第17話
「ヘイルさんがあなたに雇われている、って所しか聞いていませんわ」
「……なるほど」
落ち着き払って丁寧な態度をした幼子がそんなにめずらしいのでしょうか。それでも、動揺は一瞬で取り繕います。
リリットは席に着き、ウェイターが素早く用意したワインを楽しみます。
その間、値踏みをするかのような視線をこちらへ向けていましたがワタクシは気づかないフリです。
「みなさん、あなたが雇われているんですか?」
「そうだ。全員、優秀な冒険者だよ」
テーブルを囲うようにズラリと十人近くの冒険者が並んで立っています。
その誰もが只者ではない雰囲気をしていて、リリットの言葉にも嘘がないように思えました。
ただ、それでもあまり脅威には思えません。
「どうしてこんなに周りを固めるのか、聞いてもよろしいですか?」
「簡単だよ。色々と手を広げているから狙われる心当たりはいくらでもある」
「どんなお仕事を?」
「言えないような仕事だよ。なぁに、黙っていてくれるなら何もしないし護衛として雇われてくれるなら困らないだけのお金も出そう」
にやりと気持ちの悪い笑みを浮かべています。
どうせ軍とも癒着していて飛び込んだところで無駄なのでしょう。そしてこの冒険者達もそれなりの報酬を受け取っている。
魔物を相手に死にそうになるくらいなら悪人の護衛の方がマシ。確かにそうでしょう。
その考え自体は否定しませんが、あまりトキメキませんわね。
リリットからも小物臭しかしませんし、所詮二ポイントのターゲットでしかないということでしょう。
「何かおかしいことでも言ったかな?」
隠していたつもりでしたが笑みが零れてしまいましたか。
少し怒気が込めれれていたようですが、この程度で怒っては欲しくないのですが。
「単純な疑問ですが、これだけの冒険者を雇っていますのに、まだ護衛が欲しいのですか?」
「……何が言いたい?」
「そんなに怒らないでください。単純に、もう十分なのでは、と思うだけですので」
リリットは商人か何かでしょうか。
商人の勝手なイメージですが、感情を表に出さないよう取り繕うのが得意に思っていました。そうでなくとも、一財産を築くには手の内、心の内を読ませないのが肝要だと思うのですがリリットはよくこれでやって来れましたわね。
ワイングラスを傾けながら平静を装っているようですが、その持つ手が震えているのは隠し切れていません。
「さっきも言ったが狙われる心当たりが多いんでね。備えあれば、っていうやつだよ」
「ビビっているだけでなくて?」
「何だと?」
「怒らないでくださいませ。あなたがビビっていようといまいと、ワタクシの答えは変わりませんので」
もちろん、雇われる理由はありません。
最終的にリリットを殺すことは決まっていますので。
なので会話を続けながらタイミングを伺っているのですが、リリットにはそんなワタクシの態度がおちょくっているように見えるのでしょう。
グラスをテーブルに叩きつけて立ち上がりました。
まさに怒髪天を衝く勢いです。
「わ、わた……! 私が何にビビっていると言うんだ!」
「図星ですの? ふふっ、お友達をたくさん連れて歩くのは小心者の証ですわよ?」
「うぐぅ……!」
反論の言葉も見つからないようで歯ぎしりの音しか聞こえません。
ここら辺が頃合いでしょうか。
「全員! こいつを! 殺せ!」
そう思っていたのはあちらも同じようです。
リリットの合図を受けて全員が武器を構えるのを感じます。しかし合図されてから武器を用意した彼らと、合図の時には既に準備していたワタクシとでは大きな差があります。
そばに置いておいた剣を拾いつつ、それでテーブルを弾き飛ばします。
リリットの後ろに控えていた側近らしい男はそれで動けなくなりました。他の冒険者が一瞬怯んだその隙に、ワタクシの持つ剣がリリットに突き刺さりました。
ワタクシの身長ほどもある大剣。小柄なラッタ種のリリットでは体を両断しかねない巨大な刃です。
「てめぇ!」
そのままムスニアでトドメを刺そうと思いましたが、そこは腐っても冒険者の護衛です。
繰り出された剣やらナイフはどれもワタクシの急所を狙っています。伏せ、ワタクシの命を取ろうとした武器を躱します。
