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剣帝は王子様に弟子入りする

「やったあああああああ!!げぇぇぇむせっとぉぉぉぉぉぉ!!!」


静まり返っていた闘技場に、場違いなほど能天気な絶叫が響き渡った。


「…………」


ジークが無言で観客席を見上げる。

そこではブリュンヒルデが満面の笑みを浮かべ、両腕をぶんぶんと振り回していた。


「ジークの勝ちぃぃぃぃ!! いええええええい!!」


「…………元気なやつだ。」


先ほどまで白熱とした戦いが繰り広げられていたというのに、緊張感も何もあったものではない。


だが――


「…………強くなりたい」


背後から聞こえた声に、ジークの表情が変わった。


「…………」


振り返る。


そこにはディートリッヒが立っていた。


背中に刻まれた傷は決して浅くない。


呼吸も荒い。


足取りも覚束ない。


それでも彼は剣を杖代わりにすることすらせず、自らの足でジークのもとへ歩いてくる。


一歩。


また一歩。


そして。


「強く……なりたいんだ」


その声には、先ほどまでの傲慢さはなかった。



――ベルンは、小さな国だった。


豊かな土地があるわけでもない。


強大な軍事力があるわけでもない。


大国に囲まれた小国が生き残るには、常に誰かの顔色を窺わなければならなかった。


そして――いつしか限界が訪れた。


『選べ』


クラキ国より遣わされた使者は、玉座の前で淡々と告げた。


『我が国の一部となり、庇護のもとで栄えるか――』


男の口元が僅かに吊り上がる。


『それとも、我々と争うか』


選択肢など、最初から存在しなかった。


戦えば滅びる。


ただ、それだけ。


やがてベルン王は王冠を外した。


「本日をもって、私はベルン国王ではなくなる」


幼いディートリッヒは、父の背中を見つめていた。


「これよりベルンはクラキ国へ併合され、私はベルン領を治める領主となる」


国を守るためだった。


民を守るためだった。


それでも――


父の背中が、酷く小さく見えた。


「…………すまない、息子よ」


「父上?」


「お前には……あまりにも酷な話をしなければならない」


クラキ国が最も恐れていたもの。


それは、旧ベルン王家を旗印とした反乱だった。


故に――


元王子であるディートリッヒの身柄を差し出すよう要求してきた。


名目上は――《使者》。


だが、六歳の子供に使者など務まるはずもない。


(人質だ)


幼い自分にだって、それくらいは理解できた。



クラキ国で与えられたのは、最低限の食事。


最低限の衣服。


そして――最低限の自由。


何処へ行くにも監視がついた。


誰かと話せば内容を確認された。


許可なく城外へ出ることもできない。


元王子だった少年は、まるで罪人のように扱われた。


(…………憎い)


何度そう思っただろう。


クラキ国が憎い。


自分たちを見捨てた世界が憎い。


けれど――


(違う)


ディートリッヒは幼心に理解していた。


(弱かったんだ)


クラキ国が悪いのではない。


奪われるだけの弱さしか持たなかった。


ベルンが――弱かった。


(力さえあれば)


何度も思った。


(力さえあれば――何も奪われなかった)


