第92話
夜になりました。
首都ということもあってそこそこの活気のあった町でしたが、夜になるとそれは一変して、ほとんど人通りはなくなりました。
家々の灯りは点いているので夜が早いということもないのでしょうが、酒場なんかは開いていないようです。女将に聞いた話では、王宮からの御触れで娯楽にはいくらか制限がかけられているようです。
ヨーデルヒン王国は財政が逼迫しているとは思いませんが、締められるところは締めているのでしょうか。
ワタクシにとって人目がないのは好都合ですが。
王宮にもまだ灯りが点いており、首都まで敵が侵攻しているわけでもないのでいわゆる灯火管制は行われていないようです。
もしかすると王宮のあの灯りは、ゴグドグ王国を攻めていたダンダが死んだという報告を受けて会議をしているのかもしれません。
窓から外に出て、屋根に上がります。
なにをしているのであれ、ワタクシのやることに変わりはありません。
もう少し遅い時間まで待っても良いのですが、善は急げと言います。ただ単に、待っているのが退屈なだけですが。
隠密を発動していても足音を消せるわけではないので、慎重に進みます。
しかし姿を消しているのとほとんど変わらず、すぐに王宮の目の前へ。そして見張りの兵士に気づかれることもなく王宮の中へと入り込めました。
王宮と言うだけあって中はものすごく豪華です。
十人が横に並んでも歩けそうな広い廊下。そこに敷かれたふかふかの絨毯。壁に掛けられたいくつもの絵画に、並べられたいくつもの芸術品。まるで美術館のようで、ここを見て回るだけでも一日はかかりそうです。
しかし異様なのが、壁に掛けられた絵のすべてが、ヒト種のみ描かれているか、ヒト種が亜人種を迫害しているような物ばかりでした。
国の中枢であるはずなのに信じがたい光景です。
ある種の圧倒感があり、それと同じくらいの息苦しさがありました。
亜人排斥主義者にとってはこれが当たり前の光景で、亜人の芸術家なんて認められないのでしょう。
同じ人間であるはずなのに、まったく別の生き物のように思えて来ました。
とは言えワタクシのやることにはなんの変わりもありません。この王宮でフィリアを見つけ、魔剣ムスニアで殺すだけです。
しかし歩いていてもそれらしい部屋は見つかりません。
誰も使っていないであろう部屋は扉が開け放たれていてそれは嬉しいのですが、ピッチリと閉じた扉からは、中でなにをしているのか、どんな話し合いをしているのか。そんなことは少しもわかりませんでした。
正方形に近い形をしているこのヨーデルヒン王宮は三階建てです。
一階が政の場として使われ、碁盤の目のように廊下があり、九つの部屋があります。サイコロの目で九があればあの並びと同じでしょうか。その内の五つが使われています。
グルっと外周に沿った廊下があり、個々の部屋には――息が詰まりそうですが――窓がなく中の様子も窺えません。
二階、三階もこの調子では、フィリアを探すことはできないでしょう。
部屋の中に籠っていても、窓かなにかで覗けると思っていただけに、出鼻を挫かれた思いです。これなら、夕食よりも前の時間に忍び込んで、食堂を探した方が早かったかもしれません。
しかしそれを今更言ったところでなにができるわけでもありません。
宿屋に帰ってまた明日、というのもアレですし、どうにかしてフィリアを探すことにしましょう。
とは言えできることは限られています。
ワタクシの入った入口から見て一列目の右端。ちょうど近くにいたのでこの部屋から中を窺うことにします。
隙間の見えないほどしっかり閉じた木製の扉。どっしりと重厚で、どれだけの厚さがあるかはわかりませんが開けるのも大変そうです。
その扉に耳を当て、魔力を一気に集中させます。
ひんやりとした木の感触の奥へ奥へ。部屋の中のあらゆる音を聞き逃さないように集中します。
最初はなにか音がするな、程度。それが段々とハッキリした音に変わり、ボソボソと。そしてちゃんとした会話になっていきました。
話している内容の隅から隅まで聞き取れたわけではありませんが、この中にフィリアはいないようです。会話をしているのが数人の男だけで、まさかずっと黙っているわけでもないでしょう。
念のためにもう少し聞き、フィリアはいないと確信してようやく耳を離します。
しかしこの方法は下手に戦うよりも精神をすり減らしそうです。
戦っている時の身体強化は、多少は大雑把でも問題ありませんが、今回は極限まで耳を澄まさないと聞き取れません。耳以外の部分に回す余計な魔力はないのです。
それでもこの方法以外に良い手も思いつきませんので、気力の続く限りはこれでいきましょう。
そうして地道に探して三つ目の部屋に耳をそばだてていた時です。
「そこにいるのは誰だ!」
思わず飛び上がってしまうかと思いました。
誰何の声がワタクシに向けられているのは確かです。
急に声をかけられて驚いたのもありますがなにより、中の音を聞くために聴力を強化していたのでいつも以上に大声に聞こえていたのです。
ピッタリと扉に耳をつけていたのが幸いです。
驚きはしましたが、声をかけられた瞬間のワタクシの行動は本当に一瞬でした。
耳に集中させていた魔力を瞬時に足に振り分け、その間に確認していた警備の兵士の下へと一瞬で寄ります。そして後ろに回って首を一捻りにしようとして、止めます。
止めるのが間に合ったお陰で兵士は「ぐぎゅぇ」と妙な声を上げるだけで済みました。
「フィリア女王がどこにいるか知っていますか?」
「誰が侵入者に……!」
「知っているようで良かったです」
少しだけ腕に力を込めます。
他の警備の兵士はまだまだ来なさそうです。
「このまま殺しても良いですが折角ですのでゴグドグ王国に連れて行きましょうか? あなた方にとってはドワーフの国でドワーフと同じご飯を食べ、ドワーフと同じ空気を吸うのはどんな気持ちでしょうか。
そうでなくとも攻めて来ている国の兵士ですからね。その情報と一緒にあなたを渡せばどういう扱いをされるか……」
腕の中の兵士がガタガタと震え始めました。
まさかとは思いますが、きっと捕虜として敵国に連れて行かれるのを恐れているのでしょう。亜人排斥主義の国を亜人の国がどう思っているのかは想像できます。
とりあえず、この兵士は職務に対するプライドと自身の未来を秤にかけ、自身の未来を取れる程度には利口でした。
プライドなんかは犬にでも食わせてやれば良いのです。
兵士の首を絞め上げ、そこら辺の空いていた部屋に投げ込んでおきます。
それでは、フィリアがいる三階に向かうとしましょう。
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とりあえず年内の更新はこれで終わり、来週いっぱいはお休みします。
まさかここまで続くとは思ってもいませんでしたが、ほとんどラストの方なのでもうすぐ完結します。お楽しみに!
では良いお年を。




