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 中層区に、夕刻の色が落ち始めていた。


 昼の喧騒は引き、通りを歩く人影もまばらになる。

 資料室で過ごした時間が、少し遠く感じられた。


(今日は……思ったより、頭を使ったな。疲れた。)


 だが、終わりではない。

 向かう先は決まっている。


 ラドニア中層区東側。

 職人街の中心に近い一角。


 煤けた石造りの工房――

 《黒炉の鍛冶場》。


 扉の前には、朝と同じように修理待ちの武具が静かに並んでいた。

 派手さはない。だが、仕事は確実だと物語っている。


 中に入ると、昼間ほどの熱はない。

 金属を打つ音もなく、炉は落ち着いた赤を保っている。


「……来たか」


 低い声。

 作業台の向こうで、ガルドが顔を上げた。


「防具は、もう使える。

 無理は利かせてねぇが、動く分には問題ねぇ」


 差し出された防具を受け取る。

 手にした瞬間、馴染みが戻ったのがわかった。


「助かります」


「剣は、明日の昼過ぎに取りに来い」


 短いやりとり。

 それで十分だった。


 宿に戻り、簡単な食事を済ませる。

 体を休めるには、ちょうどいい疲労だった。


 クリーンアップを唱え、寝台に腰を下ろし、防具を壁に立てかける。

 今日一日を思い返す。


(知ったことは多いが――まだ足りない)


 だが一つ方針がきまる。

 ――表に出す魔法を絞ることだ。

 結論は水、土、闇。

 水はまず外せない。飲み水含めて火より優先される。

 光と闇比較はいうまでもない。光はもてない。王国の制度上。また、前回の

 戦闘で感じたが、道具融合スキル連携の面で闇とは相性がいい。

 同様に、土は風比較も悩んだが、スキル相性面を重視して、こちらを選んだ。

 まあ、ある程度までは、全属性を万遍なく育てたい。後、優先的には

 次に回復→光→風→火となる。正直表に出せなくても回復は捨てられない。

 

 「……水と土」


 ウォーターボルト。

 ストーンショット。


 属性は違う。

 だが、やっていることは似通っている気がする。


 ――不安は、そこだった。


 前の戦闘で使用した、風の刃。

 エアスラッシュと、明確に“違い”があった。


 同じようなものが、水にもあるはずだ。

 あるなら、そっちを使いたい。


 土は……攻めより、守りだ。

 最低限でいい。使える壁が一つあれば。


 「――『初級魔法大全・生活魔法と基礎属性①』」

 続きがある事を祈るしかない。


 闇もほしい。

 各属性、一つずつでいい。


 それ以上は、管理できない。


 魔法が増えすぎれば、判断が遅れる。

 遅れは、そのまま死に繋がる。


 頷きかけて――もう一つ、現実的な問題が浮かんだ。


 「……魔力草」


 まとまった量なら、生活の足しになる。

 危険の少ない群生地があるか。

 相場はどうか。

 常設の依頼か、それとも一時的なものか。


 金が安定すれば、余裕が生まれる。


 食い物も、宿も。

 少しは、腰を落ち着けられる。


 この世界で生きるなら――まずは、そこからだ。


 灯りを落とす。

 明日はまた、森へいきその後ギルドの資料室へ。


 そう決めて、ルーファウスは目を閉じた。


 翌朝。

 鐘楼がまだ沈黙しているうちに、ルーファウスは目を覚ました。

 窓の外から、やわらかな光が差し込みはじめている。


 少し湿り気を帯びた、春の朝の空気。

 肌寒さはなく、身体を動かすのにちょうどいい。

 いつものように森に向かって走り、足運び、体重移動、呼吸の確認を行った後、

 剣、魔法の一通りのルーチンを行い、すぐさま街に戻る。

 欠かさない朝の鍛錬だ。

 

