気づくと、街の音が止んだ。

恐れと警戒。それらを帯びた目が、一斉に二人へ浴びせられる。


「これも歓迎……なわけないか……」


「ええ……」


 スピアが小さく頷く。

居心地の悪い沈黙の中を進んでいると、一人の男が足早に近づいてきた。


「アルダ!」


 その呼びかけで、リースはようやく女性の名前を知った。

女性――アルダは、リースたちと男の間に立つ。


「そう警戒しないで。奴らじゃないわ」


「でも部外者だろ」


 男の視線が、リースの腕で止まった。

壊れた因子測定機器。そのひび割れた外装の端には、かすかにA.R.Kの文字が残っている。


男の表情が一変し、足早に距離を詰めてきた。

リースは反射的に、スピアの前へ出る。


「お前……A.R.Kか?」


 その一言は、周囲をざわつかせるのに十分だった。


「A.R.K……?」

「本当に来たのか?」

「てことは、あれが……」

「罠じゃなかったのか」


 ざわめきが二人を囲んでいく。


「僕はA.R.Kの人間じゃないです」


「その装備でつく嘘じゃねえぞ」


 男は測定機器を指さす。


「ち、違……! これはロ……友人のものです」


「A.R.Kの友人か……後ろの白い髪の女は」


 男の言葉に、スピアは身を縮めた。

リースは反射的に一歩前へ出る。


「っ……! スピアは違う!」


「いや、俺は見たぞ。あの白い女、お前らが――」


 言いかけた男の頭に、鈍い音が落ちた。


「がっ!」


 男は頭を押さえ、その場にうずくまる。


「はい、そこまで」


 いつの間にか、アルダが男の背後に立っていた。握った拳を軽く振りながら、呆れたように息を吐く。


「うだうだ言って困らせるんじゃないわよ。怯えてる子を問い詰めて、何が分かるっていうの」


 アルダは男を一瞥し、リースたちへ視線を戻した。


「悪かったわね。彼、悪い人じゃないんだけど……」


「僕は大丈夫です。スピアは?」


「私も、大丈夫……」


 俯いたまま、スピアは呟いた。

だが、その声は明らかに大丈夫ではなかった。胸元の首飾りを、無意識に強く握りしめている。


「スピア?」


「……平気。いこ、リース」


 スピアは顔を上げ、リースに笑顔を見せる。

リースが何か言おうとしたところで、アルダが二人を促した。


「つもる話は後にしましょう。ここで立ち止まってる方がよっぽど目立つわ」


 アルダは人々の視線を遮るように前へ出る。


「ついてきなさい。落ち着いて話せる場所に案内する」


「……分かりました」


 二人は周囲の視線を背中に受けながら、アルダの後を追った。

 


