第54話
夜、昨日と同じ場所に行くとすでにスリットが晩御飯の準備をしていました。
その表情はどこか暗く、今日一日になにがあったのか想像できます。
「お疲れ様です。その様子ですとあまり良い日ではなかったみたいですね」
「まったくだ。残ってた依頼が薬草採取か農家の手伝いくらいでな。それもすごく安いんだ」
「それはそれは……。明日も期待できないでしょうね」
全員考えることは同じです。
冒険者が多くなれば依頼を受ける人も多くなり、薬草なんかは保存も利くのでこの時期にまとめて集めるのでしょうか。
例え手を焼くような強力な魔物が現れたとしても、集まっている冒険者は腕利き。協力すれば簡単に倒せます。
結果的に、依頼はどんどん消化されて残ったのは緊急でもない依頼。それすらもどんどん報酬が安くなっていくのでしょう。冒険者からしたら悩ましい状況でしょう。
「アマルちゃんはどうだった?」
「……面白い情報が手に入りましたよ」
つまらない薬草採取の依頼よりは余程興味を引いたようです。スリットの顔が俄然、明るくなりました。
これだけ冒険者がいるのに事件が発生。
あの後、少しだけ調べたところ、冒険者が襲われるのは夜。侵入しやすいからか、窓のある部屋が選ばれているようです。襲われるのは一度に一人。
「そういえば、ギルドでもそんな話があったな……」
「ワタクシは暇なので少し調べようかと思います。スリットはどうしますか?」
「頭使うのは苦手だな。だったら畑耕してた方が楽しいわ」
「そうですか……」
スリットが用意していた晩御飯はなにかの肉です。今日の依頼の途中で捕らえたのでしょう。
元がわからないので少し不安ですが、塩を振っただけでも十分美味しかったです。
串に刺して焼かれたそれを二本ほどすぐに食べます。
「おいおい、もっとゆっくり食ったらどうだ?」
「犯人が動くのが夜なら、今日から調べようと思ってます。美味しかったですわ、ありがとうございます」
「大忙しだな」
呆れた様子ですが、軽いバトルジャンキーなスリットに呆れられるのは腑に落ちません。
しかしワタクシ自身、逆の立場であればそう思ったでしょう。
これだけ急いでいるのも、この事件の犯人がリーウェンだった場合を考えてのことです。
最終的には大会で会えるにしても、まさか試合の最中に命を取るわけにはいきませんし大会が終わった後は人に囲まれているかもしれません。もしかしたら、ワタクシかリーウェンが負ける可能性もあるわけですし。
大会よりも先に殺せるならそれに越したことはないのです。
それを考えてなければ晩御飯を急いでまで犯人を捜そうとは思わないでしょう。
「では、失礼いたします」
「頑張れよ」
わざわざ門に回って中に入るのも面倒だったので、そのままジャンプして城壁へ上がります。
ポツポツと灯りがありますがほとんど暗闇です。
あまり見られない光景なのでなんだかワクワクしてしまいます。
犯人を捜すにしても、闇雲に町を捜し回るわけにはいきません。
町を出た時はまだチラホラと人が歩いていました、スリットと話してご飯を食べている間にすっかり町も夜です。
見つけられなかったところでなにがどうということもありませんが、だからと言ってなにも得られなかった、では少し癪です。犯人を捕まえないまでも惜しい所まではいきたいものです。
しかし今のワタクシが知っているのは夜に宿屋で襲われる、ということだけ。
とりあえず屋根から屋根へ飛び移って宿屋を目指しますが、それらしい人影はありませんでした。
狙われているのが武闘大会の出場者だとわかっていても、なんの力も持たない一般人はもしもを考えて夜は引きこもっているのでしょう。
他の町ではまだパブが開いている時間ですが、どこも戸を閉ざして灯りも消しています。
遠くの方では見回りの軍人らしい灯りもあるので、ワタクシはランプを点すわけにもいきません。軍人に見つかれば、ワタクシが犯人だと思われてしまうでしょう。
