第67話
扉を蹴破り部屋に飛び込みます。
エマールは自分の話をするのに夢中になって声が大きくなっていたので、今更誰かに見つかるかも、だとかそういうことは考えませんでした。
他の人達が来る前に終わらせるつもりですし。
「誰!?」
隠密は解けているのでエマールにもワタクシが認識できます。
そもそも隠密は意識し続けなければ発動しないタイプの能力ですので、部屋に飛び込んだ時点で解除されています。
「事情があってあなたを殺しに来ました。そちらのあなたは……」
ベッドで上半身だけを起こしてエマールと対峙していた少女を指差しますが、まさかワタクシのことを素直に話すわけにもいきません。
あまり勢いのままに行動するものじゃありませんね。
「今夜のことは悪い夢でも見たと思って忘れてください」
まさか忘れられるはずはないでしょうが、誰かに話しても信じられない展開でしょうから無暗に口外するとも思えません。
いや、エマールが死に、彼女が連続殺人の犯人だとわかれば必然的にワタクシの話もすることになるでしょうか。
半ば都市伝説と化しているワタクシです。
コートミールとは国も大陸も違いますが、一つの場所で発生した噂であれば、他の場所で発生している可能性もあります。
その都市伝説がすぐにワタクシに結びつくとも思えませんが、頭の痛い話です。
「神様にどうにかしてもらいましょうか……」
大剣を四次元ポケットにしまいつつ呟きます。エマール相手なら魔剣ムスニアだけで十分でしょう。
記憶を消す道具だとか、そういう物を神様なら用意できるでしょう。
これまではワタクシの正体がバレても関係ない、なんて思っていましたがいざそうなりかけているとわかると、自分が話のネタになるのは勘弁して欲しいです。
それはさておき。
誰かに噂されることよりも目の前のターゲットが重要です。
「私のやることを邪魔するの?」
「結果的にはそうなりますわね」
落ち着いているようですが、エマールの瞳はしっかりワタクシを捉えて離しません。
少し怖いです。
「ああハルカ様……。救済の道は優しくないと申していましたが彼女がその障害なのでしょうか……」
突如跪いたかと思えば、祈るようにぶつぶつと言葉を発しています。
その姿は言いようのない嫌悪感を抱かせます。
全部が全部こういうわけではないのでしょうが、これだから宗教は、なんて思ってしまいます。
彼女の言うハルカ様とやらが教主なり本尊なりでしょうか。マジラのことではないようですが、マジラから話を聞いたハルカ様が改めて宗教にした、とも考えられます。
とりあえず、
「場所を移しませんか? 彼女が落ち着いて眠れないでしょう」
ベッドの上の少女に目をやると、状況が呑み込めていない様子です。
それも仕方ありません。
状況を搔き乱した一方でなければ、ワタクシもなにがなにやらと叫びたくなるでしょう。
ワタクシの申し出に対してエマールは行動で返答しました。
エマールの伸ばした手と少女の間に入り、魔剣ムスニアでエマールの魔法を防ぎます。
「とりあえず目的は遂行する。そういうことでしょうか?」
「これも救済のためなのよ……」
エマールの手にはなにか武器が握られているようなことはありませんでした。しかしムスニアはちゃんとなにかを防ぎました。
やはりエマールは風属性の魔法を使って鍵を壊して侵入し、被害者の首を刎ねていたのでしょう。
「申し訳ありませんが、それ以上はさせませんわ!」
ベッドは窓際に置いてありました。ほとんど暗闇の中でも、薄っすらと窓枠の形に光が漏れていたのでそれがわかりました。
腰をしっかりと捻り、エマールをその窓に叩きつけて外へ追い出します。
戦いは素人なのか、避ける素振りもありませんでした。
「窓はしっかり閉めておいた方が良いですよ」
「は、はい……」
まぁ、閉めていたとしてもエマールには関係なかったでしょうが。
割れた窓ガラスで切らないように気を付けながらワタクシも外へ飛び出します。
着地したのとエマールが起き上がるのは同時でした。
「どうしてくれるの! このままじゃ私だけ取り残されちゃう!」
「安心してください。人類がすべて滅ぶなら一人じゃないですわ」
エマールは両手を振り回し、その度に風の刃がワタクシへ向かって飛んで来ました。
