悪役令嬢は聖女と絡む
「――――聖女。話がある。私と来い」
有無を言わせぬ口調だった。
クリームヒルトはブリュンヒルデの腕を掴むと、そのまま教室の外へ連れ出そうとする。
しかし――。
「待て」
その進路を、一人の少年が遮った。
スノッリだ。
「ブリュンヒルデに何の用だ?」
「おやおや~?何か面白いことでもするのかにゃ~?だったら僕も混ぜてほしいなぁ~」
軽薄そうな笑みを浮かべながら、ディートリッヒも立ち上がる。
ふざけた口調とは裏腹に、その立ち位置は明確だった。スノッリと並び、ブリュンヒルデを庇うようにクリームヒルトの前へ立つ。
「…………」
クリームヒルトの目が細められた。
「――私はいつ、貴様らに話しかけた?」
空気が変わった。
「失せろ。有象無象ども」
瞬間――。
圧。
覇者たる者だけが纏う、絶対的な威圧感。目に見えぬ重圧が教室を呑み込み、周囲の生徒たちが一斉に息を呑んだ。
「ぐっ……!」
スノッリの身体が僅かに揺らぎ、思わず一歩後退する。
怖い。
本能が、目の前の女に逆らうなと警鐘を鳴らしている。
それでも――。
「……話があるのなら、まず俺に話せ!」
踏み止まった。
(ブリュンヒルデの手前、ここで引くわけにはいかない……! 俺が彼女を守らなければならないんだ)
その横では、ディートリッヒも額に冷や汗を浮かべていた。それでも一度ブリュンヒルデへ視線を向けると、再びクリームヒルトへ向き直る。
「いやぁ……怖い怖い」
口元には、いつもの飄々とした笑み。だが、その目だけは笑っていない。
「君については、あまり良い噂を聞かないんでねぇ――序列一位のグンテル卿」
そして、クリームヒルトが掴んでいる腕へ視線を落とす。
「ブリュンヒルデちゃんを放してもらおうか?」
「…………」
退くつもりはないらしい。二人の覚悟を察したクリームヒルトは、しばし沈黙した後――ブリュンヒルデの腕を放した。
「感謝することだな」
「……何に?」
「貴様らの生まれが高貴であったことを、だ」
冷たい視線が二人を射抜く。
「そうでなければ、この場で処断していた。」
「…………」
スノッリの頬を、一筋の冷や汗が伝った。
「ベルン、私情は捨てろ。お前はすでにクラキ国民の一人だ。ベルンではない。」
「っ」
クリームヒルトはもう二人には興味がないとばかりに視線を外す。
そして――。
「聖女ブリュンヒルデ」
「……な、何」
「単刀直入に聞く」
僅かな間。
「――貴様の従者に会わせろ」
「…………」
ブリュンヒルデが俯いた。肩が、小刻みに震え始める。
「……?」
クリームヒルトが眉を寄せた、その直後――。
「―――私だって会いたいわよッ!!」
「!?」
突然の絶叫。
教室中の視線が、一斉にブリュンヒルデへ集中した。
「従者ってなに!?」
「…………は?」
「普通、ご主人様と従者って一緒にいるものでしょ!? なのにクラスは別!部屋も別!授業も別!ベルン君との決闘以来、まともに会えてないのよ!?」
「お、おう……」
先ほどまでの威厳はどこへやら。クリームヒルトが若干押される。だが、ブリュンヒルデは止まらない。
「それに!せっかくのピクニックデートだって、ベルン君が代わりに行くことになったからって一緒に行ってくれなかったし!」
ダンッ!
両拳を机に叩きつける。
「私がどれだけ楽しみにしてたと思ってるのよぉぉぉ!!」
「ブ、ブリュンヒルデ……落ち着け」
スノッリが宥めようとする。
しかし――。
「もう限界なの!ジーク不足なの!あぁぁぁぁぁもう!ムラムラするぅぅぅぅぅ!!」
「…………」
教室が静まり返った。
「…………ムラムラ?」
スノッリが目を見開く。
今、聖女が口にしてはいけない単語が聞こえた気がする。
「ぷっ……くくっ……!」
対照的に、ディートリッヒは口元を押さえて肩を震わせていた。
面白くて仕方がないらしい。
クリームヒルトも完全に毒気を抜かれていた。
「…………聖女」
「な、何よぉ……!」
「貴様、もしや――」
少しだけ考えてから。
「従者に嫌われているのか?」
「――――いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫。
「言わないでぇぇぇぇぇぇ!!私が一番気にしてることなのぉぉぉ!!」
ブリュンヒルデは頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。
「ジークくぅぅぅん……会いたいよぉぉぉ……」
周囲の生徒たちは、そんな聖女を冷めた目で眺めている。
『……また聖女様が叫んでるよ』『今日は何?』『従者絡みじゃない?』『ああ……いつものか』
もはや誰も驚いていなかった。
そんな混沌とした教室へ――。
「ん?」
何も知らない一人の少女が戻ってくる。
「クリームヒルト様と聖女が一緒にいるなんて珍しいっすね!」
「……レギンか」
クリームヒルトが振り返る。
「どこへ行っていた?」
「小便っすね~」
「…………」
沈黙。
クリームヒルトは眉間を押さえた。
「レギン」
「はい?」
「慎みを持てと、私はいつも言っているはずだ」
「えぇ~?」
「ここは、ならず者どもが酒を飲んで騒ぐ冒険者ギルドではない。仮にも貴族や王族が集う学び舎だぞ」
「分かってますってぇ」
「分かっている者は『小便』などと言わん」
「…………」
「いつまでも田舎坊主のような振る舞いを続けていると、嫁の貰い手も見つからぬまま領地に引き籠もる、行き遅れた領主の娘のようになるぞ」
「わぁーってますよぉ!!」
レギンが頬を膨らませる。
そして小さく、
「……別に小便くらいで、そこまで言わなくてもいいじゃんか」
「聞こえているぞ」
「うっ……」
「はぁ……」
クリームヒルトは深々と溜息を吐いた。
先ほどまでの緊迫した空気など、もはや欠片も残っていない。
完全に興が削がれてしまった。
「……もういい」
クリームヒルトはブリュンヒルデへ視線を戻す。
「聖女」
「うぅ……ジークくぅん……」
「…………」
まだ泣いている。
「また機会があれば話そう。できれば、その時は貴様の従者も連れてきてほしい」
「……機会があれば……」
ブリュンヒルデが涙目のまま顔を上げる。
そして――。
「っていうか、私だってその『機会』が欲しいのよぉぉぉぉ!!」
「…………」
「ジークに会いたいよぉぉぉぉぉ!!うわぁぁぁぁぁぁん!!」
再び号泣。
クリームヒルトは、何とも言えない表情でその姿を見つめた。
「…………そ、そうか」
流石の彼女も、それ以上かける言葉が見つからない。
「ではレギン。帰るぞ」
「へーい」
レギンを連れ、教室を後にする。
その背後からは、未だブリュンヒルデの泣き声が響いていた。
「ジークくぅぅぅぅぅん!」
「…………」
クリームヒルトは歩きながら、静かに一つの結論を出した。
(……おかしな女だ)
そして――。
(従者がジークかどうか確認でき次第、あの女とはなるべく関わらないようにしよう)
一拍置いて。
(うん。そうしよう)
珍しく、心の底からそう思った。