建物の上から地面に下りたものの、またすぐに上へ戻ります。
屋根からでは宿屋かどうかがわからなかったのですが、地上で探したとしても灯りがなければ看板もわかりません。
とりあえず記憶を頼りに、昼間に訪れた宿屋を見つけました。
あの口ぶりではまだここで被害者は出ていないようですので、狙われる可能性は十分にあります。
調べた情報によると、一度出場者が襲われた宿屋はまた狙われることはないようです。
その理由はわかりませんが、犯人が来るとすればまだ被害者の出ていない宿屋でしょう。
腰を下ろして魔法瓶を取り出し、紅茶で一服つきます。
四次元ポケットの中は時間が進まないようで、魔法瓶に入れた温かいお茶はいつまでも温かいままです。ついでにスコーンもいただきます。
さて、今夜ここに来てくれれば良いのですが、来るかもしれない場所で張るなんて、餌を付けない釣りのような物。
こういう時に限って来たりするわけですが。
冗談のように心の中で言っていただけでしたが、それでフラグでも立ったのでしょうか。少し空気が変わった気がしました。
別に緊迫するようなそういう場面でもないのですが、これから誰かを殺そうと思っている場所に誰かいたら不審に思うでしょう。そんなちょっとだけ緊張したような空気が漏れ出た、そんな感じです。
まさか気配だけで相手の強さがわかる、なんてことは互いにないでしょうが、少なくとも今ワタクシの後ろにいる人物はそれほど強くはないみたいです。
ジリジリと少しずつ近づいている足音を消しきれていません。
まぁ、人の命を取るなんて経験はそうそうないでしょうから、不測の事態が起きて動揺するのが当たり前でしょう。
こんな時期のこんな時間に出歩いているわけですから、十中八九この事件の犯人でしょう。まさかワタクシのように犯人探しをしている人がいるとも思えません。
ワタクシの目的は犯人自体ではないわけですが。
いよいよすぐ近くまで寄って来たので、立ち上がって振り返ります。
素早くその動作をしたので相手も驚いたことでしょう。
その間抜けな表情は、手配書にあった顔でした。
「やはりあなたでしたか……」
「俺が来るとわかっていたのか?」
「いえ。あなたに会いたかっただけですよ、リーウェンさん」
リーウェンは拳を突き出すような構えをしていました。
平らではない屋根の上だというのに、体幹がしっかりしているのか危うさは少しも感じません。
武闘大会優勝者の称号は伊達ではないということでしょうか。
明らかにワタクシを警戒していて、チクチクと針で刺すようなプレッシャーがずっとリーウェンから発せられています。
その雰囲気は、ワタクシが想像していてリーウェン像とは違っていました。
「ちなみに、最近の殺人はワタクシの仕業ではないのですが……まさかあなたが犯人ですか?」
ストレートに聞いてみます。
フッとリーウェンのプレッシャーが消えました。
「その口ぶりだとアンタが犯人でもなさそうだな。安心したよ」
「それはどういう意味でですか? 子供を捕まえるのは気が引けるとかそんな理由でしょうか」
「自分でもわかっているくせに良く言う。お前も大会に出るんだろ?」
「不本意ですが」
まさかリーウェンが犯人でないとは。考えてみればリーウェンだという証拠もないので、まさかと言うこともないでしょう。
どちらかと言えばスリットと同じようなタイプですか。
そうであれば正々堂々と大会に臨み、犯人探しをしているのも健全な大会にするためでしょう。
「じゃあ俺は行くよ。物騒だからお前も気を付けろよ。大会でまた」
リーウェンが背中を向けた隙に魔剣ムスニアを取り出します。
「はい。あなたもお気を付けて」
屋根から飛び降りようとしたリーウェンの背中に、ムスニアを突き刺しました。
ちょっとだけでも話をした限りだと、彼が世界に対して脅威を与えるような存在には思えませんでした。
いったいどうしたら彼が、世界を滅ぼせるというのでしょうか。




