第30話
スリットの姿はすぐに見つかりました。
ゴチャゴチャしている服のせいか。木の枝に引っかかって逆さ吊りになっていました。
「手を貸しましょうか?」
「頼む。一人じゃどうにもならん……」
バタバタと暴れますが落ちる気配はありません。
しかし見た限りでは元気なようですが、ワタクシの攻撃は効いていなかったのでしょうか。
さっきは一撃で気絶させられました。それは油断していたところを殴ったので、今さっきの打撃は少し力を込めました。
それでも堪えた様子がないのは、スリットも戦いの場で備えていたからでしょう。
そうだとしても少しショックです。
ワタクシの気持ちは置いておいて、助けるような道具も持っていなかったのでジャンプして腕を掴み、そのまま引きずり下ろします。
「いやぁ、助かった。アマルちゃんは強いな……さて」
なんて言って再び拳を構えます。
何となく予想はしていましたが、やはり言われるとため息を吐いてしまいそうになります。
三本勝負ですので、先に二勝したワタクシの勝ちです。しかしこの手のタイプは、負けたからとそこで終わらず、戦う理由があればいつまでも戦い続けるのです。
「せめて場所は変えませんか? この場所ですとワタクシも本気で戦えませんし、スリットさんも準備はできた方が良いでしょう?」
「ふむ。確かにそうだな。……なら、次は俺の本気を見せてやろう」
「最初からそうしてくれれば良いのに……」
ワタクシのそんな呟きは、上機嫌に鼻歌を歌いながら先を行くスリットには届いていませんでした。
スリットの案内でやって来たのは、大きな川の中州でした。
上流の方で、砂利よりも岩の方が多そうな川辺です。そこの中ほどにある板状の岩。あたかもステージのようになっている中州です。
何となく中州とは言ったものの、数センチほど水は流れています。しかし左右に流れる川はその程度ではなく、チラリと見ただけでも深いのがわかります。
向かいに立つスリットはもう森に紛れるための服は着ていません。
上半身は頭に見えていたまんまの真っ白な毛皮で覆われています。狩りをして生きていたのがわかるように、必要な筋肉が無駄なくついて引き締まっていて、只者でないのはわかりました。
「最後だからな……。悔いのないように互いに武器ありだ」
スリットの武器はナイフのようです。
大ぶりのナイフを逆、刃が自分に向くように持っています。普通の大人が持っても大きいナイフなのでしょうが、体格の良いスリットが持てば小さく見えてしまいます。
ワタクシの方はいつもの大剣です。
こちらも片刃なのでいつもと持ち方を逆にします。刃がなかったとしてもこれだけの重量があれば鈍器としても優秀でしょう。
そこに、前に大剣に合わせて作ってもらった魔物の革の鞘をつければ完璧です。
「ワタクシはいつでも良いですよ」
「はは、流石に二連勝もしてると余裕だな。それじゃあ……遠慮なく!」
スリットの姿が消えました。
静止状態から最高速までが早すぎて動き出すのが見えなかったのでしょう。それで瞬間移動でもしたかのように姿が消えて見えたのです。
しかし下は水。目より先に耳がスリットの居場所を見つけてくれました。
右方向からバシャバシャと水を打つような音。そちらからスリットが近づいて来ているのは明白です。
目で確認する暇はありません。顔はそのままに大剣だけを縦のように右へ振るいます。
気づけたからと言って対応できるわけではありません。後ろへ下がってもすぐに追いつかれる。避けようにも攻撃しようにもスリットを確認しないことには無茶です。
つまりできるのは大きな刃を持つ大剣でのガードのみ。
金属と金属が打ち合う甲高い音が周囲に響き、近くの木から鳥が飛び立ちました。
音は派手なもののパワーはそれほどでないのか、剣から伝わって来る衝撃はそれほどではありませんでした。
そのまま押し込むように体重をかけます。
「おっ! 思ったよりも……」
大剣の向こうから嬉しそうなスリットの声が。
体格差、そして体重差がありますが身体強化の魔法でそこは補います。
しかしそれはスリットも同じ。身体強化の魔法による力比べになりました。
最初は素の身体能力で押し込めたものの、魔力による勝負となればワタクシは弱いです。元々の魔力が少ないので、ここで使い切ったりしてしまうと後々戦えません。
「――うおっと」
「ごめんあそばせ……っとと」
瞬時に力を抜き、スリットはつんのめるように前へ出ました。その時の力を利用して後ろに跳びますが、勢い余って中州のステージから落ちそうになってしまいました。
何とか踏み止まり、不敵な笑みを浮かべているスリットへ向けて駆け出します。
先ほどは向こうから仕掛けて来たので後手に回ってしまいました。なので今度はこちらから。
スリットに比べれば遅いでしょうが、それでも普通の冒険者に比べれば十分速い部類です。
大剣を勢いに乗せて振り下ろしますが、それはナイフによって軽々と受け止められてしまいます。
最初は重量も使って押し込んだものの、すぐに押し返されます。
しかしそれも分かり切っていたこと。ついさっきの押し合いで身体強化の魔法を使ってもギリギリ互角というレベル。
ワタクシは神様からの支援があるということを考えると、スリットの実力は空恐ろしいです。
受け止められた所を支点に、大剣の柄をスリットの胸に突き当てます。
「ぐっ……」
一瞬息が詰まり、その隙に足を踏みつけます。
歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべるスリット。
ちゃんとダメージがあるようで一安心です。
すぐに大剣を離し、空いた手でスリットの武器を持つ右手を掴み、引き寄せるようにして捻り上げれば我慢できずに叫び声を上げました。
そして取り落としたナイフを拾い、向こうの川辺へ投げ捨てます。
「おー……。アマルちゃんだけ武器を持ってんのはズルくねぇか?」
「戦いの場では誉め言葉ですわね」
最初は素手で向かって来たスリットです。武器がなくなった程度じゃ止まらないと思いましたが、案の定、その目はまだまだやる気に満ちています。
これは長くなりそうです。
小さくため息を吐いてしまいました。




