日常に戻る準備
資料室を出ると、朝の割には人が少ないことに気づいた。
混み合う時間帯を外しているのだろう。閲覧机の空き具合からも、それが分かる。
――悪くない。
そのままギルド本館へ足を向け、まずは掲示板を確認する。
視線が止まったのは、見慣れた名前だった。
魔力草・まとまった数量求む
他にも枚数指定。期間指定。
しかも一件ではない。
「よし。とりあえずはあるな。」
(つか、結構あったんだ……)
冷静に考えて、昨日までと違い、心なしか少し心に余裕ができている分
視野が広く感じた。(胡椒様様だ。換金はできないけど……どうすべきか)
魔力草は昨日も金策として機能した。
だが、こうして複数貼られているとなると話は別だ。
掲示板を離れ、受付へ向かう。見知った顔だ。たしかと思い出しながら
受付のプレートを見る。
「マリナ」
「あ、ルーファウスさん。おはようございます」
変わらない調子だ。
書類を整えながら、こちらを見る。
「魔力草の依頼が多い。相場、今どうなってる?」
「一本あたり、だいたい銅貨四枚から五枚ですね」
「幅があるな」
「はい。品質と鮮度で結構変わります。でも――」
マリナは少し声を落とした。
「最近は、継続的に足りてないです」
「用途がある?」
「あります。回復薬、魔力補助、保存用……用途は複数です。
特定の工房だけじゃなく、全体的に、ですね」
つまり一時的な需要ではない。
「時期は?」
「今がちょうど生え揃う頃です。ただ、採取できる場所が限られるので
中層以上に行ける人手が足りてません」
納得だ。
「あ、あと今いいか。」
「どうぞ」
許可をもらい進められるまま、ルーファウスは受付にある椅子に座って
そのまま続ける。
「……魔力草って、そんな奥に多いのか?」
そう聞くと、マリナは少しだけ首を傾げた。
「“多い”というより、“残っている”ですね」
「残っている?」
「この時期、街の近くや街道沿いの外縁は、もう刈り尽くされてます。
生えやすい場所自体は知られてるんです。」
狩人なら聞いたことのある話だ。
「でも、群生地までは分かってない?」
「はい。あっても、長くは続きません。
魔力の流れが変わると、まとめて枯れたり、散ったりしますから」
なるほど。
至極もっともだった。
「それに、群生が確認される場所って、大抵は中層寄りです。
魔物の縄張りと被ることも多くて……」
「だから人手不足、か」
「ええ。行ける人は限られますし、
行けても“毎回ある”わけじゃありませんから」
不安定で、危険で、だが需要はある。
――窮地に落ちる理由としては、心当たりすぎて十分すぎる。
「……ひとつ、いいか」
掲示板を見てから、ルーファウスが言う。
「魔力草の依頼、Fランクだよな」
「はい」
「だが、刈り尽くされてるって話なら――
依頼として成立しないはずだ」
マリナは、少しだけ目を瞬かせてから、頷いた。
「ええ。外縁付近でも、まだ刈り尽くされていない場所が残っているってことです。」
「わかるのか」
「はい。街から半日ほどの森の中にある外縁部ですね。
湿った森の縁とか、岩場の近くとか。このあたりとか。この辺ですね。」
指で地図の端をなぞる。
「魔物は弱いですが、数が出ます。
慣れていない人には面倒。
かといって、上のランクが回るほどの利益でもない。
ダンジョンもありますし。」
「だから残る」
「そうです。
ただこういった話って、魔力草の特性も含めて、確証はできないので
基本こちらからは何もいえないです。そのへんは予めご了承ください。」
Fランク。
だが、確実に成果が出る仕事。
「一本、銅貨四~五枚。
量はそこそこ取れますし、納品すれば実績にもなります」
「用途があるから、依頼が切れない」
「はい。継続的に不足しています」
地味だが、悪くない。
冒険者として、確実に前に進む仕事だった。
「ありがとう。助かった。まだいいか」
「ええ。どうぞ」
次に聞いたのは、街のことだ。
「このへんで、飯がうまい店。安いならなおいいんだけど。」
「それなら《石鍋亭》ですね。量多めで、銅貨八枚前後。昼なら混みません」
「予算的にちょうどいいな
あと、このあたりで、夜に酒が飲める場所は?」
マリナは一瞬だけ考え、すぐに答えた。
「静かに飲みたいなら、中層の南寄りにある《灰狼亭》ですね。
冒険者向けですけど、荒れません」
「高くは?」
「エール一杯で銅貨二、つまみ込みでも銀貨一はいきません」
「……悪くない」
情報として、十分だった。
「逆に、騒がしいのは?」
「東側です。安いですけど、今日はやめておいた方がいいかと」
「今日はやめておいた方がいい、ってのは。何かあるのか?」
ルーファウスがそう聞き返すと、マリナは一瞬だけ視線を落とした。
「ええ……確か《赤鉄団》ってクランが、今日は一軒貸し切りにしてるみたいです」
「クラン貸し切り、か」
それだけで、だいたい察しはついた。
「荒れるのか?」
「ええ。酒が安い分、空気も荒れます」
マリナは事務的に続ける。
「店は《鉄輪樽亭》。
エール一杯で銅貨一、強い酒でも銅貨二くらいです」
「安いな」
「その分、質も客層もそれなり、ですね。
今日は特に、身内だけで飲む気分みたいなので」
「……近づかない方が無難か」
「はい」
忠告は、十分だった。
ルーファウスは小さく頷き、それ以上は聞かなかった
「マリナ。すまん。あと一つ……いや、二つ聞かせてくれ。
野営用の道具が一通りそろう店で、どこか勧めはあるか」
「この時期でも、夜歩きや野営を想定した装備なら置いてあります。
《皮革商 バルクス》ですね。
厚手一辺倒じゃない分、春先でも扱いやすい品が多いです」
「時期外れでも?」
「だから、です。今なら余ってます」
マリナらしい答えだった。
「最後に。――香辛料の話だ。胡椒がほしいんだがどこで扱っている?」
何気ない調子で、ついでのように聞く。
マリナは、すぐには答えず、周囲を一度だけ見回してから口を開いた。
「……一般市場に並ぶものではありません」
「そうか……」
「質次第ですが、銀貨で済む話ではありません。
まとまった量、かつ精度が安定していれば――金貨勘定になります」
ルーファウスは、軽く眉を動かしただけで、それ以上表情を変えなかった。
「扱ってる商人は?」
「います。ただし、常に品があるとは限らない。
紹介制か、長い取引が前提です」
「用途があるってことか」
「ええ。料理、薬、保存処理……
どれも代替が利きませんから」
少し間を置いて、マリナは念を押すように付け加える。
「ギルドとしても、持ち込む場合は慎重にお願いしています。
盗難やトラブルが多い品目ですので」
「……参考になった」
それだけ言って、ルーファウスは話を切り上げた。
——やはり、今は出せない。
——だが、価値は疑いようがない。
必要なものは揃った。
後は、歩くだけだ。