リリットが息絶える前にムスニアでトドメを刺さなければいけませんが、それにはまず周りの冒険者達を無力化させなければいけません。
とりあえず手近な冒険者を動けなくさせようとリリットに刺さった剣を抜きます。
しかしそれは、飛んで来たテーブルによって叶いませんでした。
拳を使ってワタクシに比べたら大きなテーブルを砕くと、破片の向こうから剣を持った冒険者が距離を詰めて来ていました。
「目くらましですか!」
その冒険者が持っているのはただの剣でしょう。
それでも太い腕から繰り出される斬撃は必死の一撃でした。
「くぅ!」
両手を使って軌道を逸らすのが精一杯でした。それでも力負けして壁に叩きつけられます。
剣を受け止めた時にガントレットから嫌な音がしましたが、傷の具合を確認している暇はありません。
間髪を入れずに冒険者が迫ります。そこにワタクシも一歩踏み込みます。
ワタクシの剣は最初の攻防で手放してしまいました。
冒険者の剣を拳で弾き、ワタクシの拳は躱されます。金属と金属が打ち合う音だけが何度も響き、ワタクシ達以外に動く者は居ませんでした。
護衛をまとめ上げる立場なのでしょうか。他の冒険者達とは一線を画す強さです。身に着けている装備品も高そうな代物で、考え無しに仕掛けてしまった自分が恨めしく思えます。
「これだけ強いなら、冒険者として真っ当に仕事をすれば良いですのに!」
僅かな隙に拳をねじ込みます。
防がれましたが数歩後退りさせることは成功しました。
忘れていたかのようにドッと汗が溢れ、これだけやってこの程度、と少々絶望してしまいます。
「楽して稼げるんだ。それに越したことはないだろ?」
「それには同意しますが……」
ワタクシの答えに、冒険者は片眉を上げます。
襲い掛かったのだから正義感溢れる女の子とでも思われていましたか。しかし見た目は少女でも中身はおっさんです。楽して稼ぐのが正義とすら思っています。
今回のリリットも、神様のターゲットじゃなかったら悪事を知っても見逃したかもしれません。
しかしそれはできません。
リリットが力尽きるよりも先にムスニアの攻撃を届かせなければ。
そしてワタクシが焦るのと同時に、向こうにも少々焦りの色が見えています。金づるが死んでしまっては困るのでしょう。
しかし病院に運ばれてはワタクシの仕事もやり辛くなります。どうにかここでトドメを刺さなければ。
互いに出方を伺うように、武器を構えたまま動きません。
そんなジリジリとした空気に耐え切れなかったのか、ワタクシのそばに居た冒険者が切りかかって来ました。
「馬鹿野郎!」
叱責しつつもこちらへ迫ります。
切りかかって来た冒険者の攻撃は躱し、殴り、剣を奪い取ります。
そしてこちらへ迫るまとめ役らしい冒険者へ奪い取ったばかりのその剣を投げつけます。
足を止めて避けます。しかしそこへワタクシのドロップキックがさく裂しました。
体重は軽いものの多少の助走はついた一撃。態勢も整っていなかったので冒険者は簡単に吹っ飛んで行きました。
こういう時に派手な技を選んでしまう辺り、見た目は幼女でも中身は男です。
追撃を仕掛けると思っていたのでしょう。素早く起き上がった冒険者はワタクシの攻撃に備えるように剣を構えました。
しかしそれを横目に見ながらワタクシは、ムスニアをリリットへ向けて投げつけます。
「――ぁぅ……」
すでにほとんど虫の息でした。ムスニアが刺さっても小さく呻くだけです。
剣を抜き、もう一度ムスニアで首元を切りつけておきます。
まさかここまでリリットに執着しているとは思っていなかったのでしょう。その間、誰も動けずにワタクシを見守っていました。
リリットの周囲はその血で赤く染まり、指の一本も動かすことはできないようです。
いくら何でもここから命を繋ぎ止めるのは不可能でしょう。
目的は達成です。
「それでは、ワタクシはこれで失礼させていただきます」
予想以上に苦労して疲れていたので鬱憤も溜まっていました。
丁寧にお辞儀をする姿は慇懃無礼に映っていたでしょう。見る見る内にその顔が赤くなっていました。
「お前ら、そいつを捕まえろ!」
ハッとしたように全員がこちらを見ます。
ここに留まる理由はありません。三十六計逃げるに如かずです。
お友達をたくさん連れて歩くのは小心者の証ですわよ、と言わせたかっただけ説




