第34話
スリットの提案でワタクシ達は場所を移すことにしました。
食べ終わって少し休憩した後、スリットは再び川に潜って魚を何匹か捕まえました。保存食にするらしいです。
島を知り尽くしているらしいスリットの案内で来たのは、そのスリットの自宅でした。
太い丸太を何本も並べて立て、簡単な屋根を乗せただけの簡素な家でした。扉もなく、家の前側が開いていてとてもオープンな家です。
どうやら手作りらしく、これには舌を巻きます。
盗む者もいなければ盗まれる物もないらしいのでこれで十分だそうです。
「保存食とかは動物に盗られそうですが……」
「確かにな。だがこれまで盗まれたことはないんだ」
動物達が盗もうとしているのを見つけたら、逆にその動物達を捕らえてしまいそうです。それを野生の勘で動物も感じているのなら、恐ろしくてここに近づかないでしょう。
テーブルも椅子もありましたが、スリット一人で生活しているので椅子は一脚だけです。
譲られたその椅子は座ると少しグラつきます。これも手作りなのでしょうか。あまり細かい作業が得意なようには見えないので少し驚きました。
ワタクシが椅子に腰かけている間、スリットは表で火を熾しています。
流石になにもかもを自給自足で賄っているわけでもないようで、薪に火を点けるのは火付け棒を使っていました。
お茶を淹れるために火にかけたヤカンも既製品でしょう。
この島で金属加工ができるとも思えませんし、ヤカン一つにそこまで気合は入れないでしょう。
「わざわざこんな不便な場所を選んで修行するなんて……本当に強くなりたいんですね。なにか目的でもあるんですか?」
ドラゴンを倒したい、だとか師匠を越えたいだとか。そうは見えませんが復讐の可能性もありますか。
しかしスリットの理由は至極単純でした。
「目的なんてもんはないよ。男に生まれたからには最強を目指すそんなもんだろ?」
「そんなもんですか……」
なんとなくわからないでもないのはワタクシが元男だからでしょうか。
男が全員、世界最強を目指しているわけではないですが、一度くらいは憧れるでしょう。
ワタクシが暮らしていた元の世界に比べると腕っぷしがものを言う世界ですから、世界最強に対する印象もいくらかマシかもしれません。
それにしたって本気で目指しているのには驚きますが。
「最強をどうやって証明するんですか? ずっとこの島に引きこもっていても最強にはなれないでしょう?」
「いずれは出て行くつもりさ。だがまだ修行だな。俺より強い奴がいるってわかっちまったもんな」
これは面倒な人に火を点けてしまったかもしれません。
まさかとは思いますがワタクシのことをストーカーの如く追い続ける、なんてことにはならないでいただきたいです。
「そんなつもりはないから安心してくれ。まぁ、次こそ勝てる、って確信できたら勝負を挑みに行くがな」
「それを聞くとあまり安心はできませんわね」
なにが恐ろしいと言えばスリットの強さです。勝負自体はワタクシの三戦全勝で終わりましたが、最後の一戦はギリギリの戦いでした。
ワタクシは神様とのポイント交換で様々な強さを手に入れています。修行だとか特訓はなく、誰かの教えを乞うたわけでもありません。言ってしまえばズルをして手に知れた強さでしょう。
しかしスリットは違います。
かつては誰かに師事していたのかもしれませんが、今は一人修行するだけでワタクシに届き得る強さを手に入れているのです。
このまま修行を続ければワタクシより強くなることもあるでしょう。ワタクシ自身は最強を目指しているわけではないので、強さで抜かれること自体はなんとも思いません。強くなりたい人は勝手に強くなれば良いのです。
しかしスリットがここまで強くなれるということは、他の人もワタクシより強くなる可能性もあるということ。
もしもそういう人達が神様のターゲットに選ばれてしまったら。スリット自身が選ばれる可能性だってゼロではありません。
これまで、戦闘の実力があるような人達も殺して来ました。ついこの間も軍のトップがターゲットになったばかりです。それでも、あまり苦労はしませんでした。個人で強かろうとワタクシには届かなかったのです。
ワタクシは言わば神様の手先。
なので特別な強さがあると思っていました。
しかしこれからはそうもいきません。こちらの世界の普通の人でも、修行次第ではワタクシより強くなる可能性があるとわかってしまったのです。
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
その可能性は、ワタクシの心の内も知らずにお茶を出してくれました。
苦く、渋いお茶でした。
お陰で顔色の悪くなる理由が変わりました。
「これ、なんのお茶ですの?」
「知らん。名前も知らない謎の葉っぱのお茶だ。食用にできるっぽいから大丈夫だぞ」
きっと一つ一つ食べたり飲んだりして毒見しているのでしょう。
しかし毒性が弱いだけで、スリットの胃腸が強い可能性はないのでしょうか。一般人が飲んで大丈夫かはちょっとわかりません。
そもそも美味しくもないので一口で終わりにさせていただきます。
スリットも梅干しみたいに顔をしわくちゃにしながら飲んでいます。
「こんな物を飲むくらいなら水でも飲んでいた方がマシじゃないですか?」
「飲まない、ってことはこのお茶に負けたってことだ。そんなんで最強なんて名乗れないからな」
「……なるほど」
清々しいほどに間抜けな回答でした。
これを本気で言っているようなのでこちらとしてはなにも言えません。お茶に勝つ必要はないのでは、なんて常識が通用しない人ですから。
しかしここまで底抜けに最強を目指しているスリットを見ていると、もしかしたらワタクシより強い人と戦わなければならない、なんてウジウジと悩んでいたワタクシが馬鹿らしく思えてきました。
そんな悩みに対する答えはとても単純です。
ワタクシも強くなれば良いのですから。
「……そろそろお暇させていただきますわ」
「おいおい、久しぶりに人と話すんだ。もう少し相手してくれよ」
「ごめんなさい。ワタクシももっと強くならねば、と思ったところですので」
「……まだ強くなる気か」
絶望したような、それでいて面白がっていそうなスリットの表情。本当に強い者と戦うことが喜びになっていそうな表情です。
神様とのポイント交換で強くなるのもそうですが、後は筋トレなり素振りなり、ワタクシ自身の努力で強くもなれますでしょう。
少なくともスリットよりは強く居続けなければいけません。
名残惜しさもありましたが、この気持ちが途切れない内にトレーニングの準備はしましょう。
ゆっくり休むつもりだったのに、とんでもないバカンスになってしまいました。
第4章完結です!
読書の秋です。
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