第94話
ワタクシ自身が平民であるのは事実で、この言葉遣いもキャラ作りで完璧とは思っていません。
しかし自覚していても、指摘されると恥ずかしいものです。
例えるなら、高級腕時計をしている人の前でワタクシは百円かそこらの腕時計をしているようなものです。
そのちょっとした隙が致命的でした。
フィリアの作りだした水の壁を切り裂くも、やはりそこにフィリアはいません。
迫る気配を感じ取り頭を下げると、そこを空気を切り裂く感覚が。見ると、男の足がそこを通り過ぎた後でした。瞬間、水の壁が消え、そこに魔法陣が浮かび上がっていました。槍のように突き出て来た水流を横に躱します。
後ろに距離を取って見ると、執事然とした男がフィリアを守るように立っていました。
「危険ですので陛下は下がっていてください」
「つれないことを言うのねルークス。ドワーフをこの手で殺せる機会なんてそうそうないのだから私にも手伝わせて」
執事然とした男――ルークスとワタクシのため息が重なりました。
ワタクシの方は、ドワーフではないと言ったのにやはり勘違いされるのですね、という諦めのため息。ルークスの方は、お転婆で過激な女王様の様子に悲しんでいるのでしょう。
フィリアはベッドのそばに置いてあるタンスの中から、ステッキを取り出しました。短めのステッキで、先に魔石が取り付けられています。
魔法を使っていたフィリアですから、その発動を補助する類の道具でしょう。
隙だらけな行動でしたが、ルークスが目を光らせていたせいでワタクシは一歩も動けませんでした。
ダンダほどではありませんが、油断できない相手です。
一騎当千が夢ではないこの世界において、ダンダとルークスの二人を擁するこのヨーデルヒン王国が脅威であることは間違いありません。
その元首の思想が偏っているのですから、誰もが頭を抱えるでしょう。
唐突にルークスが、首に下げていたホイッスルを吹き鳴らしました。耳を塞ぎたくなるような大音量です。
そこでなにかが起きるわけでもありませんでしたが、一分と経たずして部屋の外がにわかに騒がしくなりました。
「なるほど……!」
なにをしたのかと思いましたが、増援を呼んだようです。
ここは敵地。最初に増援を呼ばれないようにフィリアと対峙したはずなのに結局呼ばれてしまう。グダグダな自分に腹が立ちます。
部屋にあった適当なタンスやドレッサーを扉の方に投げつけます。三つ目を投げてバリケードを作ったところで、ようやくルークスが飛び掛かって来ました。
武器を持っていませんが、そのパンチも蹴りも食らったらひとたまりもないでしょう。
「ずいぶん遅かったですわね」
投げつけている間は隙ですし、味方が中に入れなくなるのですぐに止めに入るかと思っていました。
「なにをしているかわからなかったからな」
「なるほど」
足を刈り取るようなローキックを跳んで躱し、放たれた拳は両手で受け止めてそのまま後ろへ跳びます。が、すぐに壁に突き当たりました。瞬間、背中にざわつくような感覚があり、横に避けるとそこから水流が放たれました。
避け損ねた左腕が弾かれます。
ただの水とは言え、岩をも穿ちかねない勢いです。
ステッキはやはり魔法の発動を補助しているようで、発動される速度も魔法の威力も格段に上がっていました。
扉の方から時折鈍い音が響き、バリケードもいつ突破されるかもわかりません。
しかし戦ってみて初めて部屋の狭さを感じます。普通に暮らす分には広いのでしょうが戦う分には当たり前ですが物足りません。
大剣を取り出し、壁を蹴ってルークスへ切りかかりますが、受け止められ、反撃をなんとか躱します。そしてルークスの蹴りを大剣の腹で受け止め、支えにして横から蹴りかかりますがそれも避けられてしまいました。
「ルークス! なにをしているの! 早くそいつを倒しなさい!」
フィリアは要所要所で魔法を発動しているだけですが、半分以上は見当違いのタイミングで、戦闘慣れしていないのが丸わかりです。
それでも威勢だけは立派でした。
「あんな女王様に仕える必要はないのでは?」
「考え方に共感はできずとも仕事ですので」
「私はルークスが普通にドワーフと会話できる方が信じられないわ」
「立派ですわね」
諦めたような物悲しい表情でした。
ルークスは亜人に対して特別偏ってはいないようですが、仕事に殉じているのでしょう。
同情しますがワタクシも仕事。立ち塞がるのであれば排除するしかありません。
繰り出されるパンチを大剣で防ぎ、そのまま叩きつけます。身体強化の魔法を発動したのでこれまで通り受け止めることはできないでしょう。
予想通り横に避けたルークスを追い、大剣を手放した両の拳をそのまま腹へ。
短期決戦が吉と、魔力はケチりません。大剣を叩きつけるのにも、ルークスを追うのにも、そして腹へ拳を放つのにもいつも以上の魔力を注ぎ込みました。
鈍い音が響き、ワタクシの手には軽い手応えが。そして――意識の中では――一拍遅れてルークスが吹っ飛んでいきました。
「ルークス!?」
不幸にも、ルークスが飛んで行った先にはワタクシの築いたバリケードが。
ただの壁や床なら平面でしたが、いくつかの家具が積み重なったそこはタンスの角なんかが凶器にも変わります。
死にはしないでしょうがただでも済まないでしょう。
そして、盾でもあったルークスがやられ、それに気を取られて致命的な隙を見せたフィリア。ただでさえ戦闘には慣れていない彼女を殺すのは簡単でした。
戦った相手の規模がこれまでで最大だったので、その後のことが気になってしばらく動静を見守っていました。
国のトップが殺されたことでヨーデルヒン王国内はバタバタとし、他国を攻めている余裕はなくなりました。フィリアがまだ若く、結婚もしていなくて更に一人っ子だったのもそれに拍車をかけたのでしょう。
さて、誰が後を継ぐのか。
ゴグドグ王国に侵攻していた部隊も、撤退の命令が出されるよりも前に現場の判断で準備を進めていたので、非常にスムーズなものでした。
攻められていたことにゴグドグ王国も気づいておらず、ヨーデルヒン王国も今回のことを表立って発表していないので、表面上はなにも起きていないことになっていました。
この章完結!そして次章が最終章となりますのでお楽しみに!




