第78話
いよいよ決戦の時。
なんて言うと緊張しそうになりますが、実際のところはただの魔物退治です。
元々の身体能力に加えて状態異常を無効化する能力も得ました。これだけあって倒せないようであれば、それこそ神様に直接手を下してもらわないといけないでしょう。
ワタクシはヒュドラについて詳しいわけではないので、今回はとりあえず調査。倒せそうなら倒す。そんな感じです。
毒の程度はどれほどか。再生力も高いらしいですがそれもどれだけのものか。
対処が必要なレベルであればこの一戦で終わらせることはできないでしょう。
そんなこんなで、ヒュドラが潜んでいると教えられた湖に到着しました。
水は紫色に濁っていて、毒に侵されているのは明らかです。周囲の空気も悪くなっているようで、周辺の草は枯れ、木々も元気がないようで枯れるのも時間の問題です。湖の周囲だけが見るからに他の場所と空気が変わっていました。
しかし視覚的にはおぞましい光景ですが、呼吸をしていても苦しいと感じることはありませんでした。
神様と交換した状態異常無効化の能力が効いているのでしょう。
「さて……。どうやってヒュドラを誘き寄せますか……」
湖の周囲を回って様子を観察しながら、湖の底で眠っているであろうヒュドラのことを考えます。
どこから見てもやはり湖の環境は最悪で、ヒュドラが倒されたとしても今後何十年は生き物の住めない場所になってしまうでしょう。
警戒感もなく、むしろ気づかれるように足音も隠していないのですが、ヒュドラは現れません。餌を見つけたら嬉々として飛びつくとも思っていたのですが、ヒュドラも警戒しているのでしょうか。それともワタクシに餌としての魅力がないのでしょうか。
いくら状態異常無効化の能力があるとは言え、この湖に飛び込むのは怖いです。
しかも、普段から水中で暮らしているヒュドラが相手では分が悪いです。
これでワタクシに魔法でも使えれば湖に向けて放ったりもするのですが、ワタクシは身体強化以外の魔法が使えません。
これはもう魔力の総量云々ではなく、使えないものだと諦めています。
この世界に暮らす人ですら得意不得意のあるのが魔法ですから、スリットのように武器に炎を纏わせたり、魔力の弾として放てないのも仕方のないことです。
「しかしこういう時には使える人が羨ましいですわね」
なんて思わずぼやいてしまいます。
口ではぼやきつつもちゃんと手も動かします。周辺で辛うじて生き残っていた樹木を引き抜いて一ヵ所に集めます。
もうほとんど枯れているので抜いても構わないでしょう。
魔法で攻撃するかわりに、木を湖に投げ込んで行けばヒュドラもワタクシの存在に気づき、怒って飛び出て来るでしょう。
出て来なければまたなにか手を考えましょう。
バッシャンバッシャンと大きな音を立てて木が湖に投げ込まれていきます。
小さな女の子が無言のままにただ木を投げ込んでいく様子は我ながらおかしいです。誰かに見られると流石に恥ずかしいので最後の方はまとめて投げました。
「……来ませんわねぇ」
しばらく待っても湖に変化は訪れません。
さてどうしようか、と思ったその瞬間、湖に波が立ったかと思うと巨大な竜の頭が飛び出て来ました。それも九個も。
ヒュドラに間違いないです。
「来まし……うっ!」
ヒュドラが現れた途端、その場の空気が変わりました。
これまで漂っていた空気がドッと濃くなったようで、息を吸い込んだだけで気分が悪くなりそうです。
しかしそれは毒なんかではなく、
「く、臭いですわ!」
卵や肉、魚が腐ったような臭いやガソリンにも似た臭い。そして掃除されていない公衆便所の臭いがすべて合わさって煮詰めたかのような、とにかく臭いとしか形容できない臭いが周囲に満ちていきました。
なんとか意識を保って動けるのが逆に辛いです。毒で意識を失って死んでしまえばこれを嗅ぐこともないのですから。
これがヒュドラの毒の臭いなのか、ヒュドラ自身の臭いなのかはわかりませんが動けるということは毒も無効化できているということでしょう。
大剣を抜き放ちます。
ヒュドラは眠っていたのを起こされて怒っているようにも、小さな羽虫でも見るかのように見下しているようにも思えました。
もしかしたら九つの頭はそれぞれ別の感情を抱いているのかもしれません。
ヒュドラは湖から出て来ようとはしませんが、九本の首の根本には大きな体があり、それが湖の半分ほどもあるので足場には十分です。
「いきますか!」
大剣を握り、身体強化のために体中に魔力を巡らせます。
それと同時にヒュドラは力を溜め、九つの頭から同時に水を吐き出しました。




