王子様は決闘を申し込まれる
ウルズの泉を望む芝生で、ジークフリートとロキは昼食を広げていた。
「毎日がこんなにも穏やかなら、どれほど救われるだろう。ロキ、お前と過ごすひとときだけが、俺にとって束の間の安息なんだ。」
「友と囲む食卓は格別だからね!当然、断然♪」
ロキは鼻歌交じりにサンドイッチを頬張る。
「追い回されない。抱きつかれない。しつこく付きまとわれない。拉致もされない。命の危険も感じない。……ああ、これだよ。俺が求めていた平穏ってやつは。」
「それって、フラグじゃない?」
その瞬間だった。
「やぁ、従者くん。」
「……。」
ジークは空を仰いだ。
現実とは、かくも残酷である。
顔を覗かせたのは上半身を揺らしながらニコニコと笑みを崩さない、元ベルン王国の王子。
『剣帝』ディートリッヒ・フォン・ベルンだった。
「お昼中に邪魔してごめんね。」
「あぁ。かなり平和な時間を邪魔しているよ。それに君は『α』組だろう。わざわざ『ζ』組の俺たちに何のようだ?」
「クラスが別でもいいじゃない、仲良くしてくれてもさ♪」
ディートリッヒは笑いながらジークの前へ腰を下ろす。
「今日はお願いがあってね。」
「断る。」
「まだ何も言ってないよ!?」
「どうせ碌でもないことなんだろ?」
「正解♪」
「自分のクラスに帰ってくれ!」
ディートリッヒはどこからともなく一枚の紙を取り出した。
「じゃーん!」
「……何だそれ。」
「ブリュンヒルデちゃんとのピクニック券♪」
「は?」
「うんうん♪」
ディートリッヒは得意げに胸を張る。
「この前誘ったらね、『それ……いいかも!』って返事を貰ったんだ。だけど君もお察しの通りそう叫ぶと教室を飛び出して君に突撃してた。」
「思い出したくない記憶だな。」
「まぁ、ピクニックの券がうやむやになったからね、僕が正式なピクニック券を作ってみたって訳だぁ♪」
羊皮紙には達筆で、
『ブリュンヒルデちゃんとのピクニック参加権』
と書かれている。
しかも下には可愛らしい花のイラストまで添えてある。
「そこで♪」
ディートリッヒはニヤリと笑う。
「僕は君と決闘がしたい!」
「なんでそうなるんだよ!嫌だよ!」
「勝った方が、この券を使える♪」
「いらない。」
「え?」
「いらん。」
「えぇぇぇ!?」
ディートリッヒは立ち上がった。
「ブリュンヒルデちゃんと二人きりだよ!?」
「どうぞお好きに。」
ジークの意外な反応にディートリッヒは腕を組み、難しい顔をする。
「困ったなぁ……。」
「何も困ることはないだろう。普通にブリュンヒルデを誘ってピクニックに行けばいいじゃないか。」
「うーん、決闘をして勝ったって事実がないと彼女は僕とピクニックに行ってくれないと思うんだよね?」
「俺の負けでいいからピクニックに行っておいで。」
「本当かい!言質は取ったよ!」
その時だった。
「ジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィクくーーーーーーーん♡」
「……。」
「……。」
「……来た。」
三人同時に振り向く。
地面を砕かんばかりの勢いでブリュンヒルデが一直線に突っ込んでくる。
「ジークくぅぅぅぅぅぅぅん!!」
ドゴォォォン!!
飛びつく勢いそのままに、ジークは芝生へ押し倒された。
「ぐはぁっ!」
「会いたかったぁ♡」
「朝も会った!」
「ぜんぜん会ってないもん!!」
ジークはブリュンヒルデの拘束を振り解き、立ち上がる。
「やぁ、ブリュンヒルデちゃん!」
「あ、あ〜、君は確かベルン君だったよね?」
ディートリッヒはにやにやしながら羊皮紙を掲げた。
「ブリュンヒルデちゃん!」
「は、はぁい!!」
いきなり叫ばれたことで身体をビクリとさせるブリュンヒルデ。
「これ覚えてる?」
ブリュンヒルデは券を見る。
「あっ。」
「ピクニックの約束。」
「うん。」
「でも今はジークくんとお話し中♡」
「そのジークくんを賭けてもらう。」
「……へ?」
ブリュンヒルデの笑顔が固まった。
「決闘に勝った方が、この券を使う。」
「つまり?」
「僕が勝てばブリュンヒルデとピクニック。」
「ジークくんが勝てば?」
「僕とのピクニック券さ♪」
ジークは即答する。
「いらねーよ!!」
「待って。」
ブリュンヒルデが笑顔で肩を掴んでくる。
「ジークくん♪」
「何でしょう、聖女さま。」
「勝って♡」
「嫌です。」
「勝って♡」
「断ります。」
「勝ってぇ♡」
「辞退します。」
「勝って。」
「拒絶します。」
「勝って。」
「危険します。」
「勝って。」
「許して下さい。」
完全に壊れた蓄音機である。
そして。
ブリュンヒルデはとても優しい笑顔を魅せる。
しかし、その背後には黒いオーラが渦巻いていた。
「……もし負けたら。」
ゴゴゴゴゴ……。
「ジークくんの四肢を破壊してから拉致監禁します。その後は分かりますね。ブリュンヒルデとジークくんは大人な関係になります。それが嫌であれば、決闘を受けなさい。」
ズガァァァン!!
拳が地面にめり込む。
中庭の石畳が蜘蛛の巣状に砕け散った。
「……。」
ジークは砕けた地面を見た。
次に、ロキを見た。
そしてブリュンヒルデを見る。
「…………。」
「ジークくん♡」
「…………。」
「受けるよね?」
「…………はい。」
その瞬間。
ディートリッヒは満面の笑みで拳を突き上げた。
「交渉成立!!」
ロキはサンドイッチをかじりながら、ぽつりと呟く。
「くく、この学園は暇をしないね♪」