 「……やるか」

 続いて道具融合スキルを意識する。


 アイテムボックスの奥へ、手を伸ばす感覚。

 ――ある。

 慣れた感じで引っかかりを手繰り寄せる。


 引き出されたのは、厚手の麻布袋だった。


 口は蝋で封じられ、簡単には開かないよう加工されている。

 側面には、焼き印のような文字。

 《黒胡椒 五〇〇グラム》


 袋を持ち上げた瞬間、ずしりとした重みが掌に伝わった。


 鼻を近づけるまでもない。

 袋越しでも、わずかに刺激のある香りが立つ。


 ――業務用だな。

 現代では流通を前提にした形状。

 小分けではなく、料理屋や商人が扱う規格。


 ……黒胡椒。


 その表示を見た瞬間、

 前世の記憶と、この世界で積み上げた知識が、静かに噛み合った。


 「……胡椒、か」


 質。

 保存状態。

 量。


 どれを取っても、軽く流せるものじゃない。


 胸の奥に、はっきりとした手応えが生まれる。


 ――高級品だ。


 少なくとも、この世界では。


 資料室で読んだ一文が、遅れて思い出された。


 「……昨日の悩み、これで一気に片付くか?」


 だが、同時に別の記憶が刺さる。


 上質な塩。

 あれほどの品でも、評価は銀貨止まりだった。


 息を一つ、吐く。


 「同じ手は……使えないな」


 塩に続いて、胡椒。

 しかも高級品。


 ――目立つ。


 扱いを間違えれば、面倒を呼び込むだけだ。


 胡椒は安物として扱われる類じゃない。

 雑に出せば、逆に怪しまれる。


「……また、塩漬けか。くそ」


 これを一気に出せば、装備も、準備も、一段階進む。

 だが同時に、視線も集まる。

 塩の延長線では扱えない。


 胡椒は切り札。何か金策に困ったときに使える可能性が高いって安心感だけは

 少しだけルーファウスの心に余裕を持たせる。

 

 ルーファウスは、気持ちを切り替えるようにギルド資料室へ足を向けた。


 目的の物を探す中

 ふと棚の隅、革表紙の薄い一冊が目に留まった。

 題は簡素だ。


『市中生活覚書──居住・衛生・処理に関する要点』


 冒険者向けというより、市民全体を想定した記録らしい。

 年代も古く、何度も書き写された痕がある。


 ぱらりと頁をめくる。

 都市における清潔は、魔法のみで成り立つものではない。

 魔法は補助であり、習慣こそが基盤である。


 排泄物、残滓、死骸。

 これらは即時に消えるものではなく、適切に処理されねばならない。

 ※魔物死体の埋設時には、必ず教会認証の聖水を用いること。

 量は問わないが、未使用の場合、汚染および異変発生の責任は処理者が負う。


 個人の責任において処理すること。

 難しい場合は、集積所または公的な処理機構に委ねること。


 生活魔法は身体と衣類を整えるためのものであり、

 地面や周囲の汚損を無視する免罪符ではない。


 また、簡易的な処理具の携行を推奨する。


 掘削具(短柄・携行型)


 拭い葉草ぬぐいばそう


 火起こし具


 これらは市中の雑貨屋で安価に入手できる

 聖水は各教会・正規取扱所にて販売。冒険者携行を推奨。

 記録はまだ続く。


 スライム処理技術の成立と広がり(補足)


 アルドリエル暦一四三年。

 王国キルシュタインは、都市部の衛生悪化を受け、

 王立魔術院および工匠院の合同機関による研究部門を設立した。


 後に

 《王立環境調整局おうりつ・かんきょうちょうせいきょく

 と呼ばれることになる組織である。

 同局が成功させたのは、

 既存の野生スライムを「手なづける」ことではなかった。


 増殖を抑制

 行動範囲を限定

 摂食対象を有機汚物に固定


 これらを魔法的制御ではなく、環境条件と個体選別で成立させた

 いわば「用途特化型スライム」の運用だった。


 この成果は、

 アルドリエル暦一五八年に王都で初めて実用化される。

 処理スライムは、都市の集積場や工房区画で効果を発揮したが、

 同時に重大な制約も明らかになった。


 誤った餌で性質が変化する

 管理者不在では危険

 子供や一般市民には扱えない


 このため王国は、

 「国家公的施設および宿泊業までの限定導入」

 という方針を定める。


 現在(アルドリエル暦一八七年)では、

  都市集積場

  工房・屠殺場

  ダンジョン周辺施設

  宿屋

  までが、市中において運用を許可された範囲である。

  なお使用が認められていない一般家庭、個人管理の私有施設(特例措置を除く)

  においては、理由は一貫して「管理者不在・誤運用時の危険性」に他ならない。


 都市の清潔は、市民の自覚と清掃組合の労によって保たれている。

 魔法はあくまで最後の工程にすぎず、

 日々の生活を支えるのは人の手である。スライムは万能ではない。

 都市がそれを管理下に置いているのは、便利だからではなく、危険だからだ。

 王国キルシュタインにおける処理用スライムの運用は、

 都市衛生史における大きな転換点である。

 しかし、その管理が一般に委ねられることは、今なおない。


 読み終え、ルーファウスは小さく息を吐いた。

 ――知らなかった、では済まない話だな。


 宿の厠。

 使ってはいたが、葉っぱや構造の裏まで考えたことはなかった。


 ページに書かれていた処理の内容を思い返し、眉をわずかに寄せる。

 街道で倒した魔物――あれも、確かにそのままだ。


 「火か、土か。か」

 

 頭の中で言い直し、追加で必要な生活魔法の項目を探すため、

 ルーファウスは再び資料の棚に手を伸ばした。

 

 冒険者以前に、生活者としての最低限。

 昨日確認した講習が推奨とされる理由も、これを読めば理解できる。


 そして、今の自分には――足りていない。


 棚の一角。

 昨日目を通した

『初級魔法大全──生活魔法と基礎属性①』

 の背表紙が、まだ記憶に新しい。


 その隣。


 「……②と、③か」

 

 どちらも、装丁は地味だ。

 手を伸ばして引き抜き読んでみる。


 本書における「初級」とは、

 魔法の難易度や威力を示す区分ではない。


 魔法に携わる者が、最初に理解すべき

 共通概念と基礎的な性質をまとめたものである。


 火・水・風・土といった主要属性は、

 生活・戦闘の双方において実用的な形で記述される。


 一方、光属性および闇属性は、

 その性質上、同列には扱われない。


 これらは現象を直接生み出す魔法ではなく、

 世界や対象の「在り方」そのものに

 影響を及ぼす力であるためだ。


 本書では、理解のための最低限の記述に留め、

 詳細な運用については記載しない。


 ②と③を、ざっと捲る。

 やはり、光と闇の項は見当たらない。


 ――ない、か。


 落胆というより、納得に近かった。

 希少属性。扱える者が少なければ、体系化も遅れる。


 代わりに目に留まったのは、水と土だった。

 

 水属性ウォータースラッシュ


 圧縮した水を刃状に形成し、切断力を持ち、前方へ放つ。

 

 土属性アースウォール


 地面から一方向限定で土の壁を立ち上げる。


 そして

 土属性 生活魔法ドナ

 野営地・仮設厠・街道における衛生保持を目的とした生活魔法。

 土を一時的に崩し、浅く埋設する。恒久的処理には適さない。


 

 ――あった。


 風の《エアスラッシュ》と同系統の水。

 そして、攻撃ではなく守りに寄せた土。あとは生活魔法で必須の土属性の簡易埋設。


 求めていた形だ。


 どちらも、派手さはない。

 だが、生き残るための魔法としては十分だった。


 内容を頭に刻みながら、今保有している魔法の詠唱部分と魔法名をメモ帳に記す。

 あとは、気になった状態異常回復魔法も同様に記録する。

 ・状態異常回復魔法:《キュア》

 ・状態異常回復魔法:《パライズキュア》

 ・状態異常回復魔法:《クラリティ》

 キュアは毒、パライズキュアは麻痺、クラリティは混乱系だ。


 「助かるな……」


 ルーファウスは小さく息を吐き、メモ帳を閉じて棚に戻した。


 使えそうな魔法はいくらでもある。

 だが――今は拾い集める時じゃない。


 詠唱、魔力、運用。

 管理できないものは、刃にも盾にもならない。


 資料に目を走らせながら、彼は水と土、それから回復系だけに絞って印を付けていく。


 網羅は、後でいい。

 今は、生き残る分だけで十分だった。

 ページを閉じ、棚に戻す。


 「明日の朝使ってみるか」

 今日は、ここまででいい。


 貸し出しの札には手を伸ばさず、

 ルーファウスは資料室を後にした。


 


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