第85話
ズシンズシンと地響きを轟かせながら近づいて来たのは岩の塊でした。
ゴツゴツとした岩の塊からこちらもゴツゴツとした手足が伸びていて、ちゃんと見ると小さな目があるのがわかります。ワタクシの三倍くらいの大きさ。見上げるほどです。
「ゴーレムですか。鉱山らしいと言えば鉱山らしい魔物ですわね」
人形などの人工物に魔法をかけて作るのがゴーレムですが、魔力の流れによってはこうして野生のゴーレムが自然発生することもあります。
人造ゴーレムはある目的ために作られ、命令が与えられます。そして野生化してもその命令から大きく逸脱するような行動はしません。
しかし完全な野生のゴーレムは違います。
魔力が一定以上溜まり、なにかキッカケが起こってゴーレムとなります。そのキッカケは近くで放たれる巨大な魔法だとか大きな魔力の変化です。そのキッカケによって、生まれたゴーレムの行動様式も変化するのです。
なので戦ってみるまではどんな動きをするのかわかりません。
しかしここが鉱山であることを考えると、採掘作業用に作られたゴーレムが野生化したと見るべきでしょうか。そうであれば、ある程度はゴーレムの動きも想像できます。
採掘の手伝い程度であればこちらに対して敵対的な行動をすることはないでしょう。
しかし、
「……やっぱりですか」
ゴーレムは両手をガッチリ組み、ワタクシへ向かって思い切り振り下ろしてきました。そこに遠慮の欠片もありません。
ゴーレムなので当たり前なのでしょうが。
このゴーレムに与えられた命令が魔物の排除なんてことであれば、ワタクシのことを魔物と認識して襲ってきてもおかしくありません。と、言うよりもそう認識したからワタクシを攻撃しているのでしょう。
幸い、見た目の通りにゴーレムの動きは素早くありません。
一発一発の攻撃は重そうで、ゴーレムが攻撃を外す度に地面に大きなクレーターが生まれていきます。
しかし身体強化の魔法を使わずとも簡単に避けられ、敵としてはまったく脅威になりません。
こんな程度でこの鉱山で働けるのかとも思いますが、ヨーデルヒン王国軍の動向を窺っている間にも大した魔物に襲われていません。
あまり強い魔物はここに生息していないのかもしれませんね。
「それはともかく。ちゃっちゃと倒しましょうか」
力強いと言ってもしょせんはワタクシの三倍程度の大きさ。しかも殴ることしかできないゴーレムです。
それほど派手な戦いにはなりませんが、ヨーデルヒン王国軍に見つかってしまっては仕事がやりにくくなります。
大して強い相手でもないのですぐに倒してしまいましょう。
大きく腕を振りかぶり、勢い良く殴り掛かって来たゴーレムの後ろに回ります。
何回か攻撃の様子を見て、一度攻撃を仕掛けたら途中で止めたりはできないことは確認できました。非常に単純な攻撃パターンです。
後ろに回り込み、無防備なゴーレムの背中を蹴りつけます。
ゴーレムはそのままぐらりとバランスを崩すと、山の斜面を転がって行きました。
それほど急な斜面の山ではありませんが、一度勢いがついてしまえばそう簡単には止まれないでしょう。
いくらワタクシを敵と認識していても、わざわざ追って来るような脳がゴーレムにあるとも思えませんし、これくらいで十分です。
「さて……」
念のために双眼鏡でヨーデルヒン王国軍の様子を見ます。
ワタクシが潜んでいたのは随分と距離の離れている場所でしたので、転がり落ちたゴーレムにも、もちろんワタクシにも気づいた様子はありません。
隠密を使っても良いのですが、アレは気を張っていないといけないので使わずに済むならそれに越したことはありません。
では、夜になるのを待つとしましょうか。
夕暮れを前にしてヨーデルヒン王国軍は前線基地の設営を終わらせました。
ここまで戦闘らしい戦闘は魔物と戦っただけです。
ゴグドグ王国から見て山脈の裏側にあって見つかりにくいとは言え、それにしてもなにも起きなさ過ぎです。
攻められていることにゴグドグ王国は気づいていないのでしょうか。
こちらの世界には宣戦布告をしなければいけないというルールはあるのでしょうか。あったとしても、ヨーデルヒン王国側からすれば亜人を排斥するのが目的ですので、それを律儀に守ることもないかもしれません。
「いけませんね。つい、ゴグドグ王国に気持ちが傾いてしまいます」
ターゲットがヨーデルヒン王国にいるからでしょうか。
どちらに肩入れしたからと言ってどうこうなることではありませんが、やはり仕事柄、中立は心掛けるようにしています。
これまでターゲットとは長い付き合いをしてこなかったので感情移入することはありませんでした
しかしもしスリットがターゲットに選ばれたりなんてしたらどうしましょうか。ワタクシはこれまでのターゲットと同じようにスリットを殺すことができるでしょうか。
まぁ、考えるひつようもないでしょう。
スリットがあの調子で世界の敵になるとは思えません。ついでに、こちらの世界で親しい間柄にあるのはスリットだけなので、心配するだけ無駄でしょう。
とりあえず、今は目の前のターゲットです。
日も沈み、ヨーデルヒン王国軍の前線基地にはポツポツと灯りが点き始めました。




