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師匠は追い掛ける

「…………は?」


国からの依頼を急ぎ片付け、ようやくバルドル領へ帰還したエル・ミアを待ち受けていたのは、あまりにも残酷な報せだった。


「……もう一度、説明してくれるかな。」


屋敷に仕える使用人の一人へ、静かな声で問い返す。


「ジーク様は、七英雄が一角――聖女ブリュンヒルデ様に伴われ、ヴァルハラ学園へ向かわれました。」


その言葉を聞いた瞬間、エル・ミアの膝から力が抜けた。


そのまま床へ崩れ落ちる。


ヴァルハラ学園。


あの学園へ入学してしまえば、卒業までの三年間、原則としてウルズの泉の外へ出ることはできない。


「……は、はは。」


乾いた笑いが漏れる。


「私の許可もなく、勝手に出て行くなんてね。」


胸の奥底から、じわりと怒りが湧き上がってくる。


「…………旅支度だ。」


使用人たちへ鋭く命じる。


「すぐに荷馬車を用意しろ。」


「かしこまりました!」


使用人たちは慌ただしく駆け出していく。


「冒険者稼業は、しばらく休業だ。」


今は呑気に依頼をこなしている場合ではない。


弟子であるジークフリートの素性が露見すれば、この世界の均衡すら揺るぎかねない。


(とはいえ、生徒として学園へ潜り込むのは……)


エル・ミアは腕を組み、深くため息をつく。


(三百歳のアルフヘイム人が、生徒として教えを受けるなど……さすがに私の矜持が許さない。)


百八十歳ほどであれば、生徒として紛れ込むこともできただろう。そんな馬鹿げたことを考え、自嘲気味に苦笑する。


「エル・ミア様。ご準備が整いました。」


使用人の報告に、彼女は静かに頷く。


「そうか。ならば、出立の時だ。」


ようやく帰還したばかりの屋敷ではある。


しかし、弟子がいない以上、この場所へ留まる理由などどこにもない。師とは、常に弟子を導く存在である。


そして弟子とは、師を敬い、その背を追い続ける存在であるべきだ。


「私以外の者から教えを乞うなど……許されることではない。」


その声には、静かな執着が滲んでいた。


「さあ――教鞭を執りに行こうじゃないか。」


ジークフリートが、自分以外の誰かから剣を学ぶ。


その光景を想像しただけで、胸の内に黒い感情が渦巻く。


使用人は目を丸くした。


「教鞭を執られる……ということは、ヴァルハラ学園で教師になられるおつもりですか?」


「ああ、その通りだ。」


エル・ミアは不敵に微笑む。


「馬鹿弟子が、私を待っているからな。」


実のところ、ヴァルハラ学園には既に急ぎの書状を送ってある。


「あの学園で一級講師を務める男とは昔馴染みでね。」


懐かしむように目を細める。


「彼は私に大きな恩がある。私の頼みを無下にすることなど、決してできないさ。」


その男も、かつてはエル・ミアと肩を並べ、S級冒険者として名を轟かせた歴戦の英雄だった。


「……どれほどの期間、ご滞在なさるおつもりで?」


使用人の問いに、エル・ミアはゆっくりと口角を吊り上げる。


その笑みは、どこか狂気すら孕んでいた。


「――ジークフリートが卒業する、その日まで。」


その宣言とともに、荷馬車は静かにバルドル領を後にする。


師が弟子を取り戻すための、新たな旅が幕を開けようとしていた。

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