第46話
氷で作られた階段を一段一段、慎重に下りて行きます。魔石を使ったランプはロウソクなんかのように揺らめきはしませんが、ワタクシが通る度に影が動き、少し怖いです。
地上のお風呂の方に階段は続いていて、進んで地下に下りて行きますがそれに従って少しずつ暖かくなっていくよう気がしました。
滑らないように、と音を立てないように気を付けます。
かんじきは下りる時に脱ぎました。そして手にはすでに大剣と魔剣ムスニアを握っています。
特訓のお陰で大剣もある程度は片手で扱えるようになっていました。
ワタクシ自身の身体能力も向上し、身体強化の魔法の出力も上がっています。ムスニアでトドメを刺す前に大剣で殺してしまわないか心配になります。
階段は奥に進むに従って天井もどんどん高くなっていっています。階段も幅広に作られていますので地下というのに随分と広く感じます。
入口も中々に手の込んだ仕掛けでした。そして今下りている階段も綺麗に均され磨かれて、まさに鏡のようです。そしてそれは天井までも同様です。等間隔で並んだ柱にもそれぞれに違った装飾が施されています。
ある物にはドラゴン。ある物には巨人。その他、色々な魔物や人々が描かれています。
柱の装飾は宗教画的な雰囲気があり、この通路は不思議な空気が漂っていました。歩いているだけでも息が詰まるような思いです。例えば、近所のお寺や神社にいるような息の詰まり方です。嫌ではありませんがプレッシャーではあります。
そしていよいよ底に着きました。曲がり角になっていて影が動いているのがわかります。なにかを削るような音がかすかに響いて来ていました。
長い階段でどれだけ下りたのかわかりません。しかしその苦労も無駄ではなかったようで一安心です。
そうっと顔を出します。
上半身裸の獣人が壁を一心不乱に削っていました。聞こえて来る音はそれでしょう。
あれがマジラでなければ誰だというのでしょうか。
地下はビックリするほど広い部屋になっていて、そこに何本も柱が立っています。そのそれぞれに絵が掘られ、今も掘っているのでしょう。
思わず唾を飲み込んでしまうほどに異様な光景でした。
「マジラ・ウリ……ですか?」
そのまま後ろからムスニアで刺せば良いものを、知らず知らずの内に声をかけてしまっていました。
声をかけられ、マジラと思われる人物は動きを止めました。
雰囲気に当てられたのでしょうか。
それこそこの場所はなにか宗教施設のように思えて、関係なく踏み込むとなにかが起きそうだと嫌な予感が頭を過っていました。
言いようのない恐怖と同時に畏敬の念でも抱いていたのでしょう。
ピタリと動きを止めてから数秒後、そこからまた数秒をかけてマジラはこちらへ振り返りました。
それを見て、思わず声をかけてしまったワタクシ自身を恨めしく思います。
同時に、手配書の似顔絵を完全に描かない神様へも逆恨みのような感情が生まれます。そもそもどうして写真じゃなくて似顔絵なのでしょう。と、今更ながらに文句を垂れてしまいます。
振り返ったのはまぎれもないマジラでした。
しかしそれは状況と、辛うじて残っていた似顔絵の面影でなんとかわかる程度の確信。
全身の毛は所々が抜け落ちていて、見える地肌も青黒く変化しています。それは顔も同様です。そして傷の多い顔の右目はギョロっと今にも飛び出そうです。
流石に神様からターゲット認定された時の顔が描かれているはずですから、それから今日までの間になにかが起きたのでしょう。いったいなにが起きたのか。
ゆっくりとした動作で立ち上がったマジラはのっそりとこちらへ近づいて来ます。
不思議と敵意は感じませんでした。
「わたしは君をどうこうしようとは思わない。その武器を下ろしてくれないか?」
しゃがれた低い声でした。
一度、喉でも潰されたのか、呼吸をする度、声を発する度に空気が通るような不穏な音が響いていました。
近くで見ると余計に圧倒されます。
声や顔もそうですが、単純にどこかの国の兵士のように体が鍛えられていたからです。
「あー……ワタクシがなにをしに来たのか気にならないのですか?」
聞き返してしまいました。
「興味がないな。ここで絵を彫り続けられるのなら君がなにをしようと知ったことではない」
そう言うとマジラは踵を返すと、再び絵を彫る作業に戻りました。
一見すると隙だらけにも思えますが、仕掛けても避けられそうに思えます。
「それはなにを描いているんですか?」
「……夢を見たんだ」
「夢、ですか」
空気が保たず、かと言って急に攻撃を仕掛けることもできず、間を埋めるように考えた質問に返ってきたのは、よくわからない答えでした。
まさか夢で見た物をそのまま絵にしているなんてことはないでしょう。
氷の柱に彫り付けていく意味もありませんし、手間がかかり過ぎます。この柱だって自然にできた物ではないでしょうし、この柱を作るのも大変でしょう。
「その、夢は……どういう夢なのでしょう」
と尋ねてみますが、それに対する答えはありませんでした。
一心不乱に絵を彫り続けています。
調子が狂わされるようで、それならばひと思いにムスニアを刺してしまえば良いです。しかしその踏ん切りも中々つかないのが辛いところ。
ため息を吐きますが、なにが変わることもありません。