 たどり着いたのは、都市の外れに建つ小さな倉庫のような建物だった。


アルダが埃にまみれた重い扉を押し開ける。

そこには、古い通信機器と、印の書き込まれた地図が壁際に並んでいた。

棚には金属製の箱が積まれ、その一部には、見覚えのあるA.R.Kの識別が刻まれていた。


「ここが、落ち着ける場所?」


「そう、旧防衛網の管理室。今は物資の倉庫みたいになってるけどね」


「まあ、この星やあいつらへの愚痴をこぼすくらいには使えるわ」


 アルダは中央に置かれた古い椅子を顎で示した。


「座って。水くらいなら出せるわ」


 リースは警戒を残したまま椅子へ腰を下ろす。スピアもその隣に座った。

アルダは金属製のカップを二つ取り出し、水を注いで二人の前へ置いた。


「毒なんて入ってないわよ」


「そ、そういうつもりじゃ……」


「顔に出てる」


 そう言われ、気まずそうに目を逸らすと、アルダは小さく笑う。

水で喉を潤し、リースはようやく冷静さを取り戻した。


「あの、アルダ……さん?」


「あら? 私の名前、知ってるの?」


「さっき、男の人がそう呼んでいたので」


「ああ、そういうことね」


 アルダは空いた椅子に腰を下ろす。


「自己紹介が遅れたわ。私はアルダ」


 それから、アルダは二人を順に見た。


「あなたたちは?」


「リースです」


「スピアといいます」


 スピアは少し遅れて、丁寧に頭を下げた。


「リースに、スピアね」


 アルダは名前を確かめるように呟いた。


「早速だけど、あなたたちに聞きたいことがたくさんあるの。そっちも同じみたいだけどね」


 机の上に古い端末が置かれる。

その上に、一つの星が映し出された。


「まず、どうしてこのノクシアに?」


「ノクシア? ここ、惑星ノクシアなんですか?」


 アルダは目を丸くした。


「知らずに来たの?」


「あ、えーと……」


 脱出艇が偶然墜落した場所であり、正規の航路も入域手続きも通っていないなど、リースには言えるはずもなかった。


「……まあ、いいわ。墜落していた時点で、まともな来訪じゃないことくらい分かってる」


 リースが答えられずにいると、スピアが首を傾げた。


「ノクシアって?」


「この星の名前だよ。五十年くらい前までは、『サリア』って呼ばれてた」


「サリア……?」


「うん。昔は有数の中枢星だったらしい。資源もあって、交通の要所でもあって……でも、今は――」


「ラフロッド領ノクシア」


 遮るようなアルダの声に、リースは口を止めた。


「この星は資源がありすぎたのよ。いくつもの星に狙われて……今は、ラフロッドなしじゃ生きられなくなってしまった」


 握られた拳に、わずかに力がこもる。


「表向きは対等なパートナーシップ。でもその実態は、良いように搾取し、管理し、全てを我が物顔で掻っ攫う。可愛い言い方をすれば、従順な下僕ね」


 刺すような声が、部屋の空気を重くした。


「ラフロッド……」


 その沈黙の中で、スピアがぽつりと呟いた。


「それって、ラフロッド帝国?」


「あなた、ラフロッドは知ってるのね……」


 アルダは自嘲するように目を伏せた。


「もう、そんな辺境の蛮族になってしまったのかしら……私たち」


「い、いえ、そんなつもりじゃ……!」


 スピアは慌てて首を振る。


「ただ、ラフロッド帝国は知っている名前だっただけで……」


「それって、同じ意味じゃ……」


 リースが思わず呟くと、スピアはますます肩を縮めた。


「あ……ご、ごめん。責めたわけじゃないよ」


「ううん……」


 スピアは小さく首を振る。


「……まあ、いいわ。これもこの星が招いた一つの結果ね」


 アルダは端末に映る星へ視線を戻す。


「ここは……腐り切っているわ。戦力も、物資も、何もかもラフロッドの手の上。この巻きつけられた鎖を断ち切るため、私たちはいる」


「鎖……」


「ええ。私たちはラフロッドに抗い、このノクシアを――かつてのサリアを取り戻すための組織。サリア解放戦線よ」


 サリア解放戦線。

その名には、失われたものを取り戻そうとする強い意志が込められていた。


「本当なら、もっと詳しく話すべきなんでしょうけど」


 アルダは星を見つめたまま、息を吐く。


「今ここで全部を話したところで、あなたたちには重すぎるでしょうね。ノクシアが何に縛られているのか。私たちが何と戦っているのか。それは、言葉だけで分かるものじゃない」


