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レムナント・クロニクル  作者: どーれた
第1章 褪せた星の出逢い
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第2話 褪せた星

 無限に続く街並みと、空へ伸びるビル群。

その隙間を縫うように、一台の車が上空を滑っていた。


 王都ノーレンス。

惑星カリーナ最大の都市であり、A.R.K本部が置かれた星間行政の中心地。

もっとも、どれほど重要な施設が同じ都市内にあろうと、この街を徒歩で移動することなど現実的ではない。

空を走る車の窓の向こうでさえ、ビルの立ち並ぶ景色は途切れる気配を見せなかった。


 車内には、重い沈黙が落ちる。

偽の検査通知、A.R.K、そして「サイカーが必要」という言葉。

二人が黙り込む理由は、それだけで十分だった。


 しばらくして、沈黙に耐えかねたようにリースが口を開いた。


「で、なんでサイカーが必要なのさ」


 ロキは、わずかに目を泳がせた。


「実を言うと……俺も詳細は知らないんだ」


「……は?」


 リースは再び絶句した。


「……それで僕を連れてこようとしてたってこと?」


「し、しょうがないだろ。こんなこと言ったら今度こそ無理だと思ったんだ」


「嘘だらけだな…」


 半ば呆れたような口調でリースは言う。


「上がほとんど伏せてるんだよ。

わかってるのは、サイカーが必要ってことだけ」


「それだけ? なら僕じゃなくたっていいじゃないか」


リースの意見は当然だった。

いくら少数とはいえ、広大な宇宙を探し回れば、サイカーの一人や二人はいるだろう。


「ただのサイカーじゃ駄目なんだよ」


 ロキは一呼吸置き、続けた。


「動ける若いサイカー、能力も安定していて、かつカリーナの人間って注文だ。

ただでさえ若いサイカーなんて今じゃ天然記念物だ。近場にこんな適任がいるってのに、宇宙中から探し出せなんて任務、ごめんだからな」


「へぇ……って、だったら最初からそう言えばよかったのに……」


 ロキは、気まずそうに口をつぐんだ。


「……すまん」


「いろいろ奢ってもらうからね」


「それでいいのか?」


「ただの……憂さ晴らしだよ」


「……おう。いくらでも奢ってやるよ」


ロキは苦笑し、車のスピードを上げた。

 やがて眼下に、巨大な施設が姿を現す。




 ――【A.R.K】。


 宇宙で発生するあらゆる危機に対し、調査、救助、医療支援、食糧供給を担う星間規模の支援機関。

 同時に、星間紛争への介入と武力行使を認められた、数少ない軍事組織でもある。


 その起源は、千五百年前の地球に存在した国際組織にあると言われている。

 形を変え、幾度となく時代に呑まれながらも、それは今日まで残り続けた。

 宇宙最古の国際組織――それが、A.R.Kだった。


 戦火に追われた難民を保護し、疫病に沈む星へ医療班を送り、飢えた辺境星に食糧を届ける。

 A.R.Kによって救われた命は、数え切れない。


 正面ゲートの周辺では、白と銀の制服を着たA.R.K職員たちが忙しなく行き交っていた。

その顔ぶれは、カリーナ人だけではない。

肌の色も、瞳の形も、身体の輪郭さえも異なる者たちが、同じ制服に身を包んでいる。


 星々の危機に対応する組織。

その言葉が誇張ではないことを、その光景は物語っていた。


 白と銀を基調とした建造物は、清潔で、整然としていて、それでいてどこか冷たかった。

軍事機関という一言だけでは片づけられない、静かな威圧感がそこにはあった。

しかし、そんな威圧感もリースにとっては、記憶をよみがえらせる一つの引き金に過ぎなかった。


かつてリースは、戦争難民としてA.R.Kに保護された過去を持つ。

混乱に堕ちる人々、その後ろに見えたあの空は、あの建物は、今も変わらぬ巨大さだった。


リースのそんな不安げな表情に、ロキも気づいていた。


「そう辛気臭い顔すんなって。上には話を通してある。お前がサイカーだってことも、必要な人間にしか共有されてねえよ。表向きは客人扱いだ」


「そういうことじゃない」


 ロキの察しの悪さに頭を抱えつつ、リースは車を降りた。

あの時と同じ景色に、リースは身がすくむのを感じた。


しかしロキは、そんなリースの足が止まりかけていることにも気づかず、さっさと先へ進んでいく。


「あ、ちょ、置いてくなよ」


 置いていかれまいと、リースは慌ててその背中を追った。


 白銀の制服。

広場に整然と並ぶ難民のテント。

見る景色全てが、あの時とよく似ていた。

そんなトラウマにも似た感情を抱えつつ、辺りを見回しながらロキの後ろをついていく。


 そのとき、リースの視線が、ある一点で止まった。


「……ん?」


 ロキも今度は気づいたのか、リースの元に駆け寄った。


「どうした?」


「これ……カリーナ語じゃないような……」


