第24話
尻もちをつきかけているマイクに向かって魔剣ムスニアを振るいます。
それは、盾にされたマイクの左手に根本まで突き刺さりました。
この人の実力を持ってすればそんなことをせずとも躱せたでしょうが、肉を切らせる作戦でしょうか。
ワタクシのその想像の通り、苦悶の表情を浮かべながらもマイクは左手を横に払いました。
刺し、抜こうとして力の方向を変えるその瞬間にそれをやられ、ムスニアはワタクシの手から離れていきました。
「……まずいですわね」
大剣を手に取りつつマイクから離れます。
ムスニアを引き抜き、懐にしまわれました。
あの剣でトドメを刺されると魂が囚われるという魔剣です。そうして転生させないようにして、世界に害を為す者達を捕らえるのがワタクシの仕事。
その魔剣ムスニアを奪われてしまっては仕事になりません。
「これがそんなに大事か……」
「ええ。できれば返していただきたいのですが?」
マイクの答えは短い笑いでした。
ワタクシにとってどれだけ大切な物なのかは、奪われた時の表情を見ればすぐにわかりましょう。それがわかっているからこそ、マイクは強気でした。
「もうすぐ人も集まって来るだろう。あんたの事情はわからないが不味いんじゃないか?」
「まったくです。わざわざこうして話をするということは、取引をするつもりですか?」
「話が早くて助かる」
マイクの目的はミレーア教内でもクーデターといったところでしょう。組んでいた相手と足並みが合わなくなって焦っていました。
武力蜂起も辞さない構えだったマイクからの取引なら、十中八九マイクに寝返れということでしょう。
想像の通り、マイクが持ちかけて来たのはムスニアを返す代わりに手足になれという取引。
とりあえずはうなずく外ないでしょう。
「……では、先にそのナイフを返していただけますか?」
「いや。これはあんたが信用できると思えたら返そう。それまではちゃんと従ってもらうぞ?」
当然の警戒です。
しかしその警戒に意味がないことは明らかで、思わず笑ってしまいます。
「そこは信用していただかないと。力尽くで取り戻そうと思えばできるとわかりますよね?」
ワタクシとマイクとで実力に差があるのは先ほどの攻防でわかりきっています。
それをムスニアと取っただけで優位に立ったと思えるのはおかしいものです。ワタクシがこうして大人しく話をしているのも、無理矢理奪い返そうとしてムスニアがどこかに放り投げられたり、やり過ぎて殺してしまわないかと心配だからです。
そう思える程度にはポイントで戦闘技術も強化しています。
ワタクシの言っていることが決して自惚れではないとわかったのか、マイクの表情もどこか青ざめていくようです。
「返していただけますよね?」
催促すると、一瞬だけ迷って返してくれました。
マイクの血がついていますが異常もありません。ワタクシの手を離れたのは僅かな間だけですが、それでも冷や冷やしてしまいました。
これからは気を付けて扱うことにしましょう。
そんな魔剣ムスニアを、ワタクシはマイクの腹に突き刺しました。
「ぐぅ! お前……!」
「少々不用心ではなくて? このナイフさえ返って来ればあなたに従う道理はないと言いますのに」
これであとは喉なり心臓なりに突き刺せばマイクは絶命するでしょう。
しかしそれより先に、手を掲げたマイクが空に魔法を放ちました。何の目的でそれをしたのかは何となく予想できます。
構わず、喉元を切り裂きました。ゴポゴポと血が溢れて来ます。
その時、背中にざわつくような感覚が。
横に逸れると、雷や炎等の魔法による攻撃や多数の矢が、ワタクシの居た場所を通り過ぎていきました。
本当に予想通りです。
振り返ると、五人ほどの兵士がワタクシに武器を向けていました。時間をかければすぐに囲まれてしまうでしょう。
「軍団長、大丈夫ですか!?」
反応したマイクの手を踏みつけます。
「賊が……。その足を退けろ!」
「悠長にお話していて大丈夫ですの?」
それでようやく状況を思い出したのか、声をあげながら突撃してきました。
このままマイクにトドメを刺せば良いのですが、ほんの少しの嗜虐心が顔を覗かせました。
弱い者いじめが好きなわけではないですが、たまにはちゃんと戦わないと腕も鈍ってしまいそうです。
剣を持った兵士が二人。槍が一人。弓矢が二人。
ワタクシに向けて放たれた矢を大剣で薙ぎ払います。突き出された槍も同じようにガードし、振り下ろされた剣を躱してその手を捻り上げます。
散々ポイントで身体能力を強化しましたのでこの程度は魔法を使わずともお手の物です。
そのまま剣を取り落とした兵士をそのまま投げ飛ばし、遅れていた兵士に投げつけます。槍を持っていた兵士もそのまま蹴り飛ばし、近接系の武器を持った兵士は全員倒れました。
弓を持っていた二人も続く二射目を簡単に躱し、気絶させます。
腕慣らしの意味も込めて戦っていたのですが、思いの外すぐに終わってしまいました。
そう思っていましたが、すぐに新手が現れました。
さっきまでの兵士とはまた違う鎧を着た三人の男女です。
「マイク殿!」
真ん中に居た女兵士が叫びました。
鎧が少し豪華なのに加え、それだけでこの三人がさっきまでの兵士達と違う特別なのはわかりました。
三人。思い当たる節があります。
「あなたがリリィさんですか?」
答えずとも驚いたような表情が答えのようなものでした。
「確か、カリガさんとヘリムロイツさんでしたか。どっちがどっちかはわかりませんが……」
「どうして私達の名前を知っているんだ?」
「状況からしてわかるでしょう。問答をしている暇はないはずですよ?」
「刺客か!?」
飛び掛かって来たのは若い方の男の兵士。リリィが叫んだことからカリガだとわかりました。
剣を抜きながら駆けて来るその動きだけで、さっきまでの兵士と違うのはわかります。それでもマイク以下。つまりワタクシには届きません。
何度も何度も振るわれる剣を避け、時折、大剣でガードします。
武器の小回りの差がありますから大剣によるガードは最小限です。
しかし中々攻撃が当たらないからか、カリガの表情にも焦りが浮かんできました。
その隙を突いて剣を弾き飛ばし、殴ってから蹴り飛ばします。
「ごはっ!」
「カリガ、とりあえず引け!」
リリィが叫び、ヘリムロイツから魔法が放たれます。
上空に向かって放たれた大量の炎は、放物線を描きながら雨のようにワタクシへ降り注ぎました。
それを避けている間にカリガは二人の下へ戻って行きます。そして、リリィと僅かに言葉を交わしてまた飛び掛かって来ました。
マイクが話していた内容を総合するに、この三人は隊長だとかそんな感じの方達なのでしょう。連携もしっかり取れています。
しかしそれでも力量の差は明らかでした。
カリガの剣を躱し、踏みつけて武器を封じ、リリィの剣はそのまま受け止めます。そのまま体を反転させつつリリィの側頭部へ回し蹴りを。カリガは顎を蹴り抜きます。
たったこれだけで二人の兵士は倒れました。
その少しの時間を使って魔力を練り上げたのは大した物です。
ヘリムロイツの目の前に巨大な魔法陣が浮かび、消えました。
それこそドラゴンのブレスのような火炎が発射されました。巨大な魔法陣そのままの大きさで、炎の壁が迫るようです。
「面倒ですわね……」
脅威となる炎の攻撃です。しかし避けられないほどではありません。
ただ一つ面倒なのが、ワタクシの後方にはマイクが寝転がっているということ。ヘリムロイツはそのことを忘れているのでしょうか。それとも軍団長より賊を仕留めることを優先したのでしょうか。
どちらにせよ、マイクの生死がわからない以上、むざむざ焼かせるつもりはありません。
体の中を巡る魔力の流れをイメージし、足に集中させて踏ん張ります。そして更に腕の方へ魔力を流し、腕力を限界まで強化しました。
大きな刃を持つ剣であっても空気を切り裂くような音がしました。突風が吹いたかと錯覚するほどです。
左右に割れて掻き消えた炎の向こうに見えたのは絶望したようなヘリムロイツの顔。
とりあえずまたこんなことにならないよう、マイクの心臓の辺りをムスニアで刺しておきます。反応がなかったのでもう息絶えているのでしょう。
絶望に打ちひしがれ、立っていることもできなくなったヘリムロイツは無視して、ワタクシはミラー教国を後にしました。




