第96話
ムスタファ帝国のブルーミという町はいたって普通の場所にある町です。
その他の町から街道が続いていて、そこを外れると短い草が生えている草原が。ひざ丈から腰、胸くらいまでの高さの草原もあるので、それに比べたらブルーミの周辺は人間にとって暮らしやすいのでしょう。
草を刈った方が魔物が潜むこともありませんが、刈るのにも危険が付きまとい、定期的に駆らなければならないので多くの町では放置されています。
気候の安定した場所では草原と森、後は多少の岩場があるのがこの世界の常です。
ブルーミは谷の中頃にある町で、山の方と底の方とでも印象が変わります。
森が山側にあるのでワタクシはそちらへ足を向けました。
山は木々に覆われ、街道もそちらの方は通っていないので山頂まで行くと人の気配はなくなります。誰かが潜んでいるならその辺りでしょう。
林と森の境界はわかりませんが、少なくともここは森と言って差し支えないでしょう。木々が途切れることなく山に続き、そのまま広がっているのです。町一つ入ってもまだ余りそうなほどの広さです。
ここから件のドライアドを見つけるのは骨が折れそうですが、
「なんとかなるでしょう」
ドライアドと共に暮らしているトレントはあまり動き回るタイプの魔物ではなく、それに合わせてドライアドも一定の範囲から離れることは滅多にありません。
人が何人も襲われているとの話ですから、人が立ち入れる範囲にいることは確かです。
しかし細い道を進んでもドライアドどころか獣の一匹も現れず、いよいよその道まで消えてしまいました。今は獣道らしき物をなんとか進んでいるだけです。
それでも進まないことにはドライアドが見つかるはずもありません。とにかく森を奥へ奥へと進んで行きます。
すると、
「あら、人間の子供?」
ドライアドが現れました。
上から声をかけられそちらを振り向くと、木の枝に緑色の肌をした少女が腰掛けていました。手や下半身はツタのようになっていて腰掛けている枝と同化しており、髪の毛も植物とそう変わりないので、向こうから声をかけられなければ気づかなかったでしょう。
よくよく見てみれば、ドライアドが腰掛けている木もトレントでした。気怠げな目でワタクシを見ていました。
背中の大剣に手をかけると、
「あぁ! 待って待って、私はなにもしないから! 人間がここまで来るのなんて滅多にないから声をかけちゃっただけなのよ!」
慌てて弁明していますが、その言葉に嘘はなさそうでした。
本当にワタクシを襲う気であれば後ろからそのまま襲い掛かったでしょうし、信用しても構わないでしょう。
念のために大剣から手は離しません。それでもドライアドは敵意がなくなったのを感じたのか、胸を撫で下ろしたようでした。
「人間はここまで来ない、とおっしゃいましたよね?」
「そうね。こんな奥深くまで来てもなにもないし。……でも最近は違うかしら?」
「と、言いますと?」
「良く人間を見かけるようになったって友達が言ってたわ。住処を移さなきゃいけないようになるなら面倒なんだけど」
人間が生活の範囲を広げて他の生き物が割を食うのは、どこの世界でも変わらないのかもしれません。
特に魔物なんて、例え害を為すような魔物でなくてもいない方が良いと考える人の方が多いでしょう。
少し同情してしまいます。
「冒険者ですかね。あなたに言うのもアレですが最近、人を襲うドライアドを討伐して欲しいと依頼が出ていましたわ」
「ああ、それならもう倒されたわよ。一週間くらい前かしら。その子の声を聞かなくなったもの」
「な!?」
ドライアドが倒されていたこと自体はそれほど驚くことでもありませんが、一週間も前に倒されたのに依頼書がまだ張り出されていたのはおかしな話です。
ギルドの怠慢であれば抗議しなくてはいけません。
しかし職員の様子を見るに、ギルドも件のドライアドが倒されたことは把握していなさそうでした。
冒険者がたまたま町へ来る過程で襲われて撃退したのでしょうか。それとも別のドライアドが倒されたのか。
「人を襲うドライアドは一体だけだったんですか?」
「そのはずよ。一体だけでもうるさいんだから二体も三体もいたら気づくわ」
「なるほど……」
ドライアド同士がどのようにやり取りをしているのかはわかりませんが、人を襲う個体が一体だけなのは信じられる情報でしょう。
山の方にはなにもないはずなので冒険者が目的もなく訪れるというのも考えにくいことです。それでも、暴れるドライアドがもう一体いた、というよりは余程納得できる答えではあります。
しかしそれよりも納得できそうな答えはあります。むしろそちらを望んでいます。
「そのドライアド……誰が倒したかわかりますか?」
「さぁ。流石にそこまではわからないわ」
当てが外れてガッカリです。
そのまま別れを告げて、ギルドに文句を言いに行こうと思いましたがドライアドがふと、
「人が暮らしている場所があるみたいだわ。そこの人達かはわからないけど行ってみたら?」
そうやら、この依頼を受けたのは間違いではなかったようです。
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