第51話
もう一度だけスリットを見ますが、やはり笑うだけで自分から動こうとはしません。
まさかスリットもこの高さから落ちて生き残れる自信があるのでしょうか。それとも、ワタクシがテレポートを使えるとは知らないまでも、生き残りたいならワタクシがまず動くだろうと思っているのでしょうか。
どちらにせよ、この艇を助けるためにはワタクシが動くしかありません。
コートミールまでの道中もまだ残っていそうなので、徒歩で行くよりはここで艇を助けてこのまま向かうのが良いでしょう。
そんなことを考えている間になにかを仕掛け終えた賊が戻って来ました。
「あれがなにかは教えていただけないんですか?」
「しつこいな。まぁ、これを見ればすぐにわかるだろ?」
そう言って取り出したのは小さな魔石でした。
ワタクシが思い浮かべるようなわかりやすいスイッチではないですが、元の世界でも爆弾のスイッチがどうなっているのかは知らないのでそこは問題ではないでしょう。
魔石を取り出したということは魔力を流すということ。それに反応して爆発でもするのでしょうか。
取り出された魔石を見て、捕らえられている人達から悲鳴や悔しそうな呻き声が聞こえます。
どうやら本当に爆破スイッチのような物みたいです。
しかしスリット以外の出場者達は自分で立ち上がらないのでしょうか。本当にこの賊に勝てないと思っているのなら、大会のレベルも知れています。
後から思い返せばワタクシが人質になっているから動かなかったのでしょうが、スリットがいたせいでワタクシの規格外さを自分で忘れていました。
閑話休題。
四次元ポケットから武器を取り出す暇はありませんし、素手でやるとしましょう。
ワタクシが動けばスリットも動くに決まっています。
「あなた方はどうやって助かるつもりですか?」
まさか死を覚悟しているわけではないでしょう。
先ほど金品を奪っていたのは小遣い稼ぎのためで、脱出手段も用意しているはずです。
「残念だが嬢ちゃんは助からないぞ? 俺らはちゃんと全員準備して――ぐほぁ!」
喋っている途中でその腹に拳を叩き込みます。素手ですが十分な威力でしょう。
くの字に折れたリーダーの手首を取って思い切り握り締めます。
「いだだだだだだだ!」
そのまま取り落としたスイッチを拾い上げました。これで爆発の心配はなくなります。
なにごとかを叫びながらこちらへ向かって来た賊も殴り飛ばします。勢い余って柵を越え、宙へ投げ出されてしまいましたがそれくらいの覚悟はしていたでしょう。
残りは出場者達に任せて、一般人を見張っていた賊を倒すことにします。
今の所は呆気に取られていますが、すぐ人質へ武器を上げるかわかりません。
魔力を一気に足元へ集中させて賊の下へ。その勢いのままに一人を突き飛ばし、やはりその賊も艇から落ちて行きました。
「くそが!」
この賊からしたら瞬間移動したようにも見えたでしょうか。
せっかくですので一般人に被害を出させないようにと、ワタクシもほとんどの魔力を使いかねない勢いで本気を出しましたので。
振り下ろされた剣を受け止めようとして止め、普通に避けます。
そういえばガントレットを外されたままでした。
その腕を取って力任せにもう一人の賊へ投げ飛ばします。柔道をやってたわけではありませんが、身体強化の魔法を使えば力尽くで投げ飛ばせます。
これで残りは一人。
完全に腰の引きていた最後の一人は、脛を蹴りつけ、思わずうずくまったその顔に膝をたたき込めば、白目を剥いて倒れます。
先ほど投げ飛ばした賊とそれを受けた賊はまだ動けるので、二人で揉み合っている間に艇から叩き落しました。
どれくらいの人数が侵入しているのか聞き出さなければいけませんので一人は残しましたが、それ以外はどうなろうと知ったことではありません。
気絶させるよりは艇から落とした方が楽です。
意識が残っていれば準備していた脱出手段とやらで生き残れるでしょう。
振り返ると、残りの賊はスリットを始めとする大会の出場者達の手によって捕らえられていました。
スリットはちょうど、二人の賊を投げ飛ばしたところでした。
出場者達によって捕らえられたのは二人。リーダーと合わせて合計で四人が生き残っています。情報源としては十分でしょう。
「聞き出したぞ。合計で二十二人だから残りは十二人だってよ」
「あら、なんだか嬉しそうですわね?」
「突っ立っているよりはそりゃ楽しいさ」
設置された爆弾を空から一ヵ所にまとめ、地面に向けて落とします。
途中で爆発させようかとも思いましたが音で他の賊にバレても面倒です。まぁ、人のいる場所には落ちないでしょう。
その間にスリット達が尋問をしてくれていました。
聞こえて来た悲鳴から察するに、相当エグいことをしていたのでしょう。
「ではスリットは他の賊を全員お願いします」
「任された!」
本当に嬉しそうにスリットは飛空艇の中へ走って行きました。それを心配した何人かの大会出場者も続きます。
気づかれて他の乗客を人質に取られたら、なんてことを彼は考えていないのでしょうか。
ワタクシは取り合えず休むとしますか。
捕らえられていた一般人の中に飛空艇の職員がいましたので、諸々はそちらへ任せます。
スリットのことですから大事になってもなにか失敗するようなことはないでしょう。
「お嬢ちゃん……ちょっと良いか?」
そんなワタクシに話しかけてきたのはスキンヘッドの男でした。強面で、筋肉ムキムキ。この男も武闘大会に出場するつもりなのでしょうか。
見た目だけだと強そうですが、恐らく大した実力はないでしょう。
こういう強面の男は見掛け倒し、というのが漫画とかでの常です。
「どうかされましたか?」
「助けてくれてありがとよ。俺はなんもできなかったからお礼を言っておきたかったんだ」
「いえいえ。捕まっていたのはワタクシも同じですので当たり前ですわ」
ワタクシの精神年齢は十分な大人で、かつての世界の年齢を考えると下手すればこの男よりも年上かもしれません。
しかし今のワタクシは子供であって、それに大人が頭を下げるのは妙に居心地が悪いです。
「それだけ強いんだ、大会に出るんだろ? 嬢ちゃんが出るなら俺は辞退だな」
「ワタクシは出るか決めてませんわ。スリットの方は出るつもりでしょうけど……」
「どっちにしろだ」
腕に覚えがあるからこそ、目の前でワタクシやスリットの戦いを見てしまえばやる気も失くなるでしょう。
例えワタクシ達が規格外だとしても、大会では関係ないですから。優勝を目指しているのであれば今年は諦めるのが賢明です。
最後にもう一度だけ頭を下げて、男は去って行きました。
それから特に大きな問題も起こることなく、スリットが一般人を無視して被害を出すこともなく、飛空艇は静かに動き出しました。




