剣帝は自己紹介する
「今日もいい天気だなぁ~」
「天気は呑気、気分は陽気~♪」
昼休み。
道化師ロキと冒険家ジークは、世界樹ユグドラシルとウルズの泉を望む草原で昼食を取っていた。
穏やかな風が吹き抜け、小鳥のさえずりが耳に心地よい。
絶景を眺めながら食べる昼食は、いつも以上に美味しく感じられた。
――その平穏は、一瞬で終わる。
「ジイイイイイイイイイイイィィィィィィィィクくぅぅぅぅぅぅんッ!!!」
耳をつんざくような叫び声が学園中へ響き渡る。
「……幻聴だ」
ジークは即座に両耳を塞ぎ、現実から目を逸らした。
「ジーク、呼ばれてるよ?」
「聞こえない。俺は何も聞こえない。」
必死の現実逃避。
しかし、その抵抗は一秒ともたなかった。
次の瞬間。
「えいっ♪」
「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!!?」
背後からブリュンヒルデの見事なバックドロップが炸裂し、ジークは勢いよく地面へ叩きつけられる。
「な、何をするだぁぁぁぁっ!!」
抗議しようと体を起こした、その刹那。
「にがぁさなぁい♪」
肩を極められ、そのまま腕関節まで完全に制圧されてしまった。
「っ……!」
ブリュンヒルデの瞳には影が差している。
その笑顔が、逆に恐ろしい。
「は、離れろぉぉぉぉぉ!!」
全身の力を振り絞って暴れる。
だが、拘束はびくともしない。
「行こうよ」「行こうよ」「行こうよ」「行こうよ」「行こうよ」「行こうよ」「行こうよ」「行こうよ」「行こうよ」「行こうよ」
感情を抑えた声で、同じ言葉だけを延々と繰り返す。
そのたびに拘束は少しずつ強くなっていく。
(くっ……!この聖女……基礎能力が開花して、まだ一週間も経ってないんだぞ!?)
ジークは助けを求めるように周囲を見回した。
すると、ロキ以外にも二人の人影が立っていることに気付く。
「ふっ、実にいい眺めではないか、聖女の従者。」
冷ややかな声。
「せいぜい苦しみ、もがくがいい!」
まるで悪役そのものの台詞だった。
ジークが睨み返す。
そこに立っていたのは、宰相の適性を持つ少年――スノッリ・ストゥルルソン。勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
しかし。
「……ちっ。羨ましい」
ぼそりと漏れた本音。
ブリュンヒルデがジークへぴったりと密着している光景を見た瞬間、スノッリは露骨に舌打ちをした。
嫉妬である。
「さ、才女よ、聖女!」
ロキが慌てて二人の間へ飛び込む。
「親友が困っている!離せば咎めぬ!話せば咎めぬ!解放と自由!友情と情愛をぉぉぉ!!」
叫びながらブリュンヒルデの腕を引っ張る。
しかし。
「ぬぅぅぅぅぅ……!」
微動だにしない。
聖女の膂力は、すでに人間離れしていた。
「……うん、無理っぽい。」
ロキは肩を落とし、とぼとぼと後退する。
その背中には、言葉では言い表せない哀愁が漂っていた。
「はぁ……」
ジークは深くため息をつく。
「ロキ、そんなに落ち込むな。お前が弱いんじゃない。この聖女がおかしいだけだ。」
言いながら器用に寝技を外し、自由を取り戻す。
そして――。
パチン。
「いたっ!?」
ブリュンヒルデのおでこへ軽くデコピンを入れた。
「少しは加減しろ」
「えへへ♪」
怒られたはずなのに、ブリュンヒルデは嬉しそうに額をさすっている。どうやら反省する気はまるでないらしい。
「へぇ~」
その様子を眺めていた緑髪の青年が、スノッリの背後からひょこっと顔を覗かせた。
「君がブリュンヒルデちゃんの従者なんだ☆」
「君は――」
「ああ、ごめんごめん。自己紹介がまだだったね!」
青年は人懐っこく笑う。
「僕はディートリッヒ・フォン・ベルン。滅びたベルン王国の王子で、近代最強の剣士――『剣帝』なんて呼ばれているよ。」
どこか芝居がかった口調。
「同情はいらない。そのうちクラキ国も、他の大国も、同情なんてしていられないくらい大打撃を受けることになるだろうからね、ふふふ。」
意味深に笑うと、彼は視線をジークへ向けた。
「それにしても驚いたなぁ〜。さっきの拘束を抜け出すなんて、どこであんな技術を身につけたんだい?」
ジークは肩をすくめる。
「冒険者だからな。旅をしてれば、いろいろ経験はする。」
「へぇ……」
ディートリッヒは興味深そうに目を細めた。
(冒険者……βクラスには確か、【冒険王】の職業適性を持つS級冒険者がいた気がする。ふふ、僕たちの世代は豊作だね♪)
意味ありげな笑みを浮かべながら、ディートリッヒは静かにジークを観察し続けていた。
「これから宜しくね、ジークくぅん♪」