「……」


「実際に見た方が早いわ」


 アルダは端末の表示を落とした。部屋が少し暗くなる。


「さて、少し話が長すぎたわね。今度はあなたたちの番よ」


「僕たちの……」


「ええ。どうしてこの星に来たのか。なぜ番犬どもに追われていたのか。そして、あなたたちが探している仲間について」


「番犬?」


「正確には、ラフロッド直営のノクシア軍。表向きは、この星の治安維持部隊よ」


 アルダの声に、かすかな皮肉が混じる。


「ラフロッドに首輪をつけられて、都合よく使われている無様な奴らよ。その様があまりに忠実だから、私たちは番犬って呼んでる」


 そこには、単なる軽蔑ではない、根深い感情が滲んでいた。


「まあ、そんなことはどうだっていいわ。今はあなたたち」


 リースはスピアと顔を見合わせた。

地球のこと。スピアのこと。A.R.Kのこと。脱出艇のこと。

どこまで話していいのか迷った末、慎重に言葉を選ぶ。


「僕たちは……あるところからやってきたんです」


 アルダは黙って耳を傾ける。


「別の場所で、A.R.Kの任務に巻き込まれて……その途中で船に乗りました。でも、途中で制御がきかなくなって、この星に墜ちて」


「それで、そのA.R.Kの測定機器を?」


 アルダは、リースの腕の機器を見つめる。


「これは、友人のもので……。彼と、もう一人いました。二人はA.R.Kの隊員で、一緒に船に乗ったんです。でも、僕が目覚めた時には、スピアしかいなくて……」


 アルダは何か考え込むように顔を伏せた。


「その二人は今どこに?」


「わかりません……。でも、その番犬たちは僕たちを見て、『彼らの仲間』って……」


 リースの拳に力が入る。


「だから、もしかしたら、ロキも、ベルスさんも、あいつらに捕まって……!」


「落ち着いて」


 取り乱すリースを、穏やかなアルダの声が制した。


「す、すみません」


 椅子へ座り直す背中を、スピアがそっとさする。


「……ありがとう、スピア。おかげで、なんとか落ち着いたよ」


 リースが顔を上げると、柔らかな笑顔が返ってきた。

そのまま背中をさすりながら、スピアはアルダに問いかける。


「つまり、その二人は、彼らに捕まった可能性が高い……ということですか?」


「残念だけど、その認識で間違いはないわ」


「どこに連れていかれたんですか」


 その問いに、アルダは小さく首を横に振った。


「断定はできないわ。けれど、番犬どもが外から来た人間を見つけたなら、まず間違いなく拘束する。正規の入域手続きもしていないし、墜落船の生存者となれば、保護を大義名分にすることだってできるしね」


 彼女が端末を操作すると、ノクシアの地図にいくつもの赤い印が灯った。


「身元不明者、外部からの漂着者、反ラフロッド容疑者。そう判断された人間を一時的に収容する施設が、いくつかある」


「そのどこかに、ロキたちが……」


「可能性はあるわ」


 アルダは地図の一点を指した。


「特に怪しいのは、第三区画。ここには番犬どもの管理施設がある。森からも比較的近い。墜落地点で拾われたなら、まずそこへ運ばれるでしょうね」


「じゃあ、そこに行けば」


「無理よ」


 アルダは即座に言い放った。


「あそこはノクシア軍の管理区域。外から近づくだけでも目立つわ。まして、中に入って人を連れ出すなんて、勢いだけでどうにかなる場所じゃない」


「でも、このままじゃ!」


 リースが椅子から立ち上がろうとする。


「力任せに飛び込むつもり?」


 アルダの言葉に、その動きが止まった。


「仮にあなたたちが施設へ入り込めたとしても、それで終わりじゃないわ」


 アルダは、その視線を机上の地図に落とす。


「騒ぎを起こせば、番犬どもは真っ先に捕らえた人間を移す。侵入者が何を目的にしているか分かれば、その二人を人質に使うことだってできる」


「人質……」


 スピアの顔が曇る。


「あなたたちが無事に進めるかどうかは問題じゃないの」


 アルダはリースをまっすぐ見つめる。


「強引に動いたとき、危険に晒されるのはあなたたちじゃない。捕まっている二人よ」


「……じゃあ、どうすれば」


「まずは二人の居場所を確かめる。施設の構造も、警備も、移送経路も調べる。それからよ」


 アルダは端末の表示を消し、立ち上がる。


「こちらでも情報を集めるわ。その間、あなたたちは街を見てきなさい」


「街を……?」


「案内人はこちらで用意するわ。待っているのも暇だろうしね」


「わかりました」


 リースが頷くと、アルダは扉の脇にある端末へ手を伸ばした。

低い駆動音とともに扉が開く。


その先には、先ほどアルダに殴られていた男が、壁にもたれながら待っていた。


「……俺かよ」


「あなたが余計なことを言った罰よ」


 アルダが平然と返すと、男は面倒そうに頭を掻いた。


「この二人に街を見せてあげて。妙な場所には近づけないように」


「はいはい」


 男は不満げに答え、リースとスピアへ視線を向ける。


「ついてこい。置いてくぞ」


 リースは椅子から立ち上がった。


「行こう、スピア」


「うん」


 二人が部屋を出ると、アルダはその背中を見送った。

扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。

薄暗い室内を、一つの端末の光が照らした。


「こちらアルダ」


 先ほどまでの柔らかな声とは違う、低く抑えた声だった。


「どうやら、先を越されたみたい」


 端末に映る赤い印が、ゆっくりと明滅する。


「第三区画の動きも調べて。番犬どもが、どこまで掴んでいるのか知りたい」


 通信を切る直前、アルダはもう一度だけ扉を見る。


「これが、最後の闘いよ。失敗は……許されないわ」


 端末の光が消える。

薄暗い部屋には、もう誰の声も残っていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