第29話
落ち着きましょう。
もしかしたら、という不安に圧し潰されそうになっていたのに、男から出て来たのがふざけた言葉だったからと言ってまた殴るのは間違いでした。
神様からの刺客だったとしても、隠していない限りはワタクシの方が実力は上です。
とにかく落ち着きましょう。落ち着くことが肝要です。
それほど力を込めていなかったのも幸いしてか、深呼吸をしている間に男は目を覚ましました。
「おはようございます。あなたは何者ですか?」
「やっぱ夢じゃ――おっと殴らねぇでくれよ」
「質問に答えてくだされば殴りません」
振り上げた拳を下ろします。
やれやれと芝居かかった仕草をしてようやく、男は自分が何者かを離してくれました。
「俺はスリット。訳あってこの島で暮らしてるもんだ」
「人が居るとは思いませんでしたわ……」
地図上で確認しても集落らしい集落はなく、特に人が暮らしやすい場所でもないのでちゃんと確認していませんでした。
「それはこっちのセリフだ。獲物だと思ったらこんなかわいい嬢ちゃんだったとはな。驚きだぜ」
「つまり……獲物だと勘違いして矢を射ったわけではないのですか?」
「当たり前だ。まぁ……人が居るとは思わずちゃんと確認しなかった俺も悪かったがな」
男――スリットの様子を見るに、嘘を言っているようには見えません。
狩りの最中であれば弓矢を持っているのもおかしくなく、ここで暮らしていて人が来ないと思っていれば、良く確認しないのもうなずけるでしょう。
ワタクシ自身、人が居ないと思ってここにバカンスを楽しみに来たわけですから、スリットが勘違いしたことを非難もできないでしょう。
つまり早とちりで拘束してしまったということ。
しかも二回目に気絶させたのは意図したものです。
「あー……申し訳ありませんでした。すぐに解きます」
「いやいや。最初に攻撃したのはこっちだ。謝ることはないよ」
剣を使って蔓を切ります。
気にするな、とは言われても、手首の辺りを擦っているのを見ると申し訳なくなります。
落ち着いて考えると、一度ターゲットを殺せなかったくらいで殺しにかかるほど、神様は厳しくないでしょう。
気にし過ぎていた自分が少し恥ずかしくなります。
「嬢ちゃんの名前はなんていうんだ?」
「ワタクシはアマル・フリステラと申します」
「そうかそうか……」
なんてうなずきながらスリットは弓矢をそこら辺の木に立てかけ、拳を構えます。
まさか言葉ではああ言っておいてやはり腹に据えかねる物があるのでしょうか。
それにしてもなにも言わずに構えるのは不可解で、頭に疑問符が浮かびます。
そんなワタクシを見て、
「どうした? さっきは不覚を取ったが次は俺が勝つからな!」
「……いったいどういうことでしょうか?」
「どういうこともなにも三本勝負だろ? まだ一回目が終わったばかりだ」
と、純粋な目で言って来ました。真っすぐな瞳で、そこに含むことなど欠片もないと言いたげです。
ワタクシの見立てが間違ってなければ、スリットは純粋にワタクシと戦いたいのでしょう。
冒険者ギルドに出入りしていると、やれオーガを倒しただ、やれ何体のグルフロウを一人で倒しただ、と誇らしげに語っている人達を何度も見かけます。
報酬よりも魔物を倒すことが目的だったり、自分が強くなるのを目的としているような人達です。
そういう人種の人達にはこちらの理屈は通用しません。
「あー……わかりました。やりますか」
「そうこなくっちゃな!」
諦めて相手をするのが一番です。
幸い、最初の一戦はワタクシの勝ちですのでこれに勝てばそれで終わりです。
「お先にどうぞ」
昔見た総合格闘技の構えをうろ覚えで真似します。
特に技術的な物は持っていませんので身体能力でゴリ押しするしかないでしょう。
先ほどもそうやって勝ちました。
僅かに逡巡したスリットでしたが、すぐに覚悟を決めて向かって来ました。
振りかぶったスリットの拳を掻い潜るように懐へ潜り込み、力を込めて身体強化の魔法まで上乗せしたワタクシの拳を叩き込みます。
「うごっ……!」
大きく放物線を描いてスリットは木々の枝葉を突き抜けて飛んで行きました。
手応えは十分。本気の一撃ではありませんでしたが、それでも強化されたワタクシの身体能力であれば相当な威力でしょう。
スリットも十分に心構えをしてから仕掛けて来ましたが、そもそも隠れるのが第一に考えられていそうな木の葉で覆われた服。あれは動きにくそうでした。
恐らくちゃんと準備を整えたスリットはもっと強いでしょう。
それを知るのはまたの機会として、とりあえずスリットを探しに行くとしましょうか。




