第23話
誰かに見られないよう、静かに屋根から屋根へと飛び移って行きます。
外に出た兵士達はしばらくそのまま待っていたようですが、それぞれに訓練やら休憩やらと散っていきました。
これは好都合です。
隣の建物と陰になっている場所に立ちます。窓に顔を寄せると、ボソボソと小さな声で会話をしているのが聞こえました。
身体強化の魔法を発動し、耳に魔力を集中させます。
「――これ以上は時間が!」
聴力を強化せずとも聞こえてきそうな力強い声。きっとこちらがマイクの声でしょう。
どこか焦っているようです。
「そう焦るな。次の選挙までは待つんだ」
こちらは少し年老いている声。司祭様の声でしょう。
「悠長なことを言っている場合ですか!? 我々の準備はもうできているんです!」
「君は自分がどんな噂をされているのか知らないのか?」
「承知の上です。例えどんなに蔑まれようと、ミレーア教の腐敗は見ていられません」
これは結構なことを聞いてしまいました。
マイクとこの老人は現在の教会の体制について良い感情を抱いていないのでしょう。
改革と言えば聞こえは良いですが、司祭様とマイクでは考えに隔たりがあるようです。このままではクーデターでも起きかねません。
それがこのミレーア教にとってどんな影響があるのかはわかりませんが、神様がマイクをターゲットにしたということは、ミレーア教に何かあれば世界規模で混乱が起きるのでしょう。
世界的に有名な宗教ですからそうなる可能性は十分にあります。
「どれだけの人間が君の下の集まっているんだ?」
「はい。カリガ、リリィ、ヘリムロイツの三人は俺に賛同してくれています。他にも何人か声をかけて、やはりミレーア教のことは憂いているようです」
「そうか……。私の方もそれくらいだ。もう少し足場を固めれば次の選挙では代替わりだ」
「しかしそんな時間は……」
「武力のみでの改革に何の意味があるのか。良いから今は耐えなさい」
「司祭殿!?」
それで会話は終わりとばかりに司祭様は席を立ったようです。
マイクも途中までは追っていたようですがそのまま部屋に残ったようです。
慎重に窓から中を覗くと、こちらに背を向けるような形で椅子に腰かけ、頭を抱えて大きなため息を吐いています。
教会の改革をしようにも上手くいかないといった様子でしょうか。この背中だけを見ていると苦労しているようで、思わず同情的になってしまいます。
しかしそんな同情はほんの一握り。今のワタクシの心を占めているのは、今ならマイクを殺せるかどうか。それだけでした。
周囲を見渡しても誰も居ません。部屋の中も同様です。
一対一ならば、相手が軍人と言えども負けることはないでしょう。
「そこに誰か居るのか?」
「――――!」
マイクはこちらに一瞥することもなく言いました。気づかれた様子もなく、ワタクシの他に誰か部屋に居たのでしょうか。それを期待して、下手な動きはできません。
そのまましばらくの時間が流れました。
ワタクシは呼吸する音すらも気づかれてしまうんじゃないかと戦々恐々としています。
「……窓の外。居るんだろ?」
さてどうしましょうか。
確実に居場所がバレているのであれば、気のせいかと諦めてくれるはずもありません。窓の外を少し確認すれば済む話ですから。
逃げようにも、何もしていないのにバレたのですから動きは筒抜けでしょう。
かと言って開き直って襲い掛かる踏ん切りもつきません。
退くか進むか悩んでいる間に、マイクは腰に下げている剣に手をかけました。それを見て、もう逃げることはできないのだと察します。
次の瞬間、椅子からマイクが立ち上がり、振り返ったかと思うと同時に剣を一閃しました。
「っつぅ――!」
その刃は、石材でできた詰所の壁をまるでバターのように切り裂きました。
ワタクシの剣とマイクの剣とがぶつかり合い、金属を引っ掻く嫌な音が周囲に響きました。
窓から飛び出て来たマイクに攻撃を仕掛けつつ人の少ない方へ逃げます。案の定、マイクもワタクシを追って裏手、裏手へと付いて来てくれました。
「俺の一撃を防ぐか……。見た目に騙されてはいけないな」
マイクからすれば、盗み聞きをしていた人物が幼女だなんて想像もしていなかったでしょう。
それなのに動揺した雰囲気が微塵も感じられないのは、長年の軍人としての経験の賜物。マイク・ホーザントという人物が只者でないことの証明でした。
「何者だ? 我々は恨まれるようなことはしていないはずだがな……」
「それをホイホイと話すような人間に見えまして? しかしご安心ください。ミレーア教ではなくあなたに用事がありますので」
マイクの表情が変わりました。
ミレーア教は真っ当でもその中が一枚岩でないことは知ったばかりです。ミレーア教ではなく自分個人だと思えば、狙われる心当たりはいくらでもあるのでしょう。
しかし誰に狙われているのかを推理する暇はないはずです。
視線が逸れた一瞬を突き、マイクへ迫ります。すぐに顔を上げて剣を構えますが、その僅かな隙が決定的な隙となります。
大剣の重さに任せてマイクの剣を弾いて体を開かせます。そしてがら空きの胴を狙い、剣を上に放り離した手で殴りつけます。
「ぐほっ!」
「まだですわよ!」
タイミング良く落ちて来た剣をキャッチし、両手で握りしめてそのまま切り下ろします。
寸でのところでそれは躱されてしまいましたが、マイクの態勢を崩すことには成功しました。
ここまで来たら、この場でマイクの魂をいただくのが最善でしょう。




