第35話
レイナード共和国。政情が不安定ということはなく、戦争もしばらくしていなくて、国民が飢餓に喘いでいることもない至って普通の国です。
あえて特筆すべき点を挙げるとすれば気候でしょうか。
魔力の属性が氷属性に大きく偏っている大陸にある小さな国で、一年のほとんど吹雪に襲われている国です。吹雪いていない時はしんしんと静かに雪が降っています。
しかしこれも大陸全体の話で、レイナード共和国以外にも雪に苦労している国は多いです。
寒さに耐えるべく飲まれる温かいスープが美味しい所です。
ワタクシは、そんなレイナード共和国にかれこれ一ヵ月ほど、滞在していました。
目の前に広がっているのは一面の雪。雪。雪。積もった雪はワタクシの腰辺りまであります。
視界のほとんどが真っ白で目がチカチカします。それ以外の色はと言うと、空の灰色と数本だけ生えている木の黒。
これだけ過酷な環境だというのに植物は育ち、動物は生き、人々は営んでいるのですから驚きです。
生命という物の力強さを感じさせられる一ヵ月でした。
そんな真っ白の中に目を凝らすと、たまに動いている影があります。今日の獲物です。
それらも雪景色に紛れるように純白ですから、見つけるのは容易ではありません。今日も、探索する場所を何度も変えてようやく見つけたくらいです。
しかしこれでも慣れた物。
狩りを始めた頃は獲物が見つけられない日もざらでした。
今日見つけたのは久しぶりの大物、イエティです。
純白の毛に全身が覆われた大人くらいの大きさも魔物です。長い毛のせいで見えるのは瞳くらいで、引きずるようにして移動しているのであたかもモップのような見た目です。それなのに素早く動くのですから厄介です。
元の世界で未確認生物として扱われていたイエティは、こちらの世界では特に珍しくもない魔物の一体です。
もしかしたらこちらのイエティが向こうの世界に転生したのかもしれません。
肉は食料、毛は衣類。骨や牙、爪や建材や武器に。
ワタクシが着込んでいるコートもイエティの毛から作られています。暖かく、目で見ている世界と体感している世界の温度差に戸惑うほどです。
あれを獲れれば喜ばれるでしょう。
ワタクシサイズの小さな弓に矢をつがえます。
ちなみに弓術はポイントで交換したのですぐに熟練の狩人とそん色ない腕前です。
スリットと戦った後は色々と修行もしていましたが、今も続けているのは筋トレと剣術くらいでしょうか。その剣術もほとんど素振りで、たまに仮想の敵と戦ったりもしていますが。
イエティはまだこちらに気づいていません。
こちらが若干の風下。距離は百メートルと少しくらいでしょうか。少し風が強くなってきました。
餌を探すように雪を掘っているイエティは、少し近づいてもやはり気づきません。
ギリギリと弦が引き絞られる音が耳元でします。心地良い音です。パッと手を離せば矢は風を切りながら飛んで行き、見事にイエティの胸に突き刺さりました。
叫び声がこちらまで届いて来ます。
すぐに第二射の準備をし、放ちます。それもイエティの胸へ深々と刺さります。
一回目よりも僅かに弱くなった叫び声を残してイエティは逃げ出しました。ワタクシは弓矢を四次元ポケットにしまうと、すぐさまその後を追います。
白い雪原に転々と青い血痕が続いていました。
イエティの血には滋養強壮の効果があるとかないとか、町のおじいさん、おばあさんが好んで飲んでいるらしいです。
本当にイエティは捨てる所がありません。
血がもったいないので早く仕留めましょう。あまり奥まで追い過ぎても帰り道が心配ですから。
ザクザクと雪を踏み砕いていく感触も気持ちよく、逃げるイエティを追うだけで楽しいです。
すぐにイエティに追いつくことができました。矢の刺さった胸を抑えながら逃げていましたが、近づくワタクシに気づいて諦めたように足を止めました。
大きい個体だとワタクシの二倍以上は普通にいくイエティですが、この個体は少し小さめなようです。ワタクシよりも一回り大きいくらいで、まだ若いのでしょう。
武器は使いません。
常に吹雪いていて豊かではない土地柄、血の一滴でさえ無駄にはできません。
「ガラララララァァァ……」
イエティの声にはまだ力がこもっています。そして目にも闘志が宿っています。
このままワタクシを倒して逃げ切ろうと思っているのでしょう。臨むところです。元々、二本の矢で仕留められるとは思っていません。
雪上での機動力は向こうが上。単純な力でも身体強化を使わなければワタクシは負けるでしょう。爪や牙も恐ろしいです。
動きにくいこの足場ではワタクシから仕掛けない方が良いでしょう。
幸いにも、イエティもこちらとの距離を測るようにじわりじわりと近寄って来ています。ワタクシはただあちらが飛び掛かって来るのを待つだけです。
一歩。また一歩。
早く来てくれないと凍えてしまいそうで――
「ガラァ!」
「来ましたわ!」
雪を掻き分けながら突進して来るイエティ。ワタクシが腰まで埋まるほどの雪の中を進んでいるとは思えないほどのスピードです。
ワタクシはただ待つだけ。
いくら早いとは言え、所詮はイエティ。それほど強力な魔物ではありません。
噛みつくために大きく口を開いた顔を殴って終わりました。
新章突入です!
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