風属性の魔法の厄介なところは、他の属性の魔法に比べて目に見えにくいことです。空気を操っているのですから当たり前ですが。
しかしちゃんと気を付ければ魔力の濃度の分、少しだけ歪んで見えたり、なんとなく魔法が放たれていると感じることはできます。
それなりの実力者であればそれを隠すのも上手いのですが、やはりエマールは戦いに関しては素人のようです。腕の動きから飛んで来る風の刃の動きも読め、その威力も大したことはありません。
しかしそれでも一般人よりは余程上手く魔法を扱えていて、冒険者にでもなればそれなりに稼いだでしょう。
「惜しいことです」
魔法を上手く扱えると言ってもしょせんは一般人と比べての話。身体強化の魔法を使うまでもありません。
派手な音を立てて窓を割ってしまったので、人が集まって来るかもしれません。
ヒョイヒョイっと躱しながらエマールに近づき、その喉元にムスニアを突き刺しました。
「かぁっ……ひ!」
横に薙ぎ、首と胴を切り離します。これで完全に息絶えたでしょう。
奇しくも、エマールがこれまで殺してきた被害者と似たような死に方でした。
我が家のある島には神様が現れることのできるベンチがあります。
島全体の魔力濃度が高いので場所は関係なく神様は出て来られるのですが、流石にそこかしこで呼ぶわけにもいかず――されてはいませんが――急に変な場所で出て来られても困るので、このベンチだけ、という風に取り決めました。
ここに腰掛けると、神様も現れてくれます。
「いやぁ、相変わらず良い景色だねぇ……」
ベンチは島の外側に向けて置いてあり、浮き島からの景色が楽しめます。
今日は雲がないので地上まで見通せて、確かに絶景です。
「神様ならどこからでも景色は楽しめるでしょう」
「そうだけど雰囲気って物があるでしょ。それで、今日はなんの用かな?」
「まず、交換できる景品の中に、相手の記憶を消したり改ざんしたり、そういう道具はありますか?」
「どうしてまた……」
怪しい者でも見るかのような視線を向けてきた神様に説明します。
ワタクシが都市伝説のように語られていること。覚えられては仕事がやりにくくなるんじゃないかと危惧していること。
ワタクシからすると怪しいのは神様の方ですので、そんな視線を向けられるのは不本意以外の何物でもありません。しかしそこは関係のない話なので今は黙っておくことにします。
「有名人じゃん。嬉しいんじゃないの?」
「勘弁してください」
茶化すようなセリフに返すのも億劫です。
神様は「さてさて……」なんて言いながら頭を捻っています。
やはりこんなに都合の良い道具はないのでしょうか。
「うん。できたよ。十ポイントでどうかな?」
「は……? できた?」
「景品にはなかったけど必要そうだからさ、今作ったの。私、神様だから」
「そうでしたね……。交換しましょう」
確かに、神様という存在であればこの世界に関するあらゆる道具は作れるのかもしれません。改めて神様という存在の凄さをわからされました。
神様が取り出したのは手の平に乗るくらいの小さな箱でした。
説明書らしき物はありませんが、神様がワタクシの額に手を当てると、使い方がすぐに理解できました。
「これは便利ですわね」
「そうでしょ? で、話はこれだけじゃないんだよね?」
「ええ。ハルカ様、と呼ばれる人物なり魔物なりを祀る団体に心当たりはありますか?」
「……いやぁ、私は知らないね。ターゲットに関することならそれを調べるのもアマルちゃんの仕事じゃない?」
どこか含みのある間がありましたが、神様が最初にこう言ったのであればワタクシに話す気はないのでしょう。
言われた通り、ターゲットに関することならそれを調べるのもワタクシの仕事で、今回に関してはこれからターゲットが関わってくるかもわからないようなことです。
そう簡単に神様の力を借りられはしないでしょう。
とりあえず今日のところはこの道具を交換できただけで良しとしましょう。
「ありがとうございました。またなにかあったら呼びますわ」
「うん。じゃあ頑張ってね」
明るい調子で神様は姿を消しました。
さて、ハルカ様について調べるためになにをすべきでしょうか。




