第26話
大きな町だと夜になっても賑やかで、明け方になるまで煌々と輝いていることも多いです。いわゆる眠らない町という奴です。
しかしそれは特別な町の話。
こんなに小さな村はもちろん、ほとんどの町は夜になる灯りは消され、一部の色町や、町の場所を知らせるために城壁に取り付けられた灯りが輝くだけです。
そしてほとんど人が訪れない村までなると、夜になれば完全に真っ暗です。山の上からでも目を凝らさないと村の場所がわからないレベルです。
しかしそれもまた一興。
空を見上げると、満天の星空です。
「魔法の力を使えばあの星まで行けそうですわね。どう思いますか?」
「いやぁ……私にはわからないね」
隣では神様がワタクシの淹れた紅茶を飲んでいます。お気に召したようでその表情は穏やかです。
幸運にも、キャンプを張っていた場所の近くに魔力濃度の高い場所がありました。
ゴロっとした大きな岩の上でワタクシ達は並んで座っています。
「調子はどうだい? 家を建てて以来だったね」
「上々ですわ。あの家も住み心地が良くて……。初めて転生して良かったと思いました」
「ふふっ。ここまでやって来てようやくか……」
この姿に転生して喜んだのも最初だけでした。慣れてしまえば何てことはないですから。
特にメリットと言えることもありません。
精神が体に引っ張られると言いますか、転生して性別まで変わってしまったので女性の裸を見ても何ら興奮しなくなりました。かといって男性に興奮するかといえばそれもしません。
神様の手が加わったせいでそういうものとは無縁になってしまったのでしょう。
なので今のワタクシの娯楽と言えば、自宅でゆっくりくつろぐことだけです。宿屋ではあまり気が休まらないので家でしかできません。
転生前も賃貸だったので自由にアレコレできる家というのはそれだけで魅力です。
本当にポイントを貯めて良かったと思えます。
「そういえば、神様は普段何をなさっているんですか?」
ワタクシは今、趣味らしい趣味もないですが、土地は余っているので家庭菜園でもしようかと思っています。
「何て説明したものか……君が最初に私と会ったあの空間、覚えているかな?」
「はい。何もない、というかそういう空間でしたわね」
何かを見た、というわけではなく、何も見なかったという感覚だけは残っています。
しかし、記憶を辿っても靄がかかったようでちゃんと思い出せません。
「そうそう。呼ばれない限りはあそこに居るんだけどね、あそこは時間という物が存在していないんだよ」
「なるほど。そうでしたか」
これでも中学生の頃から漫画やライトノベルはいくつも読んでいました。
時間の概念がないと言われて想像はできませんが、何が言いたいのかは何となく理解できるつもりです。
「反応が薄いねぇ……」
「最初に出会った時から今日この瞬間まで、一瞬のようであり百年間のようでもあるんですよね?」
「君達の言葉で説明するならね」
もっと大げさな反応を期待していたのか、どこか素っ気ないです。
こういう人間臭い仕草を見ると、この方が本当に神様かどうかも怪しく思えてきます。
そんな感情がありながら、ちゃんと隣に居るこの人は神様だ、と確信できているのですから、やはり神様なのでしょう。
言葉ではなく感覚として神様だと理解しています。
「さて、そんな話をするために呼んだわけじゃないんだろう?」
「……やはり神様に隠し事はできませんか」
「ポイントを交換したいわけでもないだろうね。それなら呼び出す必要もないんだから」
家を建てたタイミングで「何か交換した物があったら自由に交換して良いよ」なんて特別な景品の巻物を渡されました。
こうして直接呼び出したからには、何か重大な話がある。少し考える頭があれば誰にでもわかりますか。
それでも、これまでにない話をするので妙に緊張してしまいます。
「今回のターゲットですが……」
「まだ名前も付けられていない赤ちゃんだね」
「はい。ワタクシにはあの子を殺すことはできそうにないです……。なのでターゲットからあの子を外していただくなんてことは――」
その瞬間、まるで銃口でも突き付けられているようなプレッシャーが隣から襲い掛かって来ました。ただの銃じゃ殺されないと思えば、そのプレッシャーは銃以上です。
その主はもちろん神様。
脂汗が全身から滲み、どんな表情をしているか確かめる勇気もありません。
ただ、神様が何か言うのを待ち、何を言われても心臓が潰れそうなほどにバクバクと鳴っています。
「……殺せない。ならどうするつもりかな? あのまま放っておけば世界が壊されるほどに危険な存在だ。あの子が百五十ポイントも懸けられている意味がわからない君じゃないよね?」
これまでに聞いたこともないような重厚な声。普段のおちゃらけた雰囲気は微塵もありません。
わかっていたつもりでしたが、神様という存在をちゃんとはわかっていなかったのかもしれないです。
口内は乾き、呼吸をするのも辛く苦しいです。
「……あの子自身も両親も、世界に害を与えるようには思えません。それに、もしも本当に危険であれば神様が自身で手を下せば良いのではなくて?」
「確かにそれも可能だ。しかしこれは君の仕事だ。責任を転嫁したいだけじゃないのかい?」
「そうならないようにあの子の両親には釘を刺します。世界を壊すような子には育てさせません」
あの笑顔を見て殺そうなんて思えるほど、ワタクシはまだ人間を捨てたつもりはありません。
いくら指定されたターゲットを殺すのがワタクシの仕事だとしても、そうはならない可能性があるのに殺すなんてことはできないのです。
決意を込めて神様を睨み返します。
さっきまでの神様は中世的な若者の見た目をしていました。しかし今は赤黒い煙のような物が顔のあった場所にまとわりついて表情を隠し、心の底から恐怖してしまいます。
しかしいくら脂汗が流れようと、いくら呼吸が苦しかろうと、いくら奥歯が噛み合わされてカチカチ鳴ろうと、退く気はありません。
ふと、圧し潰されそうなプレッシャーが消え、赤黒い煙も消えて元の中世的な顔に戻りました。
「そこまで覚悟しているのなら私から言うことは何もないよ」
「……そ、そうですか」
「ただ、ちゃんと責任は取ってよ? もしも危険な存在になって、その時も今日と同じようなことを言い出したらただじゃおかないからね」
表情も雰囲気もいつも通りの軽いものです。それでも、さっきまでの空気を知ってしまった分、いつも通りに戻ってもどこかプレッシャーを感じます、
しかし、
「承知の上です。そんなことにはなりませんから大丈夫ですよ」
「そっか。じゃあ君も疲れただろうからここで失礼するよ」
そう言うと神様は一瞬でその姿を消しました。
姿が見えなくなっても、何らかの手段でこちらの様子を窺っているのは知っています。
それでも、大きな大きなため息を吐いてしまいました。




