第68話
過去と決別するために自分を知る人を殺し、生まれ故郷を消し去るとは。エマールもまた無茶なことを考えたものです。
エマールというよりは彼女が傾倒している宗教でしょうか。
まだ宗教と決まっているわけではありませんが、誰かの言うことを真に受けて連続殺人をしでかすくらいですから、それはもう宗教と言って差し支えないでしょう。
今回エマールがターゲットになったのはこの連続殺人が原因のはずです。そうであり、そしてこれが宗教であるとして、このことが原因となってターゲットになる人物はこれからもっと増えるはずです。
それを防ぐためにも、この宗教については調べなければいけません。
この宗教が流行っているのはエマール周辺か、それとも全国的にか。
後者の場合はとても面倒なことになります。元を断つことは諦めないといけないでしょう。
どちらにせよ、それを調べるためにワタクシは戻って来ました。エマールの暮らしていた町へと。
この町周辺を治めている領主が暮らす場所は先に調べました。そしてワタクシがいない間に、事件の調査のための兵士が派遣されていないことも確認済みです。
ワタクシが待機しているのは領主の町とエマールの町を結んだ街道の脇です。ここなら調査のための兵士が通ればすぐにわかるでしょう。
そういえば町の名前を憶えていません。
最初に来る時には確認しましたが、それ以降は思い出すこともありませんでしたから忘れてしまいました。
街道は人の通りもそこそこあるので、あまり魔物が出てきません。
出てくるとしたら住処を追い出されたか食事に困ったか。それとも人間をものともしないほどに強い魔物か。
なんにせよワタクシの敵ではありません。
街道脇に陣取って二日目ですが、兵士達はまだ来ません。しかし、今日三杯目の紅茶を飲んでいると、遠くから一団が街道を進んで来ました。
全員揃いの簡単な鎧に身を包んでいて、一目で軍隊だとわかります。
まぁ、軍隊と呼ぶには装備が貧弱ですが、事件の捜査くらいであれば重たい鎧は必要ないでしょう。
「待っていましたわ」
紅茶を飲み干し、道具を片付けます。そして隠密を発動し、一団が通り過ぎるのを待ちます。
彼らはワタクシにまったく気づくこともなく前を通り過ぎて行きました。
その一団は十人でした。その最後尾に素早く付きます。
魔物に襲われるはずがない。襲われたとしてもこの人数であれば対処できる。そう考えているのかはわかりませんが、緊張しているような様子は感じられませんでした。
最後尾の兵士は欠伸までして、後ろから敵が近づいて来るなんて微塵も考えていなさそうです。
誰かを守るための兵士だというのにこれで良いのでしょうか。今はその不真面目さが好都合ですのでワタクシはなにも言いませんが。
落ちている小さな石を拾います。
鎧にぶつけても大きな音は立てない。それでいて着ている者はなにか違和感を感じるようなそんな小石です。
それを大きな欠伸を再びしている頭に向けて投げつけます。
案の定「敵襲だ!」なんて叫ぶことはなく、頭を擦りながらその兵士は振り向いただけです。
なにか当たったか。それとも雨か。そんなちょっとした違和感のために隊を呼び止める必要はありません。自分がちょっと振り返ってなにもなければ気のせいですから。
振り向いた瞬間、兵士の口を塞ぎ体を抱え、身体強化の魔法を使ってすぐさま後ろへ下がります。
兵士達から十分に離れてようやく口から手を離しました。
「貴様……!」
流石は兵士と言うべきか、急に襲われて状況が呑み込めていないでしょうに、すぐさまワタクシを敵と定めて剣を抜こうとしました。
「大人しくしていてくださいね」
その顎を殴り、ついでに腹にも一発蹴りを叩き込み、兵士を気絶させました。
少し乱暴でしたがこれが一番手っ取り早いので仕方ありません。
エマールのことを調べ、ハルカ様なる存在の手がかりを探す。それがワタクシの目的ですが、今のままかわいらしい少女の姿ではそれも難しいです。
簡単なのは、事件の捜査をする兵士達に紛れること。
そのために気絶させた兵士から服やら鎧やらをすべて剥ぎ取ります。魔物に襲われかねない平原のど真ん中ですっぽんぽんにされるのはかわいそうですが、これもワタクシの接近に気づかなかった自分の怠慢が原因だと諦めていただきます。
ちゃんと警戒していたとして、ワタクシは隠密を使っていたので無駄ですが。
しかし兵士は鍛え上げられた屈強な男。対するワタクシは華奢で小さな女の子。兵士の衣服を身に着けたところで変装にもなりません。
それでもワタクシはドレスを脱ぎ、兵士と同じく素っ裸になりました。
これがクセになるなんて変態的なことはなく、誰の視線もないのに恥ずかしく感じるので少し安心してしまいます。
さて、このままでは変装しようもありませんが、そのための能力はあります。
伸びている男に手をかざし、男の能力を読み取ってそこから男自身の情報を集めていきます。そしてすべてが終わると、ワタクシはかわいらしい女の子から男の兵士に早変わりしています。
これが前に交換したまま使う機会のなかった「変装」の能力です。神様の力があればこんなこともできるのですから驚きです。
鏡がないので確実なことは言えませんが、視線も高く、手足もゴツゴツなのできっと変装は成功しているのでしょう。なにより、こちらの世界に来てから忘れていたナニの感覚もありました。
「懐かしい光景ですわね……」
大人の視線の高さも転生以来です。一度死ぬ前はずっとこの視界で生きていたのになんだか不思議な気分です。
いつまでも素っ裸でいられるはずもないのですぐに兵士の服を着ます。
少し汗臭いですがこればっかりは我慢するしかないでしょう。
兵士達が仲間が一人いないことに気づく前に戻らなければいけません。しかしこの兵士をここへ放置するわけにもいかないでしょう。
少し悩んだ挙句、家に閉じ込めておくことにしました。
兵士を抱え、テレポートをして島に戻ります。畑仕事用の道具を色々放り込んでいる納屋があるので兵士もそこに放り込みます。
そして外から鍵をかけて出られないようにすれば十分でしょう。
身体強化の魔法を使えば扉を壊して出られるとは思いますが、起きる頃合いを見計らって島に戻り、事情を話して大人しくしてもらうとします。
再びテレポートをして兵士達の近くに飛びます。
仲間が消えたのにも気づいていないようです。一安心ですが、少し心配でもあります。
「では、いきますか」
変装をするのは初めてです。
相手の魔力を読み取ってそれを元に相手自身になるので声も変わるとの話でしたが、試したことがないので本当のことはわかりません。
これはこれで緊張するものです。




