第74話
死んだ時にたまたま神様に選ばれ、世界を救うために転生して戦う。
これだけを聞くとどこぞの漫画だライトノベルだ、と言われてしまいそうです。
初めこそこんな生活や元々暮らしていた世界とは違うこちらの世界の暮らしに苦労も多かったのですが、その苦労は物珍しさや新鮮さと同義。こちらの生活に慣れてしまうと、どんなに刺激的な生活でもマンネリしてしまうものです。
冒険者として魔物と戦うのもスリルはありますが、その刺激に慣れてしまえばどうと言うことはありません。
神様からもらったこの肉体のお陰で最初から相当な強さを持っていて、更にポイントで身体能力を強化しているワタクシは、大抵の相手には負けるどころかピンチもありません。
戦いという一点で見れば、スリット以外の人ではスリルを感じることはないのです。
スポーツなんかをしても身体能力のせいで楽しむということはできません。そもそも一所に留まることがないので、試合をする相手もいないのです。
芸術では楽器の練習を始めたばかり。
しかし練習をずっとし続けられるわけではありません。息抜きもまた必要です。
スポーツもダメ。音楽もダメ。絵画はセンスがない。
そんなワタクシに残されていたのは、趣味と言えば、の質問で最初に挙がりかねない読書でした。
ワタクシ自身の境遇がライトノベルのようであっても、やはり娯楽小説は楽しめます。
読書について欠点があるとすれば、そう簡単に手に入らないということでしょうか。
飛空艇があるとは言え、こちらの世界ではまだ陸路での輸送が主です。道中、魔物に襲われかねず、一度に運ばれる量も限りがある。そうなると食料や日用品が優先されて、本は後回しにされてしまうのが現状です。
大型の印刷機も数が少ないようで、それがある町が観光地になるくらいと思えば、本という物の存在がどれだけ貴重なのかわかります。
音楽都市のように、大きな印刷工場があると出版社や作家が集まり、そうして一種の観光都市になっているのです。
そして今回、ワタクシはその内の一つに来ていました。
場所は違うものの同じ国内に潜んでいるターゲットがいて、それを殺すついでにやって来ました。
当たり前ですが、ネクロ・ジュールのように飛空艇の発着所を出た途端に音楽が出迎えてくれるということはありません。
町を歩いている人達にもどことなく落ち着きが感じられます。やはりと言うべきか、その人達の手には数冊の本がありました。
「さて、どういうのがありますかね……」
まず最初に入ったのは発着場の近くにある本屋さんです。
一口に本屋と言っても様々な店があるもので、この店も特色のある内装でした。
ワタクシの知る本屋のように入口の傍に話題の本が。そして手に取りやすい位置に新作が並んでいます。
発着場に近いからかお客さんも多いです。
やはり紙である以上それなりの重さがあって、いくつも本を持って店を回るのは大変です。その点、発着場の近くであれば遠慮なく買えるというものです。
本を抱えながら街歩きをできるなんて相当な本好きだけでしょう。そして本好きな人であればこの町に暮らしているはずです。
ここを中心として、他の町に離れて行くほど本の流通も減っていきます。
ワタクシはそうでもないですが、本好きからしたらこの世界はどうなのでしょうか。魔物のいない元の世界がどれだけ恵まれていたのかと考えさせられます。
推されているのか『オリオン戦記』という本が良く買われているようです。他の客を見てみると『クッキー・ロッキー』『夜の獣』なる本も人気なようです。
タイトルだけではどんな本かわかりませんが、買うとしましょう。つまらなかったとしてもそれもまたおもしろいものです。
他にもいくつか気になったタイトルの本を。
「六点で一万三千リリンです」
「はい、こちらで」
「ちょうどですね。ありがとうございました」
本があまり一般的でないのには値段のせいもあるかもしれません。
一万リリンあれば場所によっては一ヵ月泊まれる宿屋もあるので、それを考えると一冊二千リリンは高い買い物です。
ワタクシの身体能力が普通で、冒険者としての依頼も一回一回大変であれば、娯楽である本よりもポーションや防具にお金をかけたいと思います。
印刷工場のあるこの町でこの値段ですから、この町から離れれば離れるほど値段も高くなるでしょう。
それはそれとして。
ポイントをこちらの世界の通貨に交換することもできので、ワタクシにとって金額はさしたる問題ではありません。
楽しめるのであれば楽しんだ方が良いでしょう。
買った本を四次元ポケットにしまって次を目指します。
次に入ったのは少し裏通りに入った場所にある店。ワタクシが探しているような本はこういう店にあります。
平屋ですが床から天井まである本棚は圧巻で、まさに本に囲まれた、という店内です。こういう場所だとなぜだか緊張してしまいます。空間ごと切り取られたかのように静かなのでそう感じるのかもしれません。
「ありましたありました……」
店の奥まった場所に探している本はありました。
『クロケア物語』それの一巻から五巻です。
このシリーズ自体を探していたわけではありません。ワタクシが探していたのはシリーズ物の本です。
インターネットがあるわけでもなく、そもそも本の流通も少ないこちらの世界では、世界的に有名なシリーズ物の本はないと言っても過言ではないでしょう。
そもそも本が高価で手を出せる人が少なく継続的に買えることもそうはなく、一巻が手に入ったからと言って二巻が手に入るとも限らないので需要がないのです。
なのでこういう町の本屋でひっそりと売られているくらいです。
町を越えて売られることがないのでこの『クロケア物語』はこの町でしか買うことができません。他の似たような町でも別のシリーズが売られていました。
ある意味、町独自の文化とも呼べるシリーズ本を集めるのが、密かな楽しみとなっています。
「これ、おもしろいですか?」
「それは読んでからのお楽しみだ。おもしろいかどうかもわからない本を一気買いするとは……嬢ちゃんも中々の読書家だな」
「そうですかね?」
確かにそうなのかもしれません。
しかしそんなに熱心に読んでいるわけでもありませんので読書家と言われると違和感があります。
元の世界で暮らしていた時も小説よりは漫画派だったのでなおさらです。
代金を払って店を出ます。
もう本を買うのは十分ですので、残る目的は一つだけ。その時間を楽しみにしているもののわざわざそれをしに行くのもな、という微妙なラインにある楽しみです。
通りに面した喫茶店の日の光が差し込む席。そこでコーヒーと甘い物を食べながら買った本を読む。
その時間がなんとなく好きなのです。