そして。


運命の日が訪れた。


十歳。


職種適性の選定。


天より告げられた、その職業適性は――


《剣帝》。


「…………え?」


最初は意味が分からなかった。


だが、周囲の大人たちが騒然となったことで理解した。


七英雄にも比肩し得る、最高峰の職種適性。


剣を極めるために生まれた者。


――剣帝。


「…………は」


身体が震えた。


「あは……」


笑いが込み上げる。


「はは…………」


ずっと欲しかったもの。


国を奪われたあの日から。


六歳で人質となったあの日から。


ずっと、ずっと欲しかったもの。


「はははははははは!!」


――力。


「これで……取り戻せる!」


誰にも奪われないための力。


「取り戻せるぞ!」


ベルンを。


父の王冠を。


失った全てを。


「やった……! やったぞ!!」


ディートリッヒは剣を握った。


師はいない。


故に、独学で剣を振るった。


一日。


十日。


百日。


誰よりも剣を振った。


だが――


「…………なんでだ」


期待していたものとは違った。


身体能力は明らかに向上している。


速度。


筋力。


反射神経。


どれも常人とは比較にならない。


しかし――それだけ。


「なんで思うように《剣帝》の力を引き出せないんだッ!」


剣技そのものが、突然与えられるわけではなかった。


焦った。


このままでは国を取り戻せない。


――そのはずだった。


『ま、参った……!』


「…………え?」


初めて参加した試合。


圧勝だった。


次も。


『降参だ!』


その次も。


『ひぃっ! 許してくれぇ!!』


負けない。


誰と戦っても。


何人と戦っても。


圧倒的な身体能力だけで――勝ててしまった。


「あ…………」


ディートリッヒの口元が歪む。


「あは……」


何を悩んでいたのだろう。


「あははははは!!」


剣帝の真価など引き出せなくてもいい。


勝てるのだから。


(自分は強い!)


周囲が弱すぎる。


(自分は――最強なんだ!)


勝利を重ねるたび、その思いは確信へと変わっていった。


この力があれば誰にだって勝てる。


七英雄にだって。


そしていつの日か――


ベルンすら取り戻せる。


そう、信じていた。


――いや。


そう、錯覚していた。


『――速い。パワーもある』


一人の冒険者と戦うまでは。


『七英雄に並ぶポテンシャルがある。それは認めるよ』


ジーク。


職種適性――《冒険家》。


剣帝でもなければ、七英雄でもない。


なのに――


勝てなかった。


何度未来を見ても。


何度剣を振るっても。


その男には届かなかった。


(…………そうか)


地面に倒れながら、ようやく理解した。


(自分は……弱い)


《剣帝》とは何か。


それは単純に、剣を握れば最強になれる職業ではない。


剣の極致。


技の極致。


積み重ねた鍛錬の果てにこそ真価を発揮する、究極の剣士。


だというのに――


(自分には、その『技』がない)


なんという皮肉だろう。


最強の剣士になるための才能を与えられながら。


自分は――剣士として未熟だった。


父より授かった二振りの宝剣。


《エッケザックス》。


《ナーゲルリング》。


(…………父上)


申し訳ない。


こんな体たらくでは。


国の再興など――夢のまた夢だ。


だから。



「…………教えてくれ」


ジークは何も言わない。


ディートリッヒは拳を握り締めた。


悔しい。


惨めだ。


今まで格下だと思っていた男に教えを請うなど、少し前の自分なら死んでも御免だっただろう。


それでも。


――強くなりたい。


その想いだけは、本物だった。


ディートリッヒは深く頭を下げる。


「教えてくれ――――ジーク」


プライドなど。


今は要らない。


「君みたいに――強くなる方法を」


静寂。


返事がない。


やはり虫が良すぎただろうか。


そう思った、その時。


「――ああ」


「…………!」


顔を上げる。


ジークは兜の下で笑っていた。


「構わないよ」


そして右手を差し出す。


「本当か……!?」


「ああ。ただし――」


ジークの表情が、妙に真剣になる。


「条件が一つだけある」


「…………条件?」


ディートリッヒは差し出された手を強く握った。


「何でも言ってくれ」


国を取り戻すためなら。


強くなれるのなら。


どんな過酷な条件でも受け入れる。


地獄のような修行だろうと。


命懸けの戦いだろうと。


「自分にできることなら――何だってする」


「そうか」


ジークは安堵したように頷いた。


そして――


「ブリュンヒルデとのピクニックデート――」


「…………うん?」


「君が代わりに行ってくれ」


「…………」


ディートリッヒの思考が停止した。


「………………は?」


「頼む」


「いや待って!」


「頼む」


「国を取り戻すとか剣帝とか、そういう流れだったよね!?」


その瞬間――


「ジィィィィィィィクゥゥゥゥゥゥン!!」


観客席から、聞き覚えのある絶叫が響き渡った。


二人が恐る恐る振り返る。


そこには――


満面の笑みを浮かべたブリュンヒルデがいた。


「ピクニック!! 楽しみだねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「…………」


ジークフリートが無言でディートリッヒの肩を掴んだ。


そして。


「…………頼んだぞ、弟子くん。」


「え、えぇ!!?」


ディートリッヒ・フォン・ベルン。


後に世界へその名を轟かせる《剣帝》。


彼がこの日初めて知ったのは――


敗北の悔しさでも。


己の未熟さでもない。


世の中には、剣より恐ろしいものがあるということだった。

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