 リースが指さした先には、一基のモニュメントが立っていた。

表面に刻まれているのは、見たこともない文字列だった。


「ああ、それは地球(アース)語だな。A.R.Kの地球(アース)時代の呼び名が刻まれてるって言われてる」


地球(アース)語……これが………」


「A.R.Kは地球(アース)生まれらしいからな。それの記念碑みたいなもんさ。

もっとも、なんて書いてあんのかはこれっぽっちも分からんけどな」


 リースはその記念碑をまじまじと見つめていた。

読むことなど到底できない解読不能の文字列。意味など、分かるはずもない。

それでもその文字列は、なぜかリースの目に焼きついた。


「…リース?」


 ロキの声に、リースは我に返る。


「そんなに気になるか? あれだったらグッズもあるぞ」


「……それ宣伝?」


 ロキの冗談に、リースの緊張が若干ほどける。


「行くぞ。担当官を待たせちゃまずい」


「うん」


 ロキに促され、リースはA.R.Kの本棟へと足を進めた。




しばらく歩くと、正面ゲートが目の前に姿を現す。

白銀の支柱に囲まれた巨大な入口。そこでは職員たちが検査ゲートを通り、次々と本棟の中へ吸い込まれていく。

――しかし、ロキは正門であるゲートを前に横に逸れた。


「ん? 入口ってこっちじゃ……?」


 リースが正面ゲートを指さすと、ロキは首を横に振った。


「こっちに裏口がある。そっちから入るんだ」


「……なんでまたそんな回りくどいことを?」


「担当官がそっちにいるんだよ。それに……」


「正門には監視の目がある。そうでしょう、ロキ?」


 ロキの言葉を、涼やかな声が遮った。

二人が声の方向を向くと、白と銀の制服に身を包んだ、隙のない佇まいの女性がこちらに近づいていた。


 淡い青色の肌。

銀色に整えられた髪。

カリーナ人ではない。ひと目でそう分かる容貌だった。

彼女は、穏やかな笑みを浮かべたまま、リースを静かに見据えていた。


「ヴェイラ統括官!」


 ロキが背筋を伸ばし、敬礼をする。


「ようこそ、A.R.Kへ。私はヴェイラ・ライラ、今回の件を統括しています。

お待ちしていましたよ、リースさん」


「あ…どうも……」


 丁寧な物腰に、リースは思わず間の抜けた返事をしてしまう。

穏やかな笑みを見せているが、一切の隙を感じさせなかった。


 相手のペースに呑まれていることに気付き、リースは慌てて背筋を伸ばし、小さく咳払いをした。


「さ、先に言っておきますけど……僕はまだ、協力するって決めたわけじゃありませんよ」


 リースがそう言うと、ヴェイラは表情を崩すことなく答えた。


「承知しております。ですので、まずはあなたが判断するための材料をお伝えします。

どうぞこちらへ。質問がありましたら、いつでもお聞きください」


 ヴェイラは、先ほど自分が現れた通路へと歩き出した。

ロキもそれに続く。


 その流れに押されるように、リースも二人の後を追った。




 正面ゲートから離れるにつれ、行き交う職員の数は目に見えて減っていった。

先ほどまで聞こえていた人々の声も、足音も、次第に遠ざかっていく。

代わりに、白と銀の壁に囲まれた静かな通路が広がっていく。


「えっと、ヴェイラ……さん?」


「はい?」


「監視の目って……?」


 リースは目的地への道中、早速質問をした。

ヴェイラは足を止めることなく、毅然とした態度のまま答える。


「正門には検査ゲートがあります」


「駅にあったやつと同じやつ?」


「ええ。通過すれば、あなたがサイカーであることは記録されます。場合によっては、その場にいる職員にも知られるでしょう。そうなれば、無用な混乱を招きかねません」


 ヴェイラは、わずかに視線だけをリースへ向けた。


「それに――あなた自身も、通りたくはないでしょう?」


「……」


 リースは、言葉を失った。


 サイカーという存在。

 人知を超える力の名残を血に宿した者たちは、いつの時代も、人類にとって脅威であり続けた。

その脅威から人々を守るために、検査ゲートは作られた。

 血が薄まった現代でさえ、その仕組みは変わらない。


 だからリースは、人を、そして世界を、どこかで信じきれずにいた。


――しかしこの人は、人類の支援機関に属する側でありながら、サイカーの感情をくみ取っている。


 たった一言であったが、リースにとっては十分だった。

少なくとも、彼女はサイカーをただの危険物として扱っているわけではない。

そう思えただけで、胸の奥にあった警戒が、ほんの少しだけ和らいだ。


 そうして胸の奥に残った不確かな感情を整理できないまま、リースたちはA.R.Kの裏口へとたどり着いた。


 裏口と言うには、あまりにも無機質な扉だった。

白い壁に溶け込むように設けられたそれは、案内表示もなければ受付もない。ただ、扉の横に小さな認証端末が埋め込まれているだけだった。


ヴェイラはその前で足を止め、リースへ振り返る。


