第86話
日もすっかり沈むと、誰も訪れていない鉱山はすっかり暗くなり、月明かり以外には光源のない真っ暗闇です。
こういう時間は人間ではなく魔物の時間です。
そんな闇の中で、ヨーデルヒン王国軍前線基地に焚かれているかがり火だけが煌々と輝いていました。
遠くからでもそこに誰かいるのはわかりますが、そこら辺の魔物では一国の軍隊をどうこうできるはずもないでしょう。
数百人規模の基地ともなればそれなりの大きさで、かがり火の数からもそれがわかります。
数十個の灯りがあり、山脈の麓の一帯を占拠しています。
「ダンダはどこにいるでしょうか……」
双眼鏡を覗いて今回のターゲットの姿を探します。
わかりやすく外をウロついているはずもなく、そうであればこの闇の中、ちょっとした灯りだけで探すのは無茶です。
なのでダンダが休んでいそうなテントを探しています。
司令官が休むテントであればそれなりにちゃんとしたテントでしょう。もしかしたら作戦本部的な、大きなテントで休んでいるかもしれません。
司令官と言えどわざわざ一人のために特別なテントを用意するのが非効率と、他の兵士と同じような物を使っているかもしれません。そうだとしても、警備の兵士が何人か控えているはずです。
「ありましたわ……!」
見つけたのは、他の兵士が寝泊りしているであろうテントと同じ物ですが、二つを繋げた大きなテントでした。そこの出入り口に、左右に二人の兵士が武器を持って立っています。
他の兵士達は武器を持っていませんが、その二人だけが持っているので確実でしょう。
「では行きますか」
隠密を使って忍び寄るのが最善なのでしょう。
しかし今のワタクシの気分はそうではありません。
ガントレットの調子を確かめ、ブーツの紐をキッチリ結び直します。これから軍隊の基地に飛び込むのですからこれくらいは当たり前です。
一人一人は大して強くないのでしょう。ヒュドラはもちろん、装備を整えているとは言え数人でようやくゴーレムとどっこいどっこいでしょうか。
しかし相手は数百人。その基地に飛び込めば一気に囲まれてしまうので、覚悟は必要です。
そんな時に身に着けている物に不具合が起きては大変です。
ガントレットとブーツをもう一度確認し、四次元ポケットから大剣と魔剣ムスニアを取り出します。
「今度こそ行きましょう!」
山の斜面を駆け下ります。
瞬く間にトップスピードへ。まさに風を切るほどのスピードです。
顔が風を受け、目を開けるのも辛いほど。足元を転がっている石にも躓かないように注意を払いつつ駆けます。
そして十分にスピードに乗った時、踏み切りました。
忍び足なんて考えてもいない駆け足でしたが、前線基地からワタクシが潜んでいた場所は相当離れているので気づかれていないでしょう。
まだまだ距離はありますが、グングン飛距離は伸びていきます。身体強化の魔法を使わずにこれですから、一度、ちゃんとした条件で走り幅跳びをやってみたいものです。
どんどん飛び、少しずつ高さも落ちていきました。
これから軍基地のど真ん中に文字通り飛び込もうとしているというのに、少し面白いと感じているワタクシはどこか変わっているのでしょうか。やはり、スリットの影響を少しばかり受けているのかもしれません。
ワタクシも心のどこかでは戦闘好きな一面があるのかもしれません。
その証拠に、これから着地しようとしている場所に兵士が一人いますが、そのことをまったく気にもかけていません。このままだと彼が死んでしまうにも関わらず、です。
その寸前になってようやく彼はワタクシが落ちて来たことに気づきましたが、その時にはもう遅いです。体格差はあれど、落下の勢いのまま大剣で潰されてしまいました。
いよいよ、戦いの始まりです。
「なんだお前は!」
「どこから入って来た!?」
突然の侵入者に対して兵士達の動きは非常に素早いです。
仲間が一人殺されたのですから、ワタクシが敵であることは間違いないでしょう。それをその場にいた数人で囲い、その輪はすぐに厚くなりました。
リラックスしていたのか武器は持っておらず、鎧も着ていませんでしたが、それで怯むような兵士達ではないようです。
「あなた方に用はありません。ダンダ・アリギリ殿に会わせていただければあなた方に手を出すことはありませんよ?」
「馬鹿なことを言うな!」
「お前こそ武器を捨てて投降しろ!」
「今なら寛大な処置で勘弁してやる!」
いつの間にか片手では数えきれないほどの人数です。これだけ集まれば、一人一言だけでもうるさく感じます。
しかし、やはり侵入者を大人しく見逃すような人達ではありません。
しかも狙いが司令官ともなれば、彼らの反応も当然のものでしょう。いくらなんでも自分達の司令官を見殺しにするはずがありません。
そう思っていたのですが、どうやら向こうの事情は違っていたようです。
「ドワーフ風情がノコノコとこんな所まで……」
「人間様を舐めているんだろうな」
どうやらワタクシをドワーフだと思っている様子。
見た目は子供ですから、ヒト種の子供が攻めて来たと考えるよりはドワーフと考えるのが自然でしょう。
「いやはや……。少し同情しますわ」
先遣隊に選ばれるくらいですからそれなりに士気も高い部隊なのでしょう。その士気が差別意識から来ているとすれば、少し哀れです。
ワタクシとしてはヒト種と亜人との確執に興味はないのですが、一つ言えることは、差別意識を持っていて得することはないでしょう。
しかしワタクシをドワーフと思い、彼らが亜人排斥主義であれば、投降はなくなりました。
元からする気はありませんがなにをされるかわかったものではありません。
ちょうど、彼らにも武器が揃いました。
「では、覚悟してくださいませ」




