第61話
「ごっふぁ……!」
パタパタとガントレットにスリットの血が落ちました。
巨大なゴムの塊でも殴ったかのような手応えで、少しでも力が弱ければワタクシの腕が折れていたのではないかと思うほどです。
そんなワタクシの腕がガッシリと掴まれました。
表情を見るとスリットは笑っていて、まだまだ余裕がありそうです。
「……やっぱりアマルちゃんは強いな」
「お褒めいただき光栄ですわ。この手を離していただけるともっと嬉しいんですけど?」
「すぐに解放してやるさ」
スリットの空いていた手が握られました。ワタクシを逃がす心配がないからと、その動きは見せつけるかのように緩慢としていました。
まさかナイフで突き刺すわけにもいかないでしょうし、この状況でするならば殴るのが最適でしょう。
スリットにとってもワタクシにとってもその時間は隙でした。攻撃することもできますがこの状態から殴ったり蹴ったりしても離してくれはしないでしょう。そして攻撃にかまけてあの拳を防がなければ、いったいどうなるでしょう。
そして隙があると言っても悩んでいられるほどの時間はありません。
ワタクシを見下ろすような状態のスリットでその状態で殴る場所は顔以外ないでしょう。顔を殴ってくれると信じています。
「オラァ!」
「アアアアアアアアアアアァ!」
「アアアアアアアアアアアァ!」
額が割れたように錯覚するほどの激痛に、そこを押さえて蹲ってしまいます。
しかしスリットもまた、殴った手を押さえながら悶えていました。
「アマルちゃ、馬鹿か……!」
「作戦、成功です……」
攻撃と防御を一体とした作戦です。
唯一の誤算は、ワタクシにも想定していた以上のダメージがあったことでしょうか。額が割れていないのが奇跡と思えるほどにガンガンと痛みます。血の一滴も出ていないのが不思議なくらいでした。
クラクラと頭が揺れますが、治まるのを待っている余裕はありません。
頭を殴られたワタクシと違ってスリットは手を痛めただけ。痛みに悶えたとしても復活はワタクシよりも早いでしょう。
蹲った姿勢のまま拳を握り締め、
「――ふんっ!」
乙女の出す声とは思えない掛け声と共にスリットへ向けて叩き込みます。
こうでもしないと体を動かすことができそうにありませんでした。
しかし、
「ぐほぁ!」
「うぅ!」
スリットもまた同じタイミングで拳を振り抜いていました。
ワタクシの拳はスリットの腹へ。そしてスリットの拳は寸分違わずワタクシの頬へ。
拳には確かな手応え。しかし頬には砲丸をぶつけられたかのような痛み。
神様に与えられた体はスリットの一撃を受けても骨が折れることはなく、それだけにまだ諦めるな、とワタクシ自身の体に言われているような気持ちになりました。
辛いですがここでわざわざスリットに勝利を譲るような大人しい性格はしていません。
殴ったのと反対の拳を握ります。どうせスリットも同じでしょう。
「ガァァァ!」
「んな!」
再びのクロスカウンター。
しかし来るとわかっていれば打撃はいくらでも耐えられます。
殴るのと同時にスリットの踏み出されていた足を思い切り踏みつけました。
「っだぁ!」
スリットが怯んだその隙にもう一度腹へパンチを叩き込み、その勢いのままに後ろ回し蹴りをまた腹へ。
その反動で距離を取り、ちょうど下がった位置にあったワタクシの大剣を拾い上げ、体勢を立て直したスリットへ向けて投げつけます。
この子はスリットと戦う時はいつも囮みたいに使っている気がして少し申し訳ないです。
しかし考えてみればターゲットと戦っている時もここぞという場面で使えないので、いつも通りと言えばいつも通りなのでしょうか。
サイズ的にも魔剣ムスニアの方が使いやすいのでこの剣をわざわざ使わなくとも良いのですが、やはり選んでしまうのは愛でしょうか。この大剣もガントレットも最初から使っているので相棒みたいな物ですね。
閑話休題。
大剣を受け止めたスリットに、間髪を入れずドロップキックをお見舞いします。
いくら体の小さなワタクシとは言え全部の体重をかければ相当な威力です。
巨大な刃で視界が塞がれ、受け止めたせいで両手も塞がったスリットは勢い良く吹っ飛んで行きました。
そのままステージから落ちてもらえると嬉しかったのですが、そんなに甘い人ではありません。
スリットはギリギリの所で持ち直し、際でジャンプして改めてステージ上に降り立ちました。
首をコキコキ慣らし、肩を回しています。まだまだ余裕はありそうです。
「ちょっと……諦めてくださいませんか?」
「するわけないだろ」
ダメージはあるのでしょうが、この試合は長引きそうです。
ワタクシもまだ戦えるとは言え、骨が折れるどころの話ではありません。
「それに、まだ本気も出していないしな……」
不穏な台詞と共にスリットはナイフを顔の前に構えました。
なにをするのかと思えば、突如としてスリットのナイフが炎に包まれました。
「いつの間に魔法を……」
前に戦った時は身体強化の魔法のみで、こんな風にわかりやすい魔法は使っていませんでした。
具合を確かめるようにナイフを振り回し、それに合わせて炎も揺らめきます。
素早いナイフ捌きでも消える気配のない炎は、仕掛けによって点けられた炎ではなく、スリット自身の魔力によって生み出された炎なのだと感じさせます。
「アマルちゃんに勝つために練習したんだ。それに武器も新調した」
「それはそれは……。結構なことですね」
恐らく、魔力伝導率の高い素材を使った武器なのでしょう。魔力伝導率が高ければ高いほど、自分の体と同じように魔力を流すことができます。
もちろん、それだけで魔法を扱えるようになるわけもなく、それこそワタクシを倒すために努力をしたのでしょう。
正真正銘、奥の手。
魔力量が少なく、武器にまとわせることもできないワタクシからしたら羨ましい限りです。
「それじゃ、こっちから行くぞ」