「この先は、A.R.Kの機密区画です。詳細は中で説明いたします。

ですがその前に、因子確認を行います」


「因子確認…それってサイカーの……」


 リースの心は再び引き締まる。


「ご安心を。能力値を測る検査ではありません。本人確認のようなものです。

あなたが真にサイカーであるか確認する意味もあります。カリーナ人であることは見ればすぐわかりますが、ただの人間をサイカーだと偽って持ってこられては困りますから」


「と、統括官、俺がそんなことするわけないじゃないですか」


 ロキがなんとも悲しげな声で訴える。


「あなたは優秀ですが、少々大口を叩く癖があります。ベルスからいろいろ聞いていますよ」


「な……!?」


 ロキは自分の組織内での行動がすべて筒抜けだったことに驚き、何も言えなくなる。


「……お前、信用ないんだな」


 リースが、さっきまでの仕返しと言わんばかりに笑う。


「うるせえ」


 ロキは悔しそうに顔を背ける。


「リースさん、腕をこちらに」


 親友同士のやり取りをよそに、ヴェイラは淡々とリースの腕を取り、専用の装置を取り付ける。

数秒の沈黙の後、ピピッという音が鳴る。

ヴェイラは表示された結果に目を落とし、すぐにそれを取り外した。


「因子反応あり。サイカーで間違いありません」


 確認するようにそう告げると、彼女は認証端末に手をかざした。

扉の奥で、かすかな駆動音が響く。


「では、入りましょうか」


 扉が音もなく開く。

リースとロキは、促されるままヴェイラの後に続いた。




 案内された先は、飾り気のない会議室だった。


 白い壁。必要最低限の机と椅子。

余計なものが何一つ置かれていないその空間は、清潔というより、どこか得体の知れない冷たさを感じさせた。


 だが、リースの目を引いたのは部屋そのものではない。

そこには、すでに一人の先客がいた。


A.R.Kの制服を着た、ロキよりも少し年上の男。

椅子に深く腰かけているだけなのに、不思議と場の空気を締めるような存在感があった。


「た、隊長!?」


 ロキが、思わず声を上げる。

男は軽く手を上げた。


「遅かったな、ロキ」


「す、すみません。ちょっと色々と……」


「色々、ねぇ」


 男はリースへ視線を向ける。


「君がリースか。ロキから話は聞いてる。俺はベルス。こいつの隊長だ」


「ど、どうも」


 リースがぎこちなく返すと、ベルスは立ち上がり、リースの手を取った。

そのまま、力強く握手を交わす。


「た、隊長、どうしてここに?」


 リースとの豪快な挨拶を終えたベルスに、ロキが問いかけた。


「なんだ?いちゃいけないのか?」


「い、いや、そういうわけじゃ……」


「ベルスには、今回の任務の隊長を務めていただきます」


ヴェイラが淡々と告げた。


「そういうこった。

ただし、俺もお前らと同じ、まだ何も知らん。だからここに来たんだよ」


「は、はあ……」


「さあ、会議を始めますので、お好きな場所にお座りください。」


 ヴェイラが強制的に場を戻す。

三人は促されるように着席する。




「では、今回リースさんをお呼びした理由を説明いたします。

最初に伝えておきますが、ここからの会話は、全て最重要機密情報になります。あなた方二人にも当然説明などしていないものです。よく聞くように」


 ヴェイラがそう言うと、会議室の中心に巨大な青白い球体のホログラムが立ち上がった。


 一見すれば、それは惑星だった。

だが、地表の三分の一は無残に抉り取られ、海はなく、雲もない。

生命を宿す星にあるはずの色が、そこには何一つ残っていなかった。


「今回の件は、この星にて起きた事象です」


 おおよそ惑星とは思えない、死の星。

しかしリースたちは、その星を知っていた。


「……地球(アース)…」


 リースがそう呟くと、ヴェイラは深くうなずいた。


地球(アース)になんて行ってどうするんですか?

支援する人も物も、とっくのとうになくなってるのに……」


 ロキはヴェイラに問いかける。

ヴェイラは「いいえ」と一言告げ、机上の映像を操作し始めた。


すると地球の一角に、小さな赤い光点が灯る。



「……一ヶ月前、地球(アース)で、生命反応が確認されました」


「生命反応……?」


 リースとロキは思わず声を合わせた。

地球は千五百年前、神が降誕した星と言われている。

そしてそのために、どの星よりも深く傷ついた。


今や色を失い、褪せた死の星と化した地球。

地表の三分の一を無残に抉り取る巨大なクレーターは、いつしかその星の代名詞となっていた。


 そんな死んだはずの星に、生命反応がある。

その事実はリースたちにとって、到底信じられるものではなかった。


 会議室は沈黙に包まれる。


ホログラムに浮かぶ赤い光点だけが、死んだ星の上で静かに瞬いていた。

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