第31話
ワタクシの手には大剣が。
スリットの武器は奪い取って素手です。
今は距離を開けて向かい合っています。ブーツの中にも水がしみ込んで来ていて、そろそろ気持ち悪くなってきました。
素手だというのにスリットは容易に踏み込ませないプレッシャーを放っていて、少し嫌になっています。
しかしどうにかしてスリットを満足させなければいけません。
追い詰められれば追い詰められるほど力を発揮するタイプでしょうか。その手のタイプは得てして諦めが悪く、殺さずに倒すというのは骨が折れるのです。
同じようなタイプのターゲットが何人かいましたが、ターゲットは殺してしまえばそれで終わりでした。しかしまさか今日知り合ったばかりのスリットを殺すことはできません。
最初に出会った時にはこんなことになるなんて想像もしていませんでした。
ビーチで一人くつろいでいたはずがどうしてこんなことになったのでしょうか。
「どうした? 何か余計なことでも考えてるんじゃないか?」
「まさか。どうやって負けを認めさせようか考えていたところですわ」
「はっは! 俺はまだまだ諦める気はないぜ!」
離れていても表情を読まれるとは。つくづく恐ろしい人です。
待ち切れなかったのか、再びスリットの方からこちらへ向かって来ました。
姿が消えても二度目なので心構えはできています。しかし、今度は水を打つような足音が聞こえてきませんでした。
「なら……!」
予想通り、空中から襲い掛かって来るスリット。
しかし空中では加速も減速もすることはできず、自由落下に任せしかありません。
自分の足で向かって来ていた先ほどに比べると、十分過ぎるほどの時間があります。
スリットのドロップキック気味に放たれた両足と、ワタクシの振り上げた大剣とがぶつかりました。
ここが正念場とばかりに、これまでよりも一層の魔力を込めた身体強化の魔法です。
そのままスリットを打ち上げます。
しかしそこはスリット。空中で態勢を立て直すと何事もなく着地しました。その一瞬の隙を見逃すワタクシではありません。
すぐに踏み込み、勢いそのままに大剣を一閃。
ゴリっという鈍い音を立ててスリットを川へ突き落しました。
幼女の姿になっているワタクシから見て深い川。スリットからすればそれほど深い川ではないのでしょう。スリットは問題なく立ち上がりました。
そういえば猫は水が苦手なイメージがありますが、猫に似た獣人であるキャラサ種はどうなのでしょうか。見たところスリットが川の中で困っている様子はありませんが。
「暑いからちょうど良いくらいだな!」
強がりなのか本気で言っているのかわかりません。
追撃を仕掛けようか逡巡している間に水を掻き分けてスリットが近づいて来ています。水の抵抗にあって動きは鈍く、わかりやすいチャンスです。
しかしその追撃の一歩で踏み出せません。ワタクシの服装が問題なのです。
布の多いフリフリのドレス。慣れているから、見た目のイメージ的に合っているからといって森の中を歩くのもドレスを着ていたのはやり過ぎでしょうか。
水に浸かってしまっては沈むか流されるか。とにかく良いことにならないのは確かです。重たい大剣があるのでズブズブ沈んでしまうでしょうか。
悩んでいたのは僅かな時間でしたが、スリットにはそれだけで十分だったようです。
ワタクシが後ろに下がって距離を取ると同時に、スリットは中州のステージへ上りました。
「涼しそうでなによりですわ」
「言うじゃねえか……」
スリットは上半身裸ですが水を吸ったズボンは随分と重そうです。
体をぶるりと振るわせて水滴を払いますが、それでも全身から水が滴っており、それもまた重そうでした。
これで少しは動きが鈍ってくれれば助かりますが、そう簡単にはいかないようです。
真っすぐ突っ込んで来たスリットに合わせて刃を突き出しますが、スルリと躱されてしまいます。
狙ってかはわかりませんが、屈むように躱したスリットは大剣の陰に入っていました。
判断にあまり時間はかけていられません。すぐに柄から手を離して一歩下がります。ワタクシを掴もうとしていたスリットの手は空を切りました。
「危ないですわね!」
逆にその手を掴みこちらへ引っ張ります。
「うおっ!」
元々こちらへ向かって来ていた力にワタクシの引っ張る力を加え、そこへぶつかるようにワタクシ渾身の拳を叩き込みます。
多少、抵抗されましたが、それはあってないような物。
この一撃は面倒だったこの三連戦も終わりにするつもりで放ちました。
「――――!」
身長差のお陰で、ワタクシの正拳はそのままスリットの腹に当たります。
流石に声も出ないようでした。
身体強化の魔法まで上乗せしているのです。ひとたまりもないでしょうし、命の取り合いでもないので戦う気力は消え失せるでしょう。
そう思っていたワタクシの腕が掴まれました。
まさかあれだけの攻撃を受けて動けるはずがない。気のせいだ。なんて思うほど頭の中はハッピーでないつもりです。
スリットが笑ったような気がしました。
「お返しだ!」
反撃されるとは思っておらず、抵抗らしい抵抗の準備もできずに攻撃を受けてしまいました。
しかしなにをされたのかは良くわかってはいません。ただ、顎に鉄球で殴られたかのような衝撃を受け、体が重力から解放されたような解放感だけがありました。
宙を舞うのはほんの数秒。その間、頭はクラクラして受け身を取ることすらできませんでした。
背中から川に落ちます。
「ごぼ! がばぁ……!」
口と鼻から水が入り込み、冷たい水で頭を冷やされてようやく意識を取り戻しました。
川は想像していたよりもずっと深いです。
どっちが上でどっちが下かもわかりません。気絶寸前の状態だったので息を溜めることもできませんでした。
このままだと危険なのは明らかです。しかし自分でも驚くほど落ち着いていられました。
全身に力を入れて固めます。力を抜くと浮きますので逆に沈んでいるでしょう。
深いと言っても所詮は川。ここが特別深かったとしてもスリットが立てる程度。高が知れています。
それでも予想していたよりも早く背中が底に着きました。
底がわかればこっちのもの。すぐに足を踏ん張り、身体強化の魔法で一気に水上へ上がります。
「マジかよ!?」
驚いているのはスリットですが、ワタクシも同じ気持ちです。
再び宙へ浮いてますが、今度はワタクシ自身のジャンプ力によるものです。
落ち着いていた、といってもやはり焦っていたのでしょう。想定していた以上に川は浅く、脚力に流した魔力も随分と多かったみたいです。
お陰様で勢い余ってスリットを空から見下ろしてしまいました。
「さぁ、まだ終わりませんわよ!」
あえて強い言葉を使ったのは、このジャンプが想定内であると装うためです。
焦って高く跳び上がるなんて、どこか間抜けっぽいですから。




