第12話
どんなにボロボロになってもこれだけは失うまいと、鋭く尖った牙。絶対にワタクシを逃がさないよう、両の眼はギラギラとこちらを見ています。
剣を握る手に汗が滲んでいるのは、痛みだけのせいではないでしょう。
ムスニアをもう一度突き立てて、胴のグルフロウを引き剥がします。血がダラダラと流れ、早く止血をしないと危険なのは明らかでした。
あちらもこちらも余裕がないのは同じ。勝負は一瞬でつくでしょう。
「いきますわよ……」
先ほど手放した剣を拾い直し、腰だめに構えます。
グルフロウも足に力を込め、いつでもとびかかれる状態です。
先に動いた方が負ける、なんてことはありませんが、勇気がいることは確かです。しかしなおも血を流すワタクシが動かざるを得ないでしょう。
お腹を空かせたグルフロウも勝負を急ぎたいのは確かでしょうが、限界が訪れるとしたらワタクシの方が早いのです。
だからといって闇雲に突撃することはできません。
荒い呼吸はどちらの物でしょうか。
ジリジリとスリ足で近づきますが、グルフロウもそれに合わせて距離を取ります。
一分とも一時間とも思えるように時間が経ち、不意に風が吹きました。それで集中が途切れるようなワタクシとグルフロウではありません。
風が木々を大きく揺らし。たくさんの木の葉が舞い落ちます。その一枚がグルフロウの顔に落ちました。
ほんの一瞬。ほんの一瞬だけグルフロウが目を細め、その瞬間にワタクシは地面を蹴りました。
コンマ数秒遅れてグルフロウも駆けます。
しかしそもそもの話、ワタクシの剣とグルフロウの牙とではリーチが違います。
次の瞬間にはもう、グルフロウの頭は上下に等分され、その死骸は地面に落ちました。
「はぁ……はぁ……何とか、ですわね」
しかしワタクシも満身創痍で、剣を支えに立つのがやっとの有様でした。
「まだ、休めないと言うのに……」
依頼の達成に必要な数にはまだ足りません。これからさらに三体くらいでしょうか。
今の状態で、グルフロウを探して倒す。それができるとは思えません。
「とりあえず……」
治癒魔法はこうでしたか。
頭の中の知識を頼りに血が流れる脇へ手をやります。触れた瞬間にまた痛みが走って顔をしかめますが、耐えるしかないでしょう。
治癒魔法は身体強化の魔法と要領は同じです。
傷ついた場所が元に戻っていくイメージ。体が治療されていくようなイメージ。
体から力が抜けていくような感覚がありますが、これはきっと魔力が抜けていく感覚でしょう。
ワタクシの持つ魔力も少ないですが、傷も放置できません。うまい塩梅を見つけなければいけないです。
「ふぅ……」
痛みも和らぎ、血も一応止まりました。
それでもまったく動く気にはなりませんでした。倒したグルフロウから尻尾を切り取り、討伐の証は集めましたがそれきりです。
体が疲れているのもそうですが、グルフロウのボスとの闘いで精神がやられてしまいました。
甘い物を飽きるほど食べたい気分です。
治癒魔法は体のエネルギーを使って無理矢理傷を治しているので、それが終わると驚くほどに体が疲れます。
気持ちが弱気になっているのでしょうか。
「もっと……もっと強くならないといけませんわね……!」
こう思うのは決して気分が落ち込んでいるのが理由ではありません。
最初にグルフロウと戦った時も傷を負いました。そして今回は、相手が群れのボスだったとは言え、半分程度の数を相手にボロボロです。
このままでは神様からのターゲットも倒せるかどうかわかりません。
ドレスの替えがどうのと言っている場合ではないのです。
「このまま終わってくれたら……」
神様にもこちらの世界の人にも申し訳ないですが、このまま意識を失ってしまうのが一番楽でしょう。
しかし同時に、このままで終わってたまるか、という心も芽生えています。悔しいと思うのはいつぶりでしょうか。
仕方ない。そういうもんだ。気にするだけ無駄。
かつてはそうやってすべてのことを受け流していました。それが大人というものです。
しかし今のワタクシは子供。負けず嫌いの子供です。
その気持ちだけを燃やして何とか、再び立ち上がることができました。
辺りはすっかり夜の闇。こんな森の中ですから右に左、前に後ろ。上から襲って来るかもしれません。それでも幸運なことに、町まで無事に辿り着くことができました。
病院の術師にちゃんとした治癒魔法をかけてもらい見てわかる傷はなくなりました。
しかしその分、体のエネルギーを使い、空腹でギルドに辿り着けるかどうかが怪しくなってしまいます。
「これは……ダイエットいらずですわね……」
痩せた、と言うよりはやつれた、と言うようなワタクシのですが、冗談を言える程度にはまだ余裕があります。
途中に出ていた屋台でパンのような物を買い、それを食べながらギルドを目指します。
そしてギルドに着いてから改めて食事を始めます。
失ったエネルギーを補給するように、テーブルに並んでいるのは二人前くらいありましょうか。デザートが多めなのは女の子ですから。
「おう嬢ちゃん。この前出て行ったと思ったのにもう依頼を終わらせたのか?」
「いえ……そういうわけではありませんわ」
話しかけて来たのは身なりの良い冒険者でした。
周囲から何人かが驚くような目で見ていますが、最初にワタクシに絡んで来た冒険者と比べると、彼は見た目も物腰も雲泥の差。丁寧に話しかけられればワタクシも殴ったりはいたしません。
「思ったよりも手こずってしまって……。まだオークも見つけられてませんわ」
「ほぅ、オークか。チラッと見かけたが知りたいか?」
「……ぜひ」
自分で言うのも何ですが、ギルドに来た初日に冒険者を殴り倒したワタクシは、見た目が幼女とは言えそう優しくするような人間ではないでしょう。
何か裏があるのではないか、そう疑いましたが彼の目からは陥れるような気配は感じられず、裏があるならそれはそれで良いと諦めました。
「そう疑るな。お前さんがオークを倒せるかどうかが気になってるだけだ」
爽やかな笑顔で言います。
それが逆に、怪しさを増しているような気がしました。




