第79話
同時に九本も放たれる水流は圧巻ですが、見た目の派手さに比べると避けるのは非常に簡単でした。
後ろに跳ぶと、さっきまでワタクシのいた位置が九本の水流によって抉られます。
狙いに正確なのは結構ですが、九本も放ってすべてが一ヵ所に集中していれば簡単に避けることができます。
恐ろしいのは水流による攻撃よりも、ヒュドラの吐き出す水流そのものでした。
浅黒く濁っており、ただの水には見えません。
攻撃に使えるほどですから水属性の魔法であることは間違いないのですが、ヒュドラの特性である毒が混じっているのでしょう。
「今度はこちらの番ですわ!」
吐く水に毒が混じっていたとしてもワタクシには関係ありません。精々が臭いくらいのものです。
水流によって土が巻き上げられ、飛沫と合わさって視界が塞がれます。
しかしそれはヒュドラも同じ。
身体強化の魔法を使って瞬時に横に動き、ヒュドラの視界外から襲い掛かります。
「なっ!?」
これまで相手をしてきたターゲットであればこれで終わっていたでしょう。
しかし相手は九つの首を持つヒュドラ。視界も九倍です。
普通の人間でも死角と言えないまでも意識の外からの攻撃。しかしヒュドラの三つの首がしっかりとワタクシの動きを捉えていました。
三つの口が開き、三方向からそれぞれワタクシに迫りました。
ワタクシはすでに空中へ飛び上がっており、ヒュドラの噛みつきを避けることはできません。
とは言えそれで諦めるようでは神様の協力者は務まりませんし、なによりこの程度はまだ諦めるような事態ではありません。
正面から迫る頭に大剣を突き立て、それを軸にして右から迫っていた頭を蹴り飛ばします。一拍遅れて噛みついてきた上からの頭は殴り飛ばします。
「ギャアアアアアアア!」
痛覚は九つの頭で共有しているのか、八つの頭が同時に叫び声を上げました。残る一つの頭も大剣を抜くとすぐに傷が塞がります。
「流石の再生能力ですわね……」
今つけた傷は決して軽い物ではありません。
深々と刃が突き刺さり、ヒュドラの頭はそれほど大きくなかったのでほとんど両断に近い一撃でした。
その傷をすぐに塞ぐほどの再生力。
非常に厄介です。
この手の相手は大抵、再生力が追い付かないほどのスピードで攻撃をし続けるのが定石です。ヒュドラにそれが効くかはわかりませんが試してみる価値はあります。
もう一つの案は、再生力の要となるような物を破壊することです。
ヒュドラの体内のどこかしらに再生を制御する臓器のような物が存在している可能性はあります。それを破壊することができればヒュドラも再生することができなくなるでしょう。
まぁ、その臓器すら再生するようでは倒しようもありませんが。
倒し方を考えている間もヒュドラからの攻撃は続きます。それぞれの首が噛みつこうと迫り、時にはまた水を吐き出し。
しかし攻撃を避け続けてわかったのは、水を吐き出して攻撃する時は九つの首すべてが水流を吐くということです。
半分は噛みつき、半分は魔法、ということはできないようです。
「あなたも魔法は苦手なんですか?」
「ギャラララララララ!」
「そう怒らずに……」
頭が九つもあるとただ唸っただけでも迫力は満点です。
攻撃を捌きつつ後ろへ下がり、このままヒュドラを湖から引きずり出そうとしますが、ある程度離れると後ろから頭が回り込んで来てそれをさせてくれません。
それほどまでに湖から出たくないのでしょうか。
倒すにせよ、水上よりは地上で戦いたいワタクシですが、ヒュドラは逆の考えです。
予想以上に伸びるヒュドラの首も厄介で、九本の首がそれぞれの方向から攻撃を仕掛けて来るのですから、捌くのも一苦労です。
しかし所詮は十五ポイントのターゲット。毒を無効化さえしてしまえばワタクシがやられるようなことはありません。
頭を殴り飛ばし、大剣で切りつけ、蹴り飛ばし、掴んでぶつける。
それの繰り返しで、まだまだワタクシの体力は保ちますが討伐のための道筋は見えてきません。
そして時間をかければヒュドラに考える時間を与えてしまうことになります。
九つの頭があるから思考能力も九倍になるかはわかりませんが、どれだけ攻撃を仕掛けても傷一つ付けられないワタクシに対して、いつまでも無策のまま攻撃を繰り返すようなそんな甘いヒュドラではありません。
九つの口元に魔法陣が浮かび上がりました。
それに気づいた瞬間、放たれる水流。一本目を躱し、これまでと違うことに気づきました。
この戦いでヒュドラがこの水による攻撃をしたのは何度かありましたが、それらはすべて、九本の水流が同時に襲って来ました。
「多少は考えているようですわね……!」
躱し、次に迫っていた水流もまた躱す。そしてまた躱し、体勢が崩されないように大剣を柄って受け流す。
これくらいでどうこうなるワタクシではありません。
「ギャアアアアアアア!」
しかしそれはヒュドラもわかってきたのか、間髪を入れずに、その大口を開けてワタクシに迫りました。
一つ目をジャンプして躱し、そのままヒュドラの首に着地します。
「今度はこちらの番ですわ!」
大剣を突き立て、ヒュドラの首を裂きながらそのヒュドラの首を駆け上っていきます。再生するので無駄でしょうが、少しでも魔力、体力を使うのであれば僅かの効果はあるでしょう。
痛みに悶え、叫び声を上げながらも攻撃を繰り返すヒュドラ。その歯は自らの首に突き立てられるか激突するか。途中で止められないほどのスピードで迫っていたのでしょう。
そこに恐ろしさを感じつつも、やはり魔物は魔物、とどこかで侮蔑してしまいます。
いよいよ首の根本に迫り、ここまでで初めてヒュドラの胴にまで辿り着きました。
「とりあえず一撃!」
ヒュドラの頭が迫って来ない内に大剣を振りかぶります。
胴体の再生能力はどれだけのものか。再生はするでしょうが攻撃するのは無駄でないでしょう。
その時、ヒュドラを中心として湖全体に巨大な魔法陣が浮かび上がりました。